毒往邁進
「やめてくださいっ!」
「オホッ、いい声で鳴くなぁ。もっと聞かせてくれよ。どうせ誰も来ねえからよぉ!」
「嫌ッ!はなして!」
宿屋のベッドの上で少女が男に押し倒されている。
衣類は殆ど剥ぎ取られ、身を隠す物は下着のみ。
窓から差し込む夕暮れが、少女の身体を暴くように照らし出していた。
胸の前で重ねた両腕は男の左手に押し潰されており、腰の上から馬乗りにされている。華奢な少女は呼吸すらままならない。
部屋中に少女の声が響いている。薄い壁は何ら意味もなく悲鳴を通す筈だが、助けが来る事はない。
「この宿屋は俺らの拠点なんだよ。泣こうが喚こうが誰も入って来ねえぜ?もっとも俺が一発終わったら次の奴が入ってくるけどなぁ!」
「――ッ!」
下卑た男の笑みに少女の顔が引き攣る。
恐怖と混乱からか肌に汗が滲んだ。
「一晩遊ぶだけだから安心しろ。その後は親切な旦那に引き取って貰う予定なんだ。良かったなぁ!まあお前も割り切って楽しめよ。良くしてやるからよ」
そう言いながら少女の首筋に舌を這わせる男。
「――――ぁ」
その直後。
「かはッ………………ひっ、ひっ、ひっ、息がァッ!」
男が自らの喉を両手で握りしめて踠き始める。
既に少女の事など目に映ってはおらず、必死にベッドを転がり回り、床へと落ちた。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!?」
目を見開き身悶える男。口唇は青ざめ、顔面から色が消えていく。
そして大きく全身を震わせる事一回。その後は動かなくなった。
「………………あの、どうしたんですか?」
少女が男に声をかける。
先程犯されかけていたとは思えない程穏やかな口調だ。
「息…………してないですね。黒目も大きくなってるし。…………もしかして死んでしまいましたか?」
顔に触れ、首筋に触れ、手首に触れる。男を慰める様に柔らかく全身を触れ回る少女。
ひとしきり触れると満足する様に手を離した。
「やっぱり死んでしまいました」
俯き、拳を握り、震える少女。
「…………ふ」
「…………ふふふっ」
「…………ふふふっ、あははははははははははッ!!!」
「いえーーーーーッい!毒の新作大成功〜〜〜〜!!!」
両拳を天に突き上げ喜ぶ少女。先程までとはまるで別人だが、紛れもなく本人である。
10代半ばにも満たない様な華奢な体躯。
病的なまでに白い肌と灰色の眼。髪は白に近いプラチナブロンドを肩まで伸ばしている。
全体的に色素を感じられない色彩だが、唇だけが異様に赤い。
「これはねぇ!経口接種する毒なんだけど飲んだ時には無毒なんだ!体内で有毒化して汗と混じって出てくるの!それを舐めちゃうと一瞬で呼吸不全を起こしてドボンッ!あの世行きってわけ!あ、飲んでる方には抗体が出来て安全だから心配しないでね、おじさん!」
死体に向かって早口に喋り続ける少女。
まるで宝物を自慢する子供の様に目を輝かせている。
「でもこの毒は効果時間が短いんだよねぇ。あとすっごく苦いの!!!量も多いしせめて甘ければなぁ。砂糖と混ぜちゃうと効果にムラが出ちゃうんだよなぁ。うーーーーん悩ましいっ!」
「――――お嬢様」
「なぁに?セバスちゃん?ノックもせずに入ってくるなんてさ、混ざりたくなっちゃったのかな?」
音もさせず少女の前に男が現れた。
白髪を後ろに流しており、右目にはモノクル。燕尾服を着た老執事といった格好だが、痩せぎすの肉体と鋭い眼の印象が強く、紳士然とした男には見えない。
「お嬢様の遊びに付き合っていたら命が幾つ合っても足りませんな。また派手に殺した様で」
そもそもの話。
宿の中に生きた人間はいなかったのだ。
悲鳴が聞こえるか助けるか等意味のない話であった。
「実験中に邪魔されたくなかったからさぁ。まあ被験者はいくらいてもいいんだけどね。でも今回の毒には思い入れがあったからさ、ロマンチックにしたかったの」
「流石お嬢様。大変悍ましいですな」
呆れた様に返す老人と頬を赤らめる少女。従者に我儘を言う令嬢みたいな光景だが、その実死臭に溢れている。
「…………ところで報告を。先程、オルテ村との仲介者の殺しが完了致しました」
「ああ、その件か。ご苦労様。これで足が付きにくくなって一安心だよぉ」
「そう思うのなら毒殺に拘らない事をお勧めしますが」
「そこは僕のポリシーだからねっ。しかしまたオルテンシアの群生地を探さないとねぇ。オルテ村のをとりに行くわけにもいかないし」
憂鬱そうな顔で爪を噛み始める。加減もなく噛み砕かれた爪は鋸の様に鋭い凹凸となっていた。
「…………前から不思議に思っていたのですが。何故その様な事をされていたんですか?」
「ん?オルテンシアって綺麗じゃない?雨季に咲き誇る毒花なんて洒落がきいてるしさ。レイニー・ポイズンって名前で毒薬でも作ろうと思って。センスあるでしょ!?」
抽出が上手くいかないんだよね、と少女が嘆息する。
「いや、そうではなく――――何故わざわざ村からオルテンシアを買っていたのですか?あんな物自生しているに等しいのですから勝手に採られればよろしかったでしょう?」
疑問を受け少女の笑顔が自嘲する様な色に変わり、答える。
「…………スラムの娘から花を買ってあげるようなものかな?あんなにひたむきに夢を追いかけていてさ、生活だって苦しいのに。だから商人を通してあげたんだ。あそこは泥炭も取れたしね」
「だからさ――――」
「そういう苦しんでいる姿が見たくて!程々に餌をあげていたんだ!じゃないと飢餓で死んじゃうか逃げちゃうかじゃない?私はずぅっと眺めていたかったの!!!」
少女はまるで流行りの恋物語を語る様に、紅潮している両頬に手を当て陶酔した。
「流石お嬢様。下衆ですな」
「よく言われる〜」
辛辣な言葉にニシシと悪戯めいた笑顔をみせる少女。
作り物めいた端正な顔をころころと歪ませる様はとても美しい。有毒生物の警戒色の様な怪しげな魅力を放っていた。
「でも殺しでお金稼ぎは解釈違いかなぁ。まあ長い事楽しんだしね」
過去を思い返す様に目を閉じベッドに倒れる。
埃臭いシーツの臭いが広がり、少女は顔を顰めた。
「毒を融通する様に指示を出したのはお嬢様ですが」
「そこは親心だよぉ。でも毒を使った彼らが毒で破れるのは綺麗だよね。何の毒を使ったんだろう?」
「調べによるとオルテンシアの汁液で作ったカクテルを飲ませたと」
「えっ!!!!!!?」
その言葉を聞いた少女は跳ね起き、驚愕したように目を見開いた。
「何それ素敵!!!疲弊の果てに最後に味わう毒の美酒。それは故郷に咲く花だった…………ロマンチック過ぎる〜〜〜!!!!冒険者さんがやったんだよね?え〜〜〜お話したいなぁ!お茶したいな〜〜〜!!!」
「アクアパレスの冒険者だそうですよ。《陽炎》もその場にいたと」
「ゲーニッツのとこか…………。眼鏡ちゃんまで関わっているとなると面倒いなー。でも会いたいな。どうしようかな…………」
楽しそうに笑っていた少女の顔が大きく歪み、再び爪を噛み始める。爪は傷一つない綺麗な桜色をしている。
「よし、ほとぼりがさめたら行ってみよう!その冒険者さんについて詳しく調べといてね!」
「承知致しました。《レディ・ポイズン》の仰せのままに」
「そのダサい二つ名やめてよ〜〜〜〜〜〜!!!」




