二人の夜
ばっちり問題なくシェフマスは紹介状を書いてくれた。
本日のおすすめの白身魚の木こり風シチューも大変美味しかったです。
その後紹介状を持って商会の事業所を訪れたが、流石に当日に会う事は出来なかった。
スケジュールが合わない為、一週間後に自宅邸にて招きたいと。それを承諾して待つ事になった
はっきり黒と決まっているわけでもないし、そもそも捜査権も持っていないからな。
建前は作品の為の取材に来た作家と案内役の冒険者だ。致し方なし。
「それじゃあ俺たちは帰るからな。シェフマスに迷惑かけんなよ」
「さようなら。また明日ね」
「うん、さよなら!でも冒険者ギルドの資料読み放題なんて困っちゃうなぁ!何時に眠れるんだろー!?」
全然困った顔をしていないクローディア。
シェフマスに一連の説明をしたらギルド側の調査資料も見せてくれる事となり、クローディアはギルドに泊まりその確認をする事となった。
シェフマスはクローディアをいたく気に入り、三食付きで客間を提供。個人情報や機密を除いたギルド資料の提供までしていた。ギルドはシェフマスの自宅も兼ねているので護衛の面もバッチリである。
なんでそんなに気に入ったんだかなぁ。
途中ホテルに寄りチェックアウトをする。数日分の料金は勿体無いが、支払いはクローディア持ちだ。リンの懐は痛まない。
そして到着。今日は二人揃っての帰宅である。
最悪戦闘の可能性もあるから装備の調整も必要だ。
「なんか久しぶりな気がするわ。…………色々あったから」
「まあ騒がしい奴だったしな」
カサンドラも食えない奴だ。クラウディ先生を餌にオルテ村の後始末を押し付けてくるとはな。
正直面倒だが作家先生との触れ合いは有り難い。恨み言すら湧かないな。
それも折り込み済みなんだろうがな。
先生がクローディアだったのは誤算だったが些事だろう。
「……………………ふぅ」
リクライナーに座り大きく伸びをする。流石に疲れたな。
ベッドに腰を掛けているリンから石鹸の良い香りがする。狭い部屋だからな。
リンの希望により帰宅前に大衆浴場に寄った。
"疲れたから"との事だが、俺としては風呂に入る方が疲れる。血圧の変化とか体温調節とかの理由だっけか?
まあ風呂は好きだから文句は何もないがな。
「一応護衛依頼なのよね……。なんだか貴方達の会話にはついていけないわ」
「そんなに特異な会話はしてないけどな。お前だって冷静に考えればきちんと理解出来るだろ」
「…………冷静になんてなれない」
まあそうよね。慣れない事をするとそうなる。
こいつ美人なのになぁ。本当に復讐だけ考えて生きてきたようだ。
「まー何か聞きたい事があったら教えてやるよ。幸い時間はまだあるからな」
「えっ、じゃあ教えてもらおうかな…………」
そう言いながら前髪を弄り視線はぐらぐら。なんか面倒そうな予感。
「ディアとは仲は良かったの…………?」
そういう事を言ったんじゃないんだけどなぁ。
気になるよねぇやっぱり。
一回こっきりでそんなに執着されても困るんだけど。
(身から出た錆だろ。糞野郎)
君本当にそのフレーズ好きだね。
まあ隠す様な関係では無い。教えてやるか。
「正直仲良くは無かったな。かと言って悪くも無かったが」
「…………向こうからの感情は重めみたいだけど?」
そこは俺にも分からん。
本当に謎。
「いや事実だよ。俺らの住んでいた街、ウェストレイクっていうんだがな。そこの街一番の富豪、いやレベルで言ったら国一番なんだが…………まあその富豪のランドルさんって方が大層出来た方だったんだ。街の子供に勉学を教えてくれたり、書庫で本を読ませてくれてたりな。んでまあランドルさんの孫のクローディアは書庫に入り浸っててな、俺もそうだったから接する機会は多かった。それだけの関係だ」
互いに読書する為に書庫にいるのだから会話など発生する事もない。
まあ気兼ねはしなかったな。
「ふーん…………」
いまいち納得していない様子のお嬢。
しかしこれが全てなんだな。
むしろ俺の方こそ気になる。なんで今更俺に執着してくるのか。
全部知っていた癖に。
「そう言うお前はどうなんだ?どんなガキだったんだよ?」
「いきなりなんなの?誤魔化し?」
「あんなチンチクリンに語る事なんかもうねえよ。単純に不公平だろ。俺だってお前の事を知りたい」
「えっ、……そうなの。そんなに私のことが知りたいの?」
まるでニヤけた面を隠すように顔面の筋肉に力を入れているリン。こいつ面白いな。
相手を知りたいという感情は最上級の愛情表現だ。
実際ただのポーズだが。
「別に話すのは良いけど…………素面で言うのは恥ずかしいわ。良い葡萄酒があるからそれを開けてしまいましょう」
おいおい酔っ払いの相手は面倒だぞ。
家主が決めたんじゃ居候の俺は反論出来ないがな。
テキパキとお酒を用意するリン。テーブルの上に二つのグラス。どちらも紫黒色に満たされているが若干色に違いがある。
「元々酔いたい気分だったのよね」
リンが向かい側の椅子に座りグラスを持つ。
飲む前なのに頬は紅潮し、目は艶っぽく潤んでいる。
はー、葡萄ジュースでどうやって酔うのか。だから風呂に入りたかったのか。
リンはテーブルに肘をつき上目遣いにこちらを見ている。何かを期待しているかの様だ。
俺は顰めそうになるのを我慢し葡萄酒を煽る。
…………フルボディか。今の気持ちにピッタリの酒だ。
まあいい。別に嫌いなわけじゃないからな。
「ふーーー、満腹満足。こんなに美味しいディナーを味わえるなんてねぇ。ここの冒険者は幸せ者だ」
「お気に召した様で嬉しいよ。食後にコーヒーは如何かな?今日はどうせ夜更かしするんだろう?」
冒険者ギルドの酒場にて遅めのディナー。
既に閉店しているが資料と睨めっこしていた私を慮って、ゲーニッツさんが食事をご馳走してくれた。
この人がギルドマスターだなんて信じられない程に美味しかった。
アクアパレスのギルドはどうなっているんだ?
「飲みます!ブラックで!いやー流石の洞察力ですねぇ」
「君には負けるとも。アンセムの資料整理室の噂は予々聞いているよ」
あらら。そりゃ知られているか。アンセムはここの隣国だ。関係も深い。情報収集はして然るべきという事か。
「…………おや恥ずかしい。私なんて木っ端も良い所です。情報網も素晴らしいみたいですね」
「こう言う立場にいると耳ばかり良くなってしまってね」
どうぞ——、と薄く微笑みながらコーヒーを淹れてくれるマスター。
渋い。格好良過ぎる。酒場で料理人やっててその上ギルドマスターやってるとかキャラクター濃過ぎる。
この人を主人公にして一作ペンを走らせたいくらい。
「いただきます、——————ふぅ。美味しいです」
「それは良かった」
マスターは自分の分のコーヒーを持ち、同じテーブルの向かいの椅子に座る。
カップの中はベージュ色だ。私も次はそうお願いしようかな。
「落ち着きますね」
「だろう?毎夜誰もいなくなった店内でやるんだ。一日の喧騒を思い出しながらね。片付けと仕込みの活力になるのさ」
本当にシェフが好きなんだな。最初聞いた時は面食らったけども。
英雄の別の顔が見られて私は幸運だ。
だがだからこそ残念ではある。
「それで?何か私に聞きたい事でもあるんですか?もしくはやって欲しい事だったり」
「…………これはまずったなぁ。今日は仲良くなるだけのつもりだったのに。どうしてわかったんだい?」
「勘ですよ。まあ待遇が良過ぎると疑ってしまう性格なものでして」
「勘かぁ。私の娘みたいな事を言うんだな」
バツが悪そうに頰を掻いているマスター。
とはいえ国を跨いで個人的にお願いされるとは考え辛い。立場もあるしね。
となると——————
「ウィ、…………カイリの事ですか?」
「君は本当に察しが良いな。冒険者に向いているよ」
ウィルについてならあまり話せることはないし話したくもない。
だが私の知りたいウィルをこの人なら知っているかもしれない。
調査資料で《ウツボカズラ》なんて趣味の悪い二つ名がある事と、オルテ村での奇行などは知った。
どれも昔のウィルと全く繋がらない。
リンちゃんから今のウィルの話を聞いたが、所々話が連続しない事があり参考にならない。考えながら話し、隠し隠し内容を決めている様だった。
「聞きたいのは昔のカイリの事ですか?」
「その通りだよ。彼はシャイな性格をしているからね。自分の事はあまり話してくれないんだ」
まあ私だって彼の今は知りたい。これまでの彼の事も。
リンちゃんに話した程度の事なら教えても問題ないだろう。
「わかりました。共通の友人の話は仲良くなるには良いスパイスですしね!」
「私好みの返答だなぁ。君とも仲良くなれそうだよ」
今頃ウィルはリンちゃんと一緒か。
チクリと胸が痛む。しかし気のせいだろう。
私にそんな感情を抱く資格は無いのだから。




