はじめまして。ひさしぶり。
「よーし!よーし!よーし!よーし!よーし!」
「おい馬鹿!動くな!沈むぞ!!!」
「お゙え゙え゙え゙え゙え゙〜〜〜!」
「うわッ!海に吐け海に!」
旅客船から乗客が小舟で港に向かってくる。
此処、アクアパレス港は相変わらずの喧騒だが、一際大きな声が目立って聞こえる。
素人を沢山乗せての往来はまさに命懸けだからな。
「あれが最後の往復ね。あの中に依頼主がいるのかしら」
「そうなるな。今までの乗客に特徴に合う奴はいなかったし、こちらを探す様子も無かった。若い女性だって話だからな。先生は」
俺たちは今依頼を受けて港に来ている。今回は護衛依頼だ。むしろ護衛というよりは観光案内に近いか。
依頼主がアクアパレスを見て回るのを付き添って護衛しろという物だ。
それでも多様な人種が集まるこの街はトラブルも多いし、依頼主が著名な為粗雑な人間に案内は任せられない。
故に銀級相当の依頼とされ、俺たちが引き受ける事になった。
「有名なスポットの予習はばっちり。混まずに進める裏道も調べておいた。食事場所も把握してあるが先生の好みが分からないからな。観光場所に合わせて臨機応変に動いていこう」
「やる気のレベルがいつもの依頼と違いすぎる…………」
(いつもと別方向に気持ち悪い…………)
だまらっしゃい!そんなの当たり前だろうが!
依頼主はクラウディ・ウィリアムズ。
今をときめく新進気鋭の小説家だ。
ジャンルは定まってはいないが、どの作品も人の死に関わる物ばかりだ。
それ故に内容は人を選ぶ。ただでさえ人の死にやすい世の中だからな。
だが流麗な文体や登場人物の言葉遊びが美しく、それらが相まって一曲の叙情詩を聴いた後のような清澄な読了感があるのだ。
特に処女作の“操り人形の連鎖"は傑作だ。
主人公は名家の長男。厳格な両親の下で育った主人公は父親になり、同じく厳格に子を育てていく。しかし厳しい両親から生まれたストレスが、我が子への教育をわずかに歪めてしまう。そして子は大人になり彼は祖父になる。歪んだ教育の連鎖を受けた孫の心には猟奇的な影が潜み、彼の周囲では不気味な出来事が起こる様になる。主人公はその所業に気付き、後始末をしつつも孫と向き合えずに日々を過ごす。そして——————
(だから長いって…………)
「小舟が着港したわ。行きましょうか」
おっと思考に没入してしまった。
依頼に集中しなければな。
せっかくカサンドラに融通を利かせて貰った依頼だ。
…………後で背表紙にサインをして貰えないかな?
嵩張るから読んだら基本的に売るんだが、この名作だけは残してある。
何にせよ失礼のない様にしないとな。
リンの奴は無愛想だから心配だ。服装もいつもの黒い奴だし。似合っているし上品だから良いけど。
今回は俺も不体裁にならない様に服装を変えてある。
暗緑のインナーシャツに……まあカサンドラと飲んだ時の格好だ。季節を考えると少々厚めだが、海風が涼しいこの街では丁度いい。悪目立ちはしない。
えーと、若い女性若い女性。1人いるな。具合悪そうに水夫の肩を借り下船している。まわりが焦っている様子も無いし船酔いかな。
小柄な女性だ。俯いてるのでわかりにくいが恐らく俺と頭ひとつ分以上は低い。
髪は栗色。肩に僅かにかかるくらいの長さのウルフカット。
白いジャケットに対照的な黒いワンピース。牛革の大きめなショルダーバッグを斜め掛けに担いでいる。
落ち着いたのか女性が顔を上げた。
身長もそうだが顔立ちも童顔だ。歳下かな。
くりっとした小動物めいた月色の瞳をしており、片側には泣き黒子が二つ連なっている。
二連の泣き黒子…………まあいいか。
恐らくこの女性がクラウディ先生だ。
確認の為、リンを前にして近寄る。女性だしリンから話しかけた方がいいだろう。これは前もって話してある。
すると向こうも俺たちに気付いたのか微笑み、そして目を見開いた。
「ウィルッ!!!」
「えっ?」
女性は駆け足でこちらに詰め寄る。
そのままリンを避け俺の前に。えっどういう事?
「ウィルでしょッ!やっぱり生きてたんだ!!!あんな事があったから死んでしまったのかもってッ!…………でも生きてた。本当変わってない。一目でわかったよ!眠そうな目もボサボサの髪も全然変わってない!身長は伸びたねぇ。本当に生きてたんだぁ…………」
涙目で捲し立てる推定クラウディ先生。
埒が開かないな。リンもどうしていいかアワアワしてるし。とりあえず確認だな。
「えっと、クラウディ先生ですよね。私は依頼を受けた銀級冒険者のカイリという者です。どなたかと勘違いされていませんか?」
「カイリ?何言ってるの?あなたはウィリアムでしょ!?私はクローディアだよ!…………もしかして忘れちゃったの?」
クローディア…………。ああ!クローディアか!
「お前クローディアか!ランドルお爺さんの孫の!」
「そうだよ!良かったぁ覚えててくれて。もう10年近く経つもんね。私も色々と成長したし分からなくてもしょうがないかぁ」
涙を拭いながら微笑むクローディア。
記憶を攫ってみてもあまり成長した感じはないが。
こいつは俺が故郷で世話になってた爺さんの孫娘だ。
爺さんは優しく冗談好きで街の人気者だった。学問にも精通していて街の子供達を集めてはいつも勉強を教えていた。
もっとも俺は勉強なんてせずに爺さん家の馬鹿でかい書庫に篭りっぱなしだったが。
こいつも同じ口で二人でずっと静かに本を読んでいた。
会話はほぼ無かったと思うが仲は悪く無かったな。
「それにしてもあなたが銀級の冒険者ねぇ。驚いちゃったわ。今はカイリって名乗ってるの?冒険者って偽名を使う人が多いらしいものね」
「名乗るもなにも生まれてこの方ずっと俺の名前はカイリだが?というかお前こそウィリアムって何だよ。変な名前で呼ぶから気付くのが遅れちまっただろ」
「はぁ?そんなわけないでしょう?私の作家名だってあなたの名前からとったんだから」
妙ちくりんな事を言ってるがやはりこいつがクラウディ先生なのか…………。
複雑だがこいつの家は裕福だし、蔵書の数も相当な物だった。
小さい頃から本ばかり読んでいたこいつなら作家になれても不思議じゃない。文才は読んで育てる物だからな。
「あの……、私はリンといいます。カイリとは知り合いなんですか?」
置いてけぼりのリンがおずおずと尋ねる。
すまんな。また知り合いの知り合いが発動してしまった様だ。
「えっ!貴女はカイリとどういう関係なの?まさか恋人ッ!?酷いわッ!両親の前で結婚の約束さえしたのに!!!」
「ちがッ!違います!ただ同じパーティメンバーなだけでッ!」
「同棲してるけどな」
「ばっ、何言ってるの!違うんです本当にあの」
「ふふ…………」
「えっ?」
「あははははははははッ!」
大笑いするクローディアに目が点になるリン。
一頻り笑うと目を擦りながら続ける。
「冗談よ冗談。貴女可愛らしい人ね。カイリの幼馴染のクローディアです。この度はよろしくお願いします」
「えっ、あっ、はい。よろしくお願いします」
差し出された手を握るリン。未だ混乱中の様だ。
作品を読む限りクラウディ先生の内面は遊び心に満ちている。インタビュー記事でも悪戯好きの様子だった。
輪に入り辛そうなリンを思って揶揄ったんだろう。
「何が結婚だよ。遊ぶ約束すらした事ない癖に」
「ちゃんと覚えてくれてて嬉しいわ!ウィル!」
だから俺はカイリだっての。
何のつもりでウィルと呼んでいるのか分からんが、作家名に使うくらいだから何かしら思い入れがあるんだろう。
付き合わされる俺は良い迷惑だがな。
(…………気持ち悪い)
出たよ幽霊様の必殺罵倒。俺が女と絡む度これだから困る。
ともあれ依頼主と合流は出来た。
初日はクローディアが泊まるホテルで打ち合わせだ。
長い船旅で疲れてるだろうし、さっさとホテルに向かってチェックインさせるか。
あーサインどうしようかなー。




