熟毒玩味
「いや〜〜〜貴方とはずっとお茶したいと思っていたんだ!念願が成就しちゃったなぁ!」
「はぁ…………、恐縮です」
押されに押されるクラウディ先生。
探偵と名乗ったが仕事は主に資料整理。対人作業は得意ではないのかもしれない。元々ガキの頃は無口な奴だったしな。人の事言えないが。
「…………ところでお連れの方の名前を聞いてもいいかい?護衛とは言え客人の一人だからね」
確かに俺たち二人にも茶が振る舞われている。
飲もうか悩んだが、猫舌を装って遅れて飲む事にした。
リンが飲んでもなんともない様子だったしな。銀食器みたいな相棒である。
遅効性ならヤバだが元々疑ってはいない。
この状況で俺たちを害するのは自殺の様なものだ。
殺すくらいなら一週間かけて逃げているだろう。
「気が回らず申し訳ありません。二人とも紹介を」
クローディアが俺たちに指示をする。
客人扱いは受けているがホストはヘンリーでゲストはクローディアだ。形式的には俺たちはおまけに過ぎない。
こう言う事はきちんとしないとな。
「失礼します。冒険者パーティ《鋼鉄の風》のリンと申します。こちらはカイリ。ご配慮頂き有難う御座います」
リーダーのリンが挨拶、礼をする。それに倣って俺も礼。
いやーリンをリーダーにしといて良かった。
依頼にはこういう礼節が求められる事もあるからネ!
「なんと《鋼鉄の風》!街で話題の凄腕ルーキーではないか!!!するとリンさんが《黒旋風》でカイリくんが《ウツボカズラ》なのかな!?」
ぐっ!
パーティの名が広まってるのは嬉しいが突然のウツボカズラが俺を傷付ける。
誰だよ広めたの。帰りの会で告発してやるからな!
「…………おや、どうしたんだい?急に顔を顰めて…………。体調は大丈夫かい?すぐにメイドに部屋を用意させよう!」
本当に心配そうにするヘンリー君。
思ったより善人か?というか顔に出してしまったのは失敗だ。
でも仕方ないじゃん?嫌なんだもん。
「いや…………自分の二つ名があまり好きではなくて…………ダサいじゃないですか?」
「——————————ッ!?」
急に目を見開き椅子から立ち上がるヘンリー。
しまったな。まずったか?
「わっっっっっかるうぅぅぅぅぅ!!!!」
「は?」
「わかるよ…………わかるッ!君の気持ちが!!!自分で名乗ったわけでもないのに他者に名付けられてそれが広まる屈辱恥辱。ほんっっっっっとーーーーにたまんないよね!」
凄すぎる熱量に椅子の上でありながらも思わず後退りそうになる。口調も崩れまくりである。
この人結構フランクだな。というか彼も謂れなき誹謗を受けているのか…………。同志だったか…………。
「…………主様。キモ過ぎます」
「おっと失礼。ミーハーなものでね。許して頂きたい」
口元の涎を袖で拭い罵倒を流すヘンリー。
なんなの?成金と涎ってセットなの?抱き合わせなの?
というかそれで良いのか?今の発言は慇懃無礼どころではないがありなのか?本人らが良いなら良いが…………。
「ははは。和やかな挨拶で距離も縮まった事だし本題と行こうか。取材の為の訪問と聞いたが何を聞きたいんだい?」
縮まったかなぁ?この人の感性が正しいならオケラとだって友情が築けそうだな。
「はい。…………新作のテーマが毒物でしてね。商人視点からの意見を聞かせて頂けたらと」
「…………ほう」
こいつ直球できたな。後ろ盾を最大限活用するつもりか。
俺の時みたいに反応を見るつもりだろうが怖いもの無しだな。
怒って追い出されたらどうする。まあ難癖つけて居座るんだろうな。
アイザック商会が一次加害者なのか二次加害者なのかを揺さぶって確かめるつもりか。
場の緊張を感じる。
ヘンリーは顎を撫でながらクローディアを見つめ喋らない。
反応が見えない。
「古来より貴族と毒は切っても切れない物。そして貴族と商人もまた然り。大商会のヘンリーさんならば毒と貴族の関係についても詳しいものと思いまして」
「…………嬉しいねぇ」
漸く発された言葉は意外な物だった。
ヘンリーは怒りもしないし笑いもしない。嬉しいと言ったものの感情を感じない。
ただクローディアを見つめているだけだ。
なのに何かが裏返った。そんな感覚を覚える。
「私は見ての通り成金だからね。残念ながら貴族に毒を融通出来るほどではない。でも噂程度なら聞いた事はあるよ。それで良ければお話ししよう」
「…………有難うございます」
ヘンリーが笑い空気が緩む。
しかし良い変化とはとても思えない。
張り詰めた空気が裂けて千切れただけ。千切れた傷口から泥が流れ込んできている様なイメージ。
そういえばこいつを疑った理由は泥炭だったな。
「毒とは薬であり、薬とは毒である。こんな話を聞いた事がある。とある貴族の話なんだけどね。家督争いで弟が長男である兄を毒殺しようとした。心臓を止める強力な毒。家督を継いだ後御用商人として抱える事を条件に商人から貰った猛毒だ」
ヘンリーの言葉は静謐にして荘厳。まるで僧侶の説法の様に部屋に響き渡る。
誰も言葉を発さない。
池に一石を投じた後の様に渦巻き、場を吸い込んでいく。
「弟は兄に疑われる事なく料理に毒を仕込んだ。全てが上手くいった!……そう弟は思っただろう。だが運が悪かった。暗殺まで考える程の希薄な関係による帰結だったのだろうか。毒が仕込まれた豆のスープは兄の苦手な味付けだった。申し訳程度に口にしたばかりで殆ど手を付けず、暗殺は失敗に終わった。…………だがここからが面白い」
リンもクローディアも聴き入っている。
捜査の事など頭から消えている様だ。
こいつは本当に商人なのか?僧侶か役者か…………または詐欺師か。
ともあれ只者ではない————そう感じさせる力がこいつの話にはある。
「兄は水腫を患っていたのだ。何もしなければ兄は死んでいた。だがいかなる奇跡か。偶々口にしたスープに不死鳥の涙が落ちていた。特効薬を飲んだ兄は快癒し弟は自死した。毒を飲んでね。どうだい?面白いだろう?」
「…………今すぐ筆を取りたくなりましたよ」
興奮気味にクローディアが言葉を返す。
あらら、先生は完全に作家モードになってらっしゃる。
まあ分からなくもない。俺が聞いていても見事な話っぷりだった。
「それは良かった。では次はこんな話はどうだろう。皆さんは貝料理はお好きかな?好物だったのなら始めに謝ろう。今から話すのは食事に関わる毒の話だ————」
リンもクローディアも人形劇を眺める少年の様な眼をしている。
ヘンリーの独壇場だな。
流れかけた不穏な空気などは全部消え去ってしまった。
だがそれでいい。元々捜査なんかどうでも良いんだ。護衛だしな。
面倒事をつついてまで名を上げようとは思わない。
俺も話劇を楽しむとするかね。




