紅茶色のロマンス
「イエーーーーッイ!」
「イェイェーーーーッイ!」
「「ぷはーーーーーーッ!!!」」
えっ何これ…………。
お着替えして戻ってきたら酔っ払いが二人生成されていた。
テーブルには飲み掛けの酒瓶が幾つか。せめて一本空けてから次を飲めよ。
まあなんだ、…………よし!帰ろう!!!
「おっとーーー!むっつりすけべのむっつり隊長発見!確保だ!リン少尉!!!」
「ラジャー!りゅっりゅっりゅー!
「グェ……!後ろから裸絞めかけるのやめろッ!死ぬッ!」
こっそり去ろうとした俺に謎の掛け声で近づき首を絞めるリン。
死ぬッ!マジで死ぬッ!!!しかも酒くさ!
「裸とかエッローーー!私の生肌感じて興奮してるんだーーー!!!」
「生肌どころか生の実感すら消えていきそうだからマジやめろ……!」
ダメだこいつ。完全に出来上がってやがる…………。
「酷いわ!二人でイチャイチャして!!!私だって子供の頃からウィルの事…………ウィルの事…………」
「おお!ディアちゃんの告白タイム!?」
え、ちょっとときめいちゃうんだけど?
「ちょっと嫌いだった!お爺ちゃんがいつもウィルばっかり贔屓するから!!!」
「ズコーーーーー!ズコズコズコー!!!」
うわ地味にショック…………そしてズコーはチョップの擬音じゃねえんだよ痛えんだよ馬鹿!!!
しかしチョップのおかげで締め技が解かれ楽になる。
あーーー呼吸って楽しーーー!呼吸ってサイコーーー!
「とにかく離せッ!うっとおしい!」
「離してほしいか?ならばリン少尉の掴んでる酒瓶をシュワシュワにするのだな!」
「するのだな!」
「なんなの!?お前ら仲良くなりすぎだろ!ていうかどうして酒なんか飲んでんだよ!!!」
そもそも護衛中に酒飲んでんじゃねえよ!
というかシュワシュワって魔術の事も話したのか!この様子だとどこまで話したかわからん!
「えーなんか話してたら気まずくなっちゃって?そういう時はお酒しかないジャーン?大丈夫!後で死ぬからぁ!ナンチャッテ!あははははははは!!!」
「死なないでリンちゃん!私を残していかないでえええ!!!」
馬鹿笑いするリンに亡き上戸の先生。
あー面倒くさっ!
「カーボネイト・ウィンド!カーボネイト・ウィンド!カーボネイト・ウィンドォ!……ほら!全部シュワシュワだ!俺は部屋に戻るからな!明日二日酔いになっても知らねえぞ!!!」
リンの持っている物だけでなく、全ての酒を炭酸化してやる。
炭酸ガスを入れ過ぎて泡が噴き出ているが問題ないだろう。酔っ払い相手だし良い演出だ。
「シュワチャーーーーーーーーーン!!!」
「えっ!すご〜い!何これ!?聞いてた通りしゅわしゅわだぁ!」
「これはね…………実はシュワシュワなのよ!」
「えっ、見たらわかるけどカンパーイ!!!」
「カンパーイ!!!」
酔っ払いの乱痴気を尻目に部屋を出る。
付き合ってられんわ。
俺はラウンジに寄りお茶を頼む。
これから自室でお茶を楽しみながらの読書だ。
折角グレードの高いホテルに泊まっているんだ。そういう役得があってもいいだろう。
ティーポットとカップを落とさない様に気をつけないと。運んで淹れて貰った方が良かったかな。でも面倒だしな。
自室に入り、カップに茶を注ぐ。カップは3人分重なってあったが不要だろう。扉の前に通った時には静かなもんだった。もう落ちてるんじゃないかね。
全く、他の客の迷惑を考えろという話。
…………いかんな。落ち着け落ち着け。
この雰囲気の中で苛立つのは勿体無い。ノイズを振り払い椅子に座る。まずは香りを楽しもう。
この茶葉は今の季節が一番香りが際立つらしい。
お茶には詳しく無いが…………なるほど。
果樹園の中にいる様な甘爽やかな香り。力強さと気品が同居している様な感覚。
格調高いとはこういう事を言うんだな。
そして一口。舌で噛む様に味わう。
「ほう…………」
先程果樹園と表現したが間違いでは無かった。
果実の様なフルーティな甘さ。それでいて透明感があり、雑味がない。
喉を通る引き締まった渋みが俺の心を覚まし、よりこの風味に没入させる。
感想を言うならば"見事"の一言だろうか。
ここまで美味いなら最後までプロに淹れて貰えば良かった。悔やまれるなぁ。
さて、今日は"操り人形の連鎖"を読み直してみようと思う。
今日は先生と出会ってその人間性に触れた。
新しい発見があるかもしれない。
————コンコン。
ノックの音がする。水を差されてしまったな。
残念だが本を閉じ扉に向かう。
美味しい物を味わうと気持ちも穏やかになれる気がする。
「誰だ?」
「私よ」
返ってきたのはリンの声だ。
んん?解錠しドアを開ける。ドアの向こうには声の主が落ち着いている様子で立っている。酔っ払った様子はない。
あー、これはやっちまいましたなぁ。
「さっきぶりね」
「さっきは酔っ払ってた様に見えたが別人か?」
「あの程度の酒で酔う筈ないでしょ?」
やれやれと肩をすくめるリン。
いやこちらがやれやれだが?【ギフト】使うくらいなら飲むなっての。
いや酔っ払っても死ぬ理性が残っていた事を褒めるべきか…………。
死ぬ理性っていうのもおかしな話だがな。
そんな簡単に死んでばかりいると頭がおかしくなるぞ。
「まあいいや。何か用件でもあるのか?」
元々別室待機の予定だったとはいえ、今は先生の希望で同室なんだ。あまり一人にさせない方が良いだろう。
「聞きたい事があって」
「何?」
すっげえ面倒な予感。クローディアに何が吹き込まれたか。
「…………ディアから貴方の家族は殺されたって聞いたわ」
「だから?」
「家も燃やされて貴方は攫われたって。だから仮面を憎んでいるの?」
あーそっち?というかそういう事になってるんだ。
うーん、まあいいか。今更こいつに隠すような事ではない。
「いやいや、素敵な勘違いだが違うよ。仮面にやられたわけではない」
「じゃあ一体何がッ」
「俺が殺したんだよ」
問いの言葉を遮り教えてやる。
わざわざ誤魔化しや遠回りをする必要はない。
「えっ…………」
リンは何を言っているのかわからないという表情だ。
色々とお小遣いを融通してくれるよしみだ。詳しく話してやるか。
「酒に眠り薬を混ぜてな。まず叔父さんと叔母さんを眠っている間に縛った。従兄弟のレイナは小柄だったし眠ってるうちにやれると思ったんだが甘かったな。殺せはしたが悲鳴をあげられてね。それで叔父夫妻が目を覚ましてしまったのが誤算だったよ」
「何……?何を言っているの……?」
やれやれ最初に結論を教えて補足してやってるのにな。
これで理解出来ないのは相棒として不安になるぞ。
俺はカップにお茶を注ぐ。リンの分だ。
温くなったが猫舌のこいつには丁度いいかな。
「だから俺が殺したんだって。まあそれでさ、縛っているものの暴れるから大変だったんだ。ナイフの刺し傷も浅くてな。傷口から空気を送り込んで苦しんでいるうちに何とかって感じ。今みたいに自由に魔術は使えなかったからなぁ」
リン少尉は絶句してる。
君が聞いたのになぁ。
「そして証拠隠滅に家ごと燃やして旅立ったというわけだ」
わかったか?そう目で伝え向かいの椅子を引いてやる。
なのにリンは立ち尽くして動かない。
良いお茶なのになぁ。これくらいの話に驚く奴でもなかろうに。
「なんでっ……、なんで殺したの!?家族だったんでしょう!?」
「誰も家族とは思ってなかったんじゃないですかね。俺虐待されてたし」
「ぎゃくたい……?」
あーリンは兄を殺されてるらしいからな。ちょっと敏感なところに刺さっちゃったのか。
でも世の中は善良な家族しか存在しないわけではないのだよ。
「殴る蹴るは毎日だな。食事だって腐りかけの端野菜食わされたりとか。遊びで藁を食わされた事もあったなぁ」
あれはキツかったなぁと半笑いで呟く。
カップに口をつける。お茶の渋みが増していた。温くなったせいなのか。それとも過去の記憶のせいなのか。
リンは何も喋らない。俯いて両肩を震わせている。
喋らないなら続けるぞ。
「叔父さんは腕の良い法術士だったんだ。簡単な傷なら跡も残さず治してしまう。だからバレなかったな。評判も良かったし。稼ぎも悪く無かったから腐りかけのメシを食わされてたのも遊びだったんだろうな」
「………………めて」
やめて?何を?もう終わった話だ。
椅子から立ち上がり気にせず続ける。
「治療中に裸にされてさ。それを叔母さんに見られたのもまずかった。叔母さんはかなりの好きものでな。おまけに俺の実父に懸想していたらしい。あとは言わなくても分かるだろ。それも叔父さんにバレてからは頻度は減ったが…………代わりに殴られる様になってその方が辛かった」
「…………やめてよ」
「従姉妹のレイラはな。まわりの子供と一緒になって虐めてきた。殴る蹴るひん剥く飲まされる水をかけられる程度だったし、大人の暴力に比べれば可愛かったな。今思えば殺したのは可哀想だったかもしれない。あとは————」
「やめてってッ!!!」
リンが抱き締めてくる。柔らかいな。でも酒臭い。
体内のアルコールは分解されても酒の匂いはとれないのか。
それが妙に面白くて笑いそうになる。でも空気を読んで我慢しよう。
「もういいから…………もう終わったんでしょう?話さなくて良いよ…………」
鼻を啜りながら話すリン。目には涙が滲んでいる。
やはりコイツは情が深いな。
思い通りに事が進んでくれて嬉しいよ。
「…………ああ。終わらせたんだ。だからクローディアと再会して少し驚いてしまった」
抱き締める力が強くなった。
思わずの行動だろうがスキンシップにも抵抗が無くなったみたいだな。
共闘で体に触れる事もあるし、さっきの様に冗談混じりで締めてくる事もある。
肉体接触のハードルはかなり下がっているだろう。
そもそも普段から一緒に暮らしてるからな、単純接触効果もある。
「いいのよ…………。私達の関係は単なる利害の一致によるものでしか無いのかもしれない。でも私と貴方は仲間だから」
復讐心で動く奴は制御が難しい。
何処かで楔を打つ必要があると思っていた。
リンも同じ様な事を狙っていたみたいだしお互い様だろう。
というかあからさまでお粗末なんだよお前は。
色仕掛けっていうのはこうやるんだ。
「あっ…………」
俺はリンを抱きしめ肩に顔を埋める。
驚いた様に力を弱めたがそれも一瞬、俺の背に手を回し直し抱きしめ返してきた。
「すまん…………。今日は頼らせてくれ」
「ええ、いつでも。貴方は私のパートナーなんだから」
お前は復讐という檻の中で孤独に生きてきたんだろう。
だが俺という理解者が出来てどうなった?何を思った?
一つの事に囚われ続けられる程人の心は単純ではない。
リン。お前の中から復讐を奪ってやる。
仮面殺しは俺のライフワーク。
先を越されるわけにはいかないからな。




