前夜
「…………何か気付いたの?さっきの女性の事よ」
ロンゾの家に向かい歩いていると、リンが立ち止まって尋ねてきた。
振り返っても墓地が見えない。さっきまで黙っていたのは気を遣っていたのか。
「気になっただけだがな。あの場で言った以上のことは無いよ。強いて言うなら声が高かったって事ぐらいか」
「声?そんなに高かったかしら。…………何にせよ誰彼構わず不審に見えて嫌になるわね。彼女からしたら何気ない行動だったかもしれないし、ちょっと可哀そうだったわ」
溜息を吐き歩きはじめるリン。
謎の視線はリンにとってかなりのストレスだったらしい。
散々脅したのは俺だが。
事実だからしょうがないね。
まあ村自体おかしさだらけだからな。疑ってかかるくらいがリンには丁度いいだろう。
こいつ騙されやすそうだし。
後ろに束ねた髪が衣の蒼色を背景に揺れている。
茜色の髪に蒼い衣装。オルテンシアみたいな様相だな。
「どうしたの?」
「綺麗な髪だと思ってな。ここのオルテンシアも赤ければ良かったのに」
「何?いきなり口説いているの?」
呆れと照れが同居してる様な顔してる。
誤解されちゃったか。俺は誤解されやすい系男子だからな。
「いや違う。オルテンシアの花の色は土の成分で決まるんだ。赤い色が咲く土地は栄養が豊富なんだよ。赤い花に囲まれた村だったなら、こうはならなかったんだろうなと思ってな…………」
村を開拓するならルビーの赤ではなく、そちらを探せば良かったんだ。
ありもしない希望を薄く伸ばして今に繋げているだけ。
いずれは希薄しきって消滅する。
俺には関係ない話だがな。
「…………貴方顔が普通で良かったわね。美形だったらとっくに刺されて死んでるかも」
誰がフツメンじゃい!…………しかし、どこまでなんだ。
サンドワームはもう倒したのだが。
まだ警戒しているのだろうか。
てっきりこれで終わりかと思ったんだが、違うのならば面倒だぞ。
やれやれ、もうひと仕事か。はぁ…………。
今度は俺が溜息をつきながら歩みを進めた。
「お帰りなさい!どうでしたか?」
家に着くなり満面の笑みで迎えてくれるロンゾ。
客間に通され、初回と同じように茶を振舞われる。給仕してくれるなら可愛い女子がいいぜ。
「まあ下見って所だな。奴の能力は把握したし、明日一日休んでそのあと狩るよ」
「おお!頼もしい!!!しかし相手は何人もの人間を喰らったサンドワーム。無理はしないで下さい。……………ところで、お茶は好みではありませんでしたかな?」
ロンゾの視線がティーカップに移る。
前回も飲まなかったからな。
「悪いが男の入れた茶は飲まない主義なんだ」
「これは失礼。うちにも女中が居たのですがね。貧しい生活に耐えられず村から出てしまいました。いったい今頃何をしているのやら」
貧しい生活ねぇ。この家の生活でよく言えたものだな。
このでかい家に住んでいるのはこいつ一人ってのは不思議に思ったが、逃げられているとはな。本当笑える。
「それって髪の長い女の子の事ですか?15歳くらいの」
「……………………………………どうして?」
その一言とともに表情が消えた。
今までのくだらない愛想笑いに比べれば大層な美形に思える。
「どうしてそう思ったんですか?何処かで会いました?いつ?いつ会ったんです?」
「いえ、墓地で会ったんです。昨日と……さっきも。ここの村民にしては身なりが良かったので、彼女かと……」
雰囲気の変わったロンゾに押される様に答えるリン。
「墓地…………。北にある墓地?……………いやアイツの家族がそこに眠っていましてね。墓参りに戻ってきたのかもしれませんね」
再び笑顔に戻るロンゾ。
しかし先程までとは雰囲気が違う。
同じ仮面を被ったところで、仮面の裏の顔が変わる事はない。
「いや、でも彼女は……」
「冒険者もそこの墓に埋まってるのか?」
リンの発言を抑えて尋ねる。
するとロンゾは笑顔のまま肩をすくめる。
「あんな大きなサンドワームに食べられたら死体なんか残りませんよ。弔ってあげたい気持ちはありますけどね」
「えっ?」
驚きに声を漏らすリン。お前は顔に出過ぎだ。
「確かにな。でかい口だったぜ」
「でしょう?私も案内役でついていった事もありますけどね、すごい迫力でしたよ」
「あんた結構勇気あるなぁ」
「単なる荷物持ちでしたけどね。冒険者さんが足止めをしてくれて命からがら逃げる事が出来ました。本当に申し訳ないです」
本当に申し訳なさそうな顔が出来てて面白い。
リンが懐疑的な目でこちらを確認する。だから顔に出過ぎだって。
まあサンドワームと直接対峙したのはリンだからな。
足止めや逃げる事の難しさを一番知っているのはこいつだ。怪しむのも無理はない。
逆なら分かるんだけどな。
でも冒険者が凄腕で時間稼げたのかもしんないじゃん?決めつけはよくないゾ。
(お前ら本当白々しい。空言ばかりの会話。囲まれるこの子が可哀想)
前から思ってたが、ミサトはリンに甘いな。コミュニケーション不全の癖に。
思えば同じ相手の被害者か。感情移入するのも納得だ。
「しかしその憂いとも決着がつく事を信じましょう。明日はささやかながら宴を開こうと思います。どうか英気を養ってください」
「そりゃあ楽しみだ。確認はこんなところでいいだろう。俺たちは休ませてもらうぞ」
「ええ、何かありましたらいつでも申しつけください」
決着ね。
どういう形であれ訪れるだろう。
そして御同輩の末路を追うつもりはない。
…………………………………………。
――――――まだか?
――――――あした。
夜ふと目が覚める。喉が渇いたな。
道中で水筒に水を入れ忘れたのが痛い。
「すぅ…………すぅ…………」
隣では規則的な寝息をたてるリン。ボディ様の敷布団にされている。
然程知りもしない男の前でよく眠れるものだ。
顔が兄に似ていると言っていたが、俺に兄を投影されても困る。紳士的な人間を気取るつもりはない。
もっともそうなったらそれでも良いと考えてそうだがな。
こいつの頭の中は復讐だらけだ。
そのためなら自分の武器を使う事に躊躇はしないだろう。
少し歩くが井戸があったな。汲みに行くか。
音を立てず家を出る。
幸いにも雨は降っていない。
俺はマッチを取り出し点火。ランタンに着火させる。
さて、…………いるな。
こちらを見る気配を感じる。今日は出勤されているらしい。ご苦労な事で。
もう暫く歩くか。その方が互いに都合が良いだろう。
くわっくわ、と蛙の鳴き声が聞こえる。
風情があるねぇ。青いオルテンシアにカタツムリ。蛙の鳴き声。
いつか小説の中で見た旅情の風景の様だ。
大分歩いたな。井戸から離れてしまったが仕方がない。
辺りにはもう家もなく、背の高い草木がランタンの灯りに照らされている。
そろそろいいか。
「なあ、見てるんだろ?かくれんぼは終いにして、姿を見せてくれよ」
俺は立ち止まり、気配の方向に体を向ける。
こういうシチュエーションは慣れっ子だ。伊達に食虫植物扱いを受けてはいない。
俺の言葉への返事を待つ様に、いつの間にか蛙の鳴き声が止まっていた。
「……………………………………。」
出てきたのは墓場の女だ。
10代半ば。青い長めの髪。よれた服装。
こいつの姿はいつも同じだ。しかし、
「俺は姿を見せろって言ったんだぜ?」
「ッ!?」
俺は女に向かって銅貨を弾く。咄嗟に掴む女。
憎々しい表情でこちらを見ている。
「なるほど。この場合そう見えるのか」
女は頭上に右手を伸ばして銅貨を掴んでいる。
俺が弾いた先は女の頭上40cmだ。咄嗟に掴む高さじゃない。
「どうして気付けたんですか…………?」
昼と声色が違う。ハスキーな声だ。そして聞き覚えがある。
「声の発する位置が高いんだよね。あんた小柄なのにさ。上から声が降ってくるんだもん。俺はそういうの敏感なんだよ」
風、大気、振動。俺の十八番だ。
そんな不自然は見逃さない。
「さらに言えば足跡の大きさにも違和感があった。そんな細かく比較は出来なかったが、墓場の土は足跡が目立つからな。まあ元々怪しいあんただ。積み重ねって事だな」
「はぁ…………。大抵の人は騙せるんですけどね。貴方は本当になんなんですか?あの火力に加えてその洞察力。これで銅級は詐欺ですよ」
認めたのか投げやり気味に口調が崩れる。
そして両腕を前方に出し掌を叩いた。
「――――――解除」
そう呟いた瞬間。墓場女の姿は消え、目の前には全くの別人が現れる。
背の高い女だ。長い銀髪は三つ編みに纏めており、顔には髪と同じ色の眼鏡。白いブラウスにリボンタイ。スカートだけは以前と違い、長めの黒いショートパンツを履いている。
「………………あんただったのか」
「ええ。戦闘審査以来ですね。カイリさん」
ゲーニッツの娘。カサンドラが微笑みを浮かべて立っていた。




