怪物の名前
あの後暫くしてリンは自室に戻った。
もう日も沈んだ。施錠されているとはいえ、酔い潰れた先生を放置は出来ないからな。
このホテルには例に漏れず食堂があり、夕食はそこでとる予定だった。
しかしこんな状況だからな。ラウンジで軽食とフルーツを頼んで寂しく部屋食中である。
流石にあの雰囲気で一人食堂にいく勇気は僕には無かった。
(…………虚しくならないの?)
おや?久々の電波受信。最近は静かで良いと思ってたんだがな。
まあ虚しいに決まってるだろ。
俺がホテルごはんを楽しみにしていなかったと思うのか?
(ふざけるな。あの子の善意につけ込んで。弄んで。そんな事をして何になる?お前は単なる糞野郎だ!)
何になるって管理し易くなるが。
仮面にもわかる目印がリンしかいないんだから仕方がないだろ。無茶な行動はさせたくないからな。
それとも俺の死体漁りを公表するか?
名案だがいらん魚まで釣れてしまったら面倒だぞ?
俺としてもヤバい奴の目に留まるのは勘弁願いたいな。
(そういう事を言っているわけじゃない!…………わかっているでしょ?)
さあ知らんな。
得意な事を活かして最効率を狙うのが信条なもんで。
リンだってよろこんでいただろ?
俺の内情も知れてパーティの絆は深まり万々歳じゃないか。
(お前は怪物だよ…………)
そりゃいいな。せいぜい仮面を上回るモンスターを目指すとするか。
だがな、俺が怪物ならフランケンシュタインはお前だ。
お前が、お前の記憶が俺をこうさせるんだ。
(ッ!?)
驚愕、憎悪、後悔、悲哀。他にも様々な感情が混ざり合った物をミサトから感じる。
まあ売り言葉に買い言葉って奴だ。
お前に対して何も思う所はない。むしろ感謝しているくらいだ。
お前が読書家で良かった。
メアリー・シェリーは俺もお気に入りだよ。
(…………フランケンシュタインの怪物。彼の元の名前は何だったんだろうね、"ウィル")
お前までその名を呼ぶのか。全く意味が分からないぞ。
大体彼ではなく彼等だろうが。死体の集合体なんだから。
白けた気分を切り替えたくなって、俺は薄く切られた林檎に手を伸ばす。
シャリ——————美味いが酸味が強いな。
だがこれでいい。
甘い余韻を消すには丁度良いだろう。
「おはよー!昨日はごめんねぇ、飲み過ぎちゃったみたい」
「本当だよ!おかげで夕食食べ損ねたんだからな!楽しみにしてたのにッ!!!」
「ごめんごめん」
食堂に3人集まり朝食をとる。
ここはオーダー制で好きな時間に注文する事が出来る。
しかし朝昼夕でメニューが違うらしく朝は昨夕の様なサンドイッチ等の軽食しか頼めない。
くそう……仕込みとかあるもんねぇ仕方ないよねぇ。
それでもコーヒーが飲めるのは嬉しい。
夕食はのちの楽しみにして、今はこちらを味わおう。
「体調は大丈夫なのか?夕食もきちんととれたか?」
「そこはご安心!リンちゃんが起こして食べさせてくれました!いっぱいお世話されちゃったねっ、リンちゃん!」
「そうね…………いっぱいお世話されちゃったわね…………」
「リンちゃん?」
「えっ!えっとその…………何の話?」
「お前大丈夫かよ…………」
心ここに在らずといった感じだ。
今まで一人で生きてきた様だからな。こういう距離感に馴染めないのかも知れない。
リンは照れ臭そうに俯いている。
これから仕事に集中出来んのか?
「で?今日は何処に行くんだ?行先は決まっているという話だったが」
「そうそう。アクアパレスには取材に来たんだよ。取材旅行だね。今書いてるやつのテーマとピッタリだったからさぁ」
新作のテーマ!!!!!
え、なんだろ?海?港?水管橋なんかも珍しいが…………過去まで遡ってマフィアや海賊なんて事も考えられるな!え〜〜〜気になるぅ。どうしよっ!聞いちゃう?聞いちゃうか!
「へぇ、どんなテーマなんだ?港とか?」
「いや毒殺だよ」
「「はぁ?」」
呼吸ピッタリに異口同音する俺たち。
流石は相棒。相性はバッチリだな。
しかし毒殺ね。確かにクラウディ先生がテーマにするなら納得の題材だが。
アクアパレスと毒殺…………あまり良い予感はしないな。
もう既にきな臭い。
「ほら、この前村人が丸ごと毒殺された事件があったでしょ?分かるかな?あれ面白いなって思って調べにきたんだ」
は〜〜〜そういう事ね。カサンドラが俺らに依頼を持ってくるわけだ。
有名人の観光案内なんて楽な依頼では無かったという事。
役得と思って飛びついたが…………まあ役得には違いないかぁ。
「————ウェーブ・ベンディング」
俺は指を鳴らし魔術を発動。これでこの会話は他には聞こえない。
「…………消音魔術?え、なんで」
「消音……?音を消せるの!?昨日のしゅわしゅわといいカイリは器用だねぇ」
流石に作家先生は察しが良いな。そして白々しく"カイリ"呼びか。
これからは仕事の時間という事だな。
カップを持ちコーヒーを喉へ流す。苦味が自然と意識を切り替えてくれる。
「オルテ村の集団毒殺は伏せられている筈なんだけどなぁ。馬の暴走による集団転落事故として処理されたって聞いたけど?」
自己を誇示するかの様な殺害方法。公表は社会的な影響が大きいとされ秘匿された。要は面子の話だがな。責任の所在も難しく被害者は罪人。護送に関わった人達は可哀想だが、遺族も家族が殺されたと思うよりは事故の方が救いがあるだろう。
「おおーすごい。よく知ってるね。流石は銀級冒険者だ」
「本当に白々しいわ。俺たちがオルテ村に関わった事も知っているんだろ?」
「えっ?何?どういう事?」
リンが混乱していつも通りアワアワしている。
のぼせた頭に冷水をぶっかけられた様な感じかな?まあ丁度いいね。
「ふふっ、大正解。仕事仲間の察しが良くて嬉しいよ。冒険者と一緒に仕事って言うから依頼を受けた時は不安だったんだぁ」
「仕事仲間、依頼ね…………。どう言う職業を副業にされているのか気になるな、先生」
クローディアはサンドイッチを頬張りながら何でもない様に言った。
「探偵だよ。恥ずかしながら《曇空の名探偵》なんて呼ばれているよ。よろしくねぇ《ウツボカズラ》さん!」
こいつはいつも嫌な名前で俺を呼ぶなぁ。
しかし名探偵か。推理小説の中にでも入った様な気分だ。
ならば犯人はどの様なキャラクターなのか。
少なくとも食べカスつけて格好つける名探偵よりは貫禄があって欲しいものだ。




