レッドワイン・クーラー
オルテ村の騒動から1ヶ月経った。
風の噂で聞いたくらいだが村は滅びたらしい。
結局のところ村民全員が関与していたという話。
彼らの善性は兎も角として、あんな小さな村で何にも関わらずに生きていく事は出来なかったに違いない。
奴隷にされるか処刑されるかは分からんがな。
誰もいなくなった村でも、毎年あの花は咲くのだろう。
「こんばんは。すみません、遅れました」
「こんばんは。俺が早く着きすぎたんだよ」
俺は今、個室のバーにいる。
宿屋の一室程の広さが有り、中央には大理石で出来たローテーブル。その上にはハーブ入りの水差しとよく磨かれたグラス群が置かれている。
テーブルの周囲を黒い横長のソファーが囲っている。座ってみると沈みそうな程柔らかい。
壁掛けされたワインラックには様々な色の酒瓶が飾られており、見ているだけても面白い。
それらをシャンデリアの蝋燭が柔らかくて照らしている。
「時間に律儀な方は好ましいですね」
同じソファーの隣に女性が座る。手には一本のワインボトル。
日が沈み、昼間とは別種の喧騒が覗かせるアクアパレスの夜。
閉められた扉の奥から僅かにピアノの音色がきこえる。
この場にリンはいない。タオさんから手伝いをお願いされたらしい。ミサトであるはずもなく、そもそも奴は子猫の中で散歩中だ。
ならばこの女性は誰なのか?
「まさかあんたからお誘いが来るなんてな。―――カサンドラさん」
「先輩からの昇級祝いですよ」
グラスにワインを注ぎながらカサンドラが微笑んだ。
燻んだ芥子色のパンツドレス。袖の部分のみレース状になっているが露出も少なく上品な感じ。
胸に銀色のロケットネックレスをしていて、銀縁の眼鏡は掛けていない。大分イメージが違う。
「なんというか………、この部屋の一部みたいな姿だな」
「褒めてるんですかそれ?…………貴方も悪くないですよ?少なくとも色の趣味は合いそうですね」
流石に俺もいつもの斥候服ではない。
暗緑のインナーシャツに濃紺のトラウザーズ。シャツの上に着ているジャケットはカーキー色だ。
今後の依頼の為に揃えた物だったが、奇しくもリンクコーデの様になってしまった。
「女性を褒める才能は無いとリンにも言われた」
「デリカシーもないみたいですね」
くすくすと笑いながらグラスを俺の前に置くカサンドラ。
最初の印象が印象なだけに変な感じだ。
「では生意気な後輩の昇級を祝して」
「…………どうも」
互いに向けグラスを掲げ、口付ける。
「――――これ果汁割りか」
「はい。ギルドでもあまりお酒を飲まれている様に見えなかったので」
如何でしょう?と瞳には若干不安の色が見える。
だが不安な事なんて何もない。実に素晴らしい選択だ。
「美味いよ。正直酒は好きだが得意ではないんだ。こういう軽めで甘い奴の方が俺には合ってる」
柑橘系のフルーツをベースにシナモン等のスパイスが加えられている。
酒精は抑えられてはいるが、そのおかげか酔ったみたいに体の奥が熱くなる。
落ち着いた葡萄酒の味に爽やかな果汁、そしてスパイスの高揚が混ざり合い複雑な味わいだ。
「喜んで貰えて良かった」
ほっとした様に笑うカサンドラ。
こいつは本当に父親を蹴り飛ばし顔面に踵を落とし冒険者達を一括しオルテ村で俺に中指を立てたあのカサンドラなのだろうか?
なんだか怖くなってきちゃったな。
「…………改めて謝罪します。オルテ村ではすみませんでした。ギルド仲間を騙す等あってはならない事です」
「いいよ。シェフマスが強引に捩じ込んだんだろ?報酬も貰ったし、酒場のディナーも美味かった。それでいい」
随分汐らしい態度だ。謝罪の為に誘ったと。
「しかしグラス一杯目の会話が謝罪とはデリカシーが無いんじゃないか?」
「…………私達は似た物同士かもしれませんね」
軽口に笑い合いグラスに口を付ける。
悪くない空気だな。
ゆっくりと酒を飲み干していく。
時間の感覚も曖昧に、心地良い沈黙が流れていく。
「グラスが空になってしまいましたね。注ぎましょうか?」
「お願いするよ」
とくとくと黄昏色の液体がグラスを満たしていく。
そんな仕草の中、世間話でもする様にカサンドラは言った。
「ところで―――――あの村の人間は全員死んだらしいですよ」
「……………は?」
「護送中の馬車が崖から落ちたそうです。タビネズミみたいに何台も次々と。誰が事故だと思うんでしょうね」
…………全員死んだ?殺された?
ロンゾには盗品を捌くルートがあった。おそらく口封じだろう。
村民は50人近くいたはずだ。皆殺しに出来るとなると個人の仕業とは考え難い。組織の犯行か。それも普通の奴等じゃない。
「次々にって事は目撃者がいたのか?」
「ええ、橋守がみていたそうです。橋を無視する様に落ちていったそうですよ。順番に。騒ぐ事もなく」
馬車が崖から落ちる等ありえない。馬の危機察知能力は相当高い。落ちるとしても相当な興奮と騒ぎになる筈だ。
もっともカサンドラの力を使えば可能だろうがな。
こいつがやったとは思わないが、何らかの力が働いた可能性は高い。
「加えて言えば崖下の遺体を検分した所、死因は全員が服毒死である可能性が高いそうです」
「冗談染みてるな。やった奴にとっては遊びなんだろうぜ」
隠蔽するつもりもなく手間をかけて崖から落としただけ。
目撃者の処理もしなかったなら犯行を遅らせる意図も無さそうだ。
「でしょうね。村で量刑を待っていた人達も毒殺されたそうですから。監視も薬物で昏倒させられていたそうです」
つまり事故に見せかけるつもりなど更々無かったわけだな。
しかし毒の使い方に慣れた組織だな。ロンゾも数種類使い分けていた様だし。
「そして事件が起きたのは村民を捕縛したあの日から僅か5日後です」
「…………へぇ、どうやら犯人はお友達に恵まれているようだな」
「はい。ギルドか憲兵か、或いはどちらもなのか。内通者がいなければ不可能な速度です。そして情報が筒抜けだとしても、相当な組織力が無ければこんな規模の殺人を実行する事は出来ない」
きな臭くなってきた。憲兵はともかくギルドの身元確認なんて無いようなもんだ。どこに紛れてるとも分からない。
「ギルドが信頼出来ないなら、私にも新しいお友達が必要かと思いましてね」
「友達は多そうだけどな」
「そうでもありません。それも先月1人失ったばかりですから。カイリさんも良く知っている方ですよ」
誰の事だ?アクアパレスに知り合いなんていない。ましてや共通の知り合いなど。
俺が訝しむ最中、カサンドラはネックレスを外しローテーブルに置いた。
「形見なんです。これを見ればカイリさんも思い出すのではないでしょうか?」
そう言いながらネックレスのロケット部分を開いた。
「ッ!?お前――――――ッ!?」
中に入っていたのは白い欠片。これは人骨だ。
「埋め直しが雑でしたね。そもそも"墓地に来るな"なんて何かやりますって言ってる様な物ですが」
「…………中々ショッキングな演出だな。それとも死体を持ち歩く趣味でもあるのか?」
「まさか。悪戯好きなんですよ」
ぺろっと長い舌を出して戯けるカサンドラ。
先程までと変わらない笑顔だが。肉食の生物の様な雰囲気がある。
不意打ちで反応を見たかったのか。リンが虎ならばこいつは蛇だな。
確かに【ギフト】を使ってからは感情が先走ってしまった。これは俺の失策だな。というより欠点か。
さて、どういうつもりなのか。状況から予想はつくが話を聞いてみるか。
「それで?聞きたい事があるなら言えよ。その為にリンのいないタイミングでの誘いだったんだろ?」
「ロンゾに放った言葉が興味深かったもので。前日と様子が違うのも気になりました。…………貴方、そういう力をお持ちなのではないですか?」
大した証拠にもならない話だが確信しているようだ。自分の勘に重きを置くタイプは融通が利かない。
へらへらと誤魔化してやってもいいが、こういう奴に疑われると面倒だ。殺すわけにもいかないしな。
それにリンを外したのは配慮だろう。俺がどこまで話しているのか分からないから。
要するに仲良くなりたいわけだ。
それなら好都合。元々俺もそのつもりでこの場に臨んでいるわけだから。
「正解。俺は死体から記憶を盗める」
「…………随分素直に認めるんですね」
「話は早い方が好きだ。美味い酒はゆっくりと飲みたい質だがな」
「私も同じです」
脚を組み替えながら楽しそうに話すカサンドラ。
背を丸め見上げるようにこちらを見つめている。酔いのせいか微かに頬が赤い。
俺はグラスを手に取り口を付ける。
苛烈な怒気。凛とした佇まい。そして蠱惑な表情。
なるほど。これはこいつにピッタリな酒だな。自己紹介としても素晴らしい。
「…………実はいうとな。俺もあんたと仲良くなりたいと思っていたんだ。探し物が上手な美人に用があったんだよ」
「まあ嬉しい。私たちは本当に気が合いそうですね」
カサンドラの諜報能力は使える。立場も情報が集まりやすい位置にある。仮面を探すのに有効だ。
そしてこいつも例の組織に通じていない駒が欲しかったわけだ。実力は見せたしな。
元々覚えが良くなればいいと思っていた程度だったが、向こうもその気ならば有り難い。
精々仲良くさせて貰おう。
「新しい友情を祝して乾杯し直すか」
「あ、では友情の記念にあれをやって貰えないでしょうか?あのしゅわしゅわな奴」
みんなしゅわしゅわ好きね。




