海老の小躍り
オルテ村に来てから3度目の朝がきた。
昨夜は変な時間に目を覚ましたからまだ眠い。
俺は氷水に林檎のシロップを混ぜてゆっくりと飲み干す。
冷たさと甘さが舌を通し脳を刺激する。目が覚めてきたぜ。
瓶詰めのシロップは重いし嵩張るが、それだけの価値はある。
「何を混ぜたの?」
パンを食べていたリンが尋ねる。
ロンゾから貰ったライ麦パンだ。真っ白とは言えないがカビなども無い。
リンの馬鹿力でなくとも、素手で千切れる程度には柔らかそうだ。
この村では他の誰もが食べられないだろうな。
「内緒」
そう言いながらリンの氷水にも垂らし、風で氷を回し攪拌してやる。
恐る恐る口をつけるリン。
「美味し」
驚いた様に目を見開き顔を綻ばせた。そして大事そうにちびちびと飲み始める。
気に入った様だ。
「さて、俺は出掛けてくる」
「何処へ?私も行くわ」
一瞬躊躇した後、林檎水を一気に飲み干したリンが立ち上がる。
本当に気に入ったんだな。また今度作ってやろう。有料で。
「いや別行動にしよう。視線の対象を確かめたい。俺とお前どちらに付いてくるのかをな。俺は墓場の方に行くからお前は村を見とけ」
「そういう事ね。分かったわ。昼に広場で宴を開くみたいだけど戻ってくるのよね?御馳走を振る舞うらしいわよ」
御馳走ねぇ。まあどんな飯が出てくるかは興味あるな。
この状況で参加しない選択肢もない。
「昼までには戻るさ」
ひとり墓場に向かう。
道中に見かけた広場では、忙しなく村民が宴の準備をしていた。
陰鬱な雰囲気だったがな。とても宴を前にした様子には見えなかった。
そんな有り様とは違い、空は晴れやかだ。
雨季の中の依頼で雨に遭わないのは幸運だった。
振られていたら討伐も長引いた事だろう。サンドワームは湿気を嫌うからな。会えない事には狩れもしない。
さて、墓場についた。
大小も形もまばらな墓石。位置の判別に置いただけの様な印象だ。
遠目で見るとよく分からない遺跡みたいに思えて面白い。
今日は誰もいない。
村民は宴の準備で忙しいし、そもそも死者を悼む余裕なんか無いだろう。
そして今朝は墓場に来ない様に話はつけてある。
向かう先は一番新しい墓。
冒険者は埋まっていないとロンゾは言っていた。
一方で彼女には逆の確信があるらしい。
まあ関係ない。俺の力の前では――――。
久しぶりの土弄りだ。
この後の疲労と汚れを考えると嫌になるが、それ程手間はかからないだろう。
何せ焼きたてホヤホヤだろうからな。
昼になり俺たちは広間に案内された。
草が生えないようにか砂地になっている。
それなりに広く、村民全員がいても入りきるだろう。
隅に小屋がある。祭具でも置いてあるのだろうか。
横長のテーブルに椅子が二つ。
離れた位置に向かい合う様にもう一つずつ。
椅子が二つあるのは俺たちの席として、対面はロンゾか。
あの馬鹿面を至近距離で見る事にならず良かった。
周囲にはゴザが敷かれており、20人程の村民が座っていた。
全員男で子供もいない。本当に華がない村だ。
「あらためてオルテ村にようこそ!いやぁ、歓待が遅れてしまい申し訳ありません。心ばかりの酒や料理ですが、楽しんで頂ければ幸いです!!!」
「どうも…………」
「…………どうも」
奴の大仰な振る舞いに呆れる様に言葉を返すリン。面倒なので俺もそれに倣う。
村民の女が笑顔でグラスをテーブルに置く。
この場の唯一の女性だ。着飾ってはいるが、慣れてないのか動きがぎこちない。服のサイズも微妙に合っていない。
髪はパサついているし、手の爪はでこぼこしていて一部割れている。
急拵えの精一杯って感じだな。昨日余計な事を言ったからか。
「まずは酒を注ぎ乾杯にしましょう。サンドワーム討伐のめでたい前日祭です。久々に酒が飲めると、この者たちも楽しみにしてたんですよ!」
ロンゾの言葉に薄ら笑いを向ける村民達。目の前には空のコップが置いてある。
「まあ待て。せっかく宴を開いてくれたんだ。俺からも返礼の品がある」
「ほう…………、なんでしょう?楽しみですねぇ」
俺は鞄から酒の大瓶を取り出す。デカくてはみ出してたからな。何を持ってきたかは予想していただろうに白々しい。
「それはッ!?」
ロンゾが驚く声を上げる。そうだろうそうだろう。お前の家からくすねた酒だからな。
「ん?俺の酒がどうかしたか?」
「いえっ、見覚えのある銘柄でしたので…………」
口調の割に口元が硬いなぁ?まあお前なんぞには勿体無い酒だ。死蔵させていくのも忍びないしな。
「有名だからな。しかし中身は違うぜ」
そう言いながらロンゾに歩み寄り、グラスに注いでやる。
「この匂いは林檎酒ですか?」
「自作のカクテルだよ。」
そのまま村民の男達のコップにも注いで回る。
コップから甘い匂いが辺りに漂う。
男達は食い入る様にコップを凝視している。
生涯飲めないくらいの酒だろうからな。
「おっとまだ飲むなよ?このまま見ておけ。最高の酒には最高の魔法をかけなきゃな――――カーボネイト・ウィンド」
俺は魔術を発動。1人のコップの中の酒に炭酸ガスを浸み込ませる。
「これはッ!!!!?」
「発泡酒だと!?」
驚く村民の男とロンゾ。炭酸を保てる瓶は殆どない。
権力者でも入手が難しい幻の酒だ。しかも風術でキンキンに冷やしてある。
「俺も!俺の酒にもやってくれ!!!!」
「すげえよ!冷えてるぅ!!この季節にこんなのが飲めるなんて!!!」
「甘い……!凄く甘いよ!うちのにも飲ませてやりてえ!!!」
「かぁ〜〜〜!酒精も強いぞ!もっと!もっとくれえ!冒険者さん!!!」
広場は大騒ぎだ。乾杯も待たずに飲み干す男達。
まあこの環境で目の前に置かれたら我慢できんわな。
「えと、村の者が失礼してすみません」
そう言いつつも、チラチラと自分のグラスを覗くロンゾ。
贅沢慣れしてそうなこいつも、この誘惑には耐えがたい様だな。
「飲めよ飲めよ。格式張る事ねえよ。宴はこうじゃないとな」
急いでグラスを持つロンゾを尻目に俺は席に戻る。
「あんな魔術まで使えるのね。もっと早く披露して欲しかったわ」
そう言いながらグラスを俺に差し出すリン。
出会って真っ先に振る舞ってやったんだけどな。
「お前は飲むな。絶対に。酔っぱらっても困る」
代わりに水筒から水を注いでやる。
死んでも酒癖の悪さは治らなそうだ。お前は水を飲め。
「そんな事にはならないわよ。でも強そうなお酒だしね」
家に帰ったら作ってよね、と納得するリン。
酒の強さの問題かなー?
「大変貴重なお酒を有り難うございました。いや発泡酒なんて初めて飲みましたよ!酒精は強いのに気泡の刺激が楽しく飲みやすい。まだ余韻を感じる様で舌の奥がパチパチしますな!」
「喜んでくれて何よりだ。それじゃ飯も早く頼むよ。隣のお姫様は腹ペコの様なんだ」
お姫様からの視線は無視する。
今の軽口だけでなく酒を飲ませなかったのも根に持ってそう。
「いやはや失礼しました。おい、持って来なさい」
ロンゾの言葉に女が料理を持ってくる。
薄くスライスされた白いパン。
野鳥の蒸し焼き。
発酵キャベツと豆のスープには細かく刻んだベーコンが贅沢に入っている。
保存食がメインの様だが村民の様子を見るに、滅多に食べられる物でも無さそうだ。
「いただきます」
リンがスープに口を付ける。
発酵キャベツは酸味が強く食べ辛い。だがベーコンと合わされば、脂の癖と酸味が調和され、上質なコクのスープが出来上がる。香辛料も多く使われてそうだ。
何も言わないがスプーンの手が止まっていない。
美味いんだな。
「カイリさんは召し上がらないので?………好みではありませんでしたか?」
「いや、あまり腹は空いてないんだ。俺は酒を貰おうかな」
こちらを観察する様な視線を向けるも一瞬で表情を崩すロンゾ。
「いやはやそうでしたか!ではではお飲み下さい!あの発泡酒にはとても勝てませんがこちらも良い酒ですよ!!!」
ロンゾの合図に女が近寄り酒を注ぐ。
「貴方は飲むのね……?」
隣から恨めがましい視線あり。
いいからお前は飯食ってろ。
「…………開拓当初はこうやって酒を囲んで夢を語っていたそうです。今となっては風習すら残ってませんがね」
「へぇ………まあ酒を飲む余力も無さそうだけどな」
頬杖をつきながら適当にこたえる。
口に含んだ酒の風味が堪らなく不味い。酒精が高いだけだな。
「お恥ずかしい限りで。だがサンドワームさえいなくならば、未来がある。また夢を追える。貴方方には本当に期待しています」
随分と熱い視線を向けてくれるが、頼れる仲間の村民達とは温度差がありそうだ。
今も落ち着かずソワソワしている様子。
「――――――ッ!」
ガタン、とリンが椅子ごと後方に倒れた。
顔から血の気が引き、全身が痙攣している。
これは――――、
「毒かッ――――――グゥッ!」
立ち上がった瞬間脱力し片膝をつく。
「ようやく効きましたねぇ」
ゆっくりと立ち上がり近づいてくるロンゾ。
それに呼応する様に村人も俺たちの周囲を囲んでいる。
「…………この宴はこういう趣向だったって訳か」
「その通りです。理解が早くて好ましい!今までの粗野な冒険者とは違いますね」
ロンゾが勝ち誇った様に笑う。
一部の村民が小屋から鍬や斧などを持ってくる。武器を隠していたのか。バレても誤魔化しがきくものばかりだ。
取り囲んでいる村民に手渡している。手慣れているな。
「状況はお分かりですか?」
「サンドワームが餌で俺たちが獲物」
リンは仰向けに倒れたまま震えている。目線はこちらを向けているな。意識はある様だ。
俺の言葉に笑みを深めたロンゾが続ける。
「最初は事故だったんですよぉ。でも冒険者さんの形見の品に思いのほか値が付きましてね。いやぁ夢を見るのにも金が掛かる物ですから!」
盗品を売るルートもあるわけだ。通りで歩き易い道をしていたわけだな。
「…………俺たちを殺すのか?」
「はい!もう殺した様な物ですが。おっと安心して下さい!リンさんの方の毒は致死性が弱いのでもう少し長生き出来ますよぉ」
「…………下衆が」
下品な表情を見ればその目的も分かる。リンは美人だしな。
しかし毒物を複数使い分けするとは。単に悪徳商人に流したって話ではないかもな。
まあそれを探るのは俺の仕事ではない。
「しかしおかしいですねぇ。まだ話が出来ている。貴方の酒には結構な量の毒を入れたのですが……」
なんでって、
まあ――――
「飲んでないからな」
「なァッ!?」
立ち上がる俺に驚くロンゾ、村民達。
頬杖つきながら裾に忍ばせた布巾に吐き出していただけだ。
簡単なトリックだが、お粗末なこいつらなら十分騙せる。
そもそもこの村にきてから渡された物一切に口を付けていない。
そしてそろそろ時間だな。
「……………………オェッ!」
「うぅ…………………………」
「頭が………………めまいが……」
「なんだ!?どうしたお前ら!!!?」
村民が次々倒れ、蹲り、嘔吐した。
半数程残ったか。まあこういうのは個人差があるからな。
「美味かったか?オルテンシアのカクテルの味は?」
「はッ!?」
「毒…………盛っちゃいました」
「はぁ〜〜〜〜〜ッ!?」
ロンゾ君のリアクションが大きくて本当に楽しくなる。
さてはこいつ飲まなかったな。勿体無いなぁ、俺からの餞別の酒だったのに。
酒精の強い酒に甘い林檎のシロップ。仕上げに爽やかな炭酸の飲みご心地。
オルテンシアのエグ味を消すには十分だ。
毒性で喉がヒリヒリしても炭酸を飲み慣れてないこいつらには分からない。
少しの眩暈も強い酒精による酔いと勘違いする事だろう。
「オルテンシアだと!?なんてものを!!!それでも冒険者なのか!!!?」
「知らねー。死ぬ前に故郷の味を楽しめたんだ。良かっただろ?」
オルテンシアなんてそこらに腐る程咲いているからな。
酒はロンゾからの頂き物だし実にリーズナブル。
林檎シロップが無くなったのは痛いがな。
というかどの口が言うんだどの口が。
「死ッ……!?」
「まさか死なないとでも思っていたのか?殺すよ。当たり前だろ?」
状況がようやく理解できたのか怯えるロンゾ。
周りの毒が回っていない村民も頑張って吐こうとしている。
んー絵面が実に地獄っぽいなー!
「お前ら起きろ!相手は1人だ!囲んで殺してしまえ!!!」
ロンゾが村民に指示を出す。
起き上がり農具を構える村民。
確かに人数差はあるがね。
「1人だってよ。どうする?リン?」
「殺して」
「りょーかい」
――――べキリ。湿り気の帯びた破壊音とともにリンの首を踏み砕いた。
「は……………………?」
凄惨な光景に息を呑むロンゾ。
足裏に嫌な感触が残る。血で靴が汚れないだけマシだな。
「なっ、なんで…………、仲間を…………?」
ロンゾ君百面相だなぁ。まあそうなるか。
その疑問に答える様にリンの体が癒えていく。便利な能力だ。
「助かったわ」
立ち上がり関節を回すリン。
ダメージの回復を確かめている様だ。
「どういたしまして。…………ところで喋れたんならさ、どうして舌を噛み切らなかったの?」
「あれって中々死なないのよね。自決用の毒は一昨日使っちゃったし。それに貴方が毒を飲んでいないのは知っていたから」
本当に下手くそな芝居だったわ、と溜息をつくリン。
こいつ効率が良いからって仲間に殺させやがった!怖すぎ!!!
「なんだ……!なんなんだお前らはああああああ!!?殺せ!!!私の前から消せえええええ!!!」
混乱するロンゾの指示で迫る村民達。
だが判断が遅すぎたな。
「疾ッ!」
リンの蹴りが膝を砕く。掌底が眼底を。手刀が鎖骨を。
殺してはいないだろうがえげつない。
阿鼻叫喚である。
こいつも鬱憤が溜まってたからな。良いレクリエーションになっただろう。
「ひぃぃぃいッ!」
叫び声を上げて逃げ出すロンゾ。
結構な距離があいたなぁ。けしかけた瞬間逃げたのか。意外に冷静。
だけど逃げられると困るんだよ。
「ウィンド・ミンス」
「ひっ、ぎゃあああああああああああああ!!!」
俺の切断魔術がロンゾの踵を切り落とす。
前方への勢いが殺されず、そのまま派手に倒れるロンゾ。
あれ?大丈夫かな?死んでないかな?
「ヒッ!痛い!あああああいたあいいたいいたいいたあ足ッ足ぃいいいい!?」
良かった。まだ元気の様だ。これで死なれては困るからな。
俺はゆっくりとロンゾに近づく。
「無事で良かった。死んでしまったらどうしようかと思ったよ」
「ひっ…………、ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!」
本当に表情豊かな奴だ。
しかし悲鳴のボキャブラリー不足は頂けない。今後の課題ですな。
「俺もさ、昨日まではこんな事するつもりは無かったんだぜ?サンドワームも倒したしさ。アンタらのやってる事には興味も無かったから」
「ハッ、ハッ、ハァ、ハッ、ハッ、ハ」
犬みたいに息をあげながら痙攣しているロンゾ。
いいなぁ。俺も気持ち良くなってきた。
だがまだ足りない。こいつの結末は既に決まっている。
「でもお前は俺を殺したから」
「ハ?」
目に正気が戻る。嬉しい。痛みに錯乱されていても面白くないから。
「毒で動けない俺を散々弄んでさ。最後には火をつけて殺したよな?熱くて痛くて熱くて熱くて息ができなくて。熱で骨が軋んでいくんだよ。何が雨乞いだ。笑える」
どうして知っているんだ?と言わんばかりの目だ。
さあどうしてだろうな。
俺は懐からマッチを取り出し点火する。
「よくも俺を殺したな。お前は焼け死ね――――――トーチ・テンペスト」
ロンゾに向かいマッチの火を投げる。
同時に周囲の酸素を濃縮し供給。
膨らんだ炎を螺旋状に回転。遠心力によって酸素の供給が加速され、蒼炎となって相手に喰らいつく。
「――――――――――――――――ッ!!!!!!」
ロンゾの全身が炎に巻かれる。
肺が焼かれたのか悲鳴すら聞こえない。
ただ海老反りにもがき、跳ねるだけ。
何度か地面を転がり、そして動かなくなった。
「道化師の才能はあってもダンスのセンスは無かったな」
あーーーーすっきりした。




