風吹いて地固まる
決闘も恙無く終わり気を緩める。
目の前にはうつ伏せでお休み中のアンジェリーナちゃん。
ふう、結構苦戦してしまったな。
縛りに縛った上での戦いだったが、こいつも想定より遥かに面倒くさかった。
身のこなしや戦いの運びも中々だったが特にクソ厄介なのは斥力砂鉄弾!
磁気の研究なんてこの世界じゃそこまで進んでないのにな。天才か。
俺が気体を知覚できる様にこいつも磁力を感じる事が出来るんだろう。
このまま成長したらヤバいレベルになりそうだ。
斥力弾の威力も上がるだろうし、磁力で代謝操作して肉体を最適化したり。
そもそも磁気は電気なので応用は効きまくるだろう。
もう戦いたくないなぁ。
「さてと」
「……ちょっと。その子に何をするつもり?」
俺がアンジェリーナに触れるとリンが口を出してくる。
若干の焦り。昨夜からの話が抜けていないのかな。ちょっと男女間に対し敏感になってる感じ。正直面倒だ。
「何って戦利品を頂こうと思ってな」
俺はアンジェリーナの帯剣ベルトからナイフを引き抜く。
鏡の様な片刃に美しい波の様な模様。やっぱり東洋の短刀だ。
「はーーー美しい。ちらっと見た時にまさかと思っていたがな。リンも一振り持ってるだろ?あれ羨ましかったんだよなぁ」
こういう細かい所までリンとお揃いとは相当なフォロワーだな。
そのおかげで良い物が手に入って嬉しいけど。
「賭けてたのはお金って話だったと思うのだけど?」
「知らねーよ。俺は条件なんて一言も喋ってないもん。聞かずに戦う方が悪い。あっ!お前は料理の件忘れんなよな」
黒漆の鞘も美しい。呆れ顔のリンを無視してこちらもお迎えにあがる。
「…………いいんですか?」
「こちらはこれ以上関与致しませんので」
リンがカサンドラに確認するが営業スマイルで一蹴。
自己責任という事。こいつが決闘したのも負けたのも自己責任。そもそも向こうから持ち出した話だ。
こちらも(アンジェリーナ目線では)リスクを張ってるんだから正当な報酬である。
「んっ…………」
あ、アンジュちゃん目覚めそう。長いからアンジュでいいや。
よく見ると顔は女だな。色白の柔らかな肌に彫りの深い顔立ち。睫毛も長いな。
なんで男だと思ったんだろう。
口調とリンへの好き好きでバイアスかかったか。
「あれ……私……、ッ!!!」
ガバッと体を起こしこちらを睨みつけるアンジュちゃん。
おー怒ってる怒ってる。
「おはよう負け犬ちゃん」
「お前ッ!卑怯者がァ!!!」
俺の挨拶も無視して立ち上がろうとするが、ふらついて膝をつく。まあ起き抜けだからな。
「卑怯者はお互い様だろ?良い不意打ちだったぜ。あ、これ褒めてるから」
「リンさんを人質にとるのは無しだろうがッ!!!」
「知らんよ?偶々だろ。そもそも射線管理出来てなかったお宅が悪いんじゃないですかね」
「〜〜〜〜〜〜ッ!?本当に減らず口ばかり!こんなの無効だわ!そうですよね!?」
埒が開かないと思ったのか審判に話を振るアンジュちゃん。
必死なのか口調崩れてる崩れてる。
だがそいつはそんなに甘くはないぞ。
「貴方の負けですよ。この場の誰もが納得している事でしょう。貴方以外はね」
「何をッ!!………………そうか、分かった!貴方はその男に惚れてるんだもんな!分かるよ、見てればね!!!女の感情持ち出してきて恥ずかしく無いのか!?はじめから公正じゃなかったんだ!!!これは————」
「おい」
あ、ヤバ。
冒険者Aは逃げ出した!
冒険者Bは逃げ出した!
冒険者Cは逃げ出した!
外野の人達が急いで修練場から去っていく。
僕は逃げられませんでした。
「ガッ…………!」
顔面に衝撃を受けてアンジュちゃんがひっくり返る。
痛みより驚愕がきたのかすぐに体を起こし痛みの原因を見ている。タフだね本当に。
片手で顔を抑えているが掌から血が流れ落ちている。
形の良い鼻が心配だな。折れちゃったかな。
「蹴りやすい位置に顔があったからよぉ靴に血が付いちまったじゃねえかこれいくらすると思ってんだわかるか?鼻血なんか出して舐めてんのか?ぁあ!?聞いてんだぞ黙ってんじゃねえよタコ!聞いってか?聞いてるのか?き〜い〜て〜い〜ま〜す〜かぁ?無視するなよなあなあなあなあなあなあなあああああああああッ!!!!!」
「————ッ!!!」
目の前の鬼の姿に声も出ず顔面蒼白のアンジュちゃん。
え大丈夫?出血とか平気?血液足りてる?
ふと隣を見るとリンの姿がいない。
逃げやがった!僕を置いて!!!
「大体さぁ女の感情?それってナニ?お前こそ男みたいな喋り方で随分随分随分女々しい事言ってる自覚あるかぁ?というか髪なんか伸ばしてその色白の肌も綺麗に手入れしてさ!女捨てきれてないじゃーーーーん!!!本当ウケル!お前一体何がしたいんだ?お前こそ男の振りしてリンの奴を抱きたかったのか?それとも抱かれる方かぁ!いや抱く方だな!そんなみっともなく鼻血流してる様な奴じゃ締まらねぇもんな?……おい冗句だよ冗句笑えよ笑えって笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え」
「ぎっ!おっ、ぉえんなさいぃ…………」
手の甲を捻る様に踏まれ謝るアンジュちゃん。
まじ怖えぇ…………。
そういやこういう奴だったね君…………。伊達に初対面の俺の前で父親の顔面蹴り飛ばして無いわ。
まあそろそろフォロー入れてやるか。
後々カサンドラへの恐怖が俺への怒りに転化されても困る。
「そこらで勘弁してやってくれ。こいつの言ったお前への侮辱も俺に一端があるしな」
「…………すみません。少しカッとなってしまいましたね」
少し?カサンドラさんのお宅では少しってどれくらいの単位を示す言葉なんだろう。
アンジュは鼻血まみれの顔でこちらを眺めている。
さっきまでの頭に血が昇った様な感じはしない。
痛みと恐怖で冷静さを取り戻したか。血も抜けたしな。
まあそこで感情が混乱に走らないのは見所がある。
「リンを背後に位置取りしたのはわざとだよ」
「やはりッ!」
「でもな、仮に撃っちまったとしてリンがお前程度の攻撃を避けられないと思うのか?」
「ッ!?」
目を見開くアンジュちゃん。
流れ変わったな。
「でもリンさん具合が悪いって……?」
「確かにそうだけどな。戦いなんて常に万全じゃないんだ。だがそんな時でもリンなら動ける。これまでの戦いでも何度も前衛として俺を守ってくれたんだ。本当良い相棒だよ……」
「リンさんを信頼しているのか…………?」
「おかしな事を聞く奴だな」
俺はふっ、とニヒルな笑みを浮かべて続ける。
「信頼出来なきゃ背中なんて預けられないだろ?」
「そうか…………」
何かを考える様に目を閉じるアンジュちゃん。
そして開いた時には憑き物が落ちた様に穏やかな眼差しになっていた。
どうやら納得してくれた様だ。俺はリンに背中なんて預けた事ないけどね。
「私は何も見えてなかったんだな。強く美しいリンさんの姿に憧れてここまで来たが。……まあ憧れと呼ぶには少々醜悪だったけど」
落ち着いて話すアンジュちゃん。
こちらが本当の口調かな。
やたら大きな声を出していたのはこいつの中の男のイメージか。
髪も肌も手入れされてるし、指や掌にタコは出来ているが水仕事や畑仕事で荒れた様な感じはない。
案外良いところの箱入り娘だったりしてな。短刀も希少な上高級品だ。
「…………すまなかった。私は暴走してしまっていた様だ」
「分かってくれたならいいよ。じゃあな。アクアパレスを拠点にするなら今度メシでも(リンが)奢ってやる」
背を向けて手を振り場を離れる。
カサンドラがこちらを見て微笑み、俺の隣を歩きだす。
正直さっきの剣幕が怖すぎて落ち着きません。
見た目は綺麗なのになぁ。第一印象がなぁ。
こちらの視線に気付くと一瞬チロっと長い舌を出して笑みを深める。
うーん魅力的な仕草というよりか蛇の探餌動作。
「…………あれ?短刀がない。決闘中に落としたのかな?」
冒険者Dは逃げ出した!




