あなたの事が知りたくて
ぱちぱちと音が聞こえる。
目の前には揺らめいているオレンジ色。
これは焚き火の光だ。
「痛ッ――――――」
体が痛い。全身所々痛みがあり泣いちゃいそう。
特に関節が痛い。こんな森の中でなくて家のベッドで休みたいわ。
こんな森の中で?
「魔獣ッ!……………………いったぁ」
飛び起きたせいで関節が悲鳴をあげる。馬鹿だ私。
冷静に辺りを見ると、此処は野営地としてカイリと候補に挙げていた場所だと分かる。
私が地面に敷いて寝ている布も彼の物だ。
「よぉ。どっかで見た事ある展開だな」
カイリが胡坐の姿勢でジャーキーを炙っている。
運んでくれたのか。
「確かにね。…………あれからどうなったのか聞かせて」
毒による攻撃が失敗した後、私は倒す事を諦め囮に集中した。
その後地中からサンドワームが現れた事までは覚えているが、そこからの記憶がない。
何か強い衝撃を受けた様な気がするけど。
「マジに何も覚えてねえのか?…………何処からだ?」
「マジによ。サンドワームの3度目の襲撃からね」
「そこからか。お前はダメージを受けて気絶してたんだ。それも覚えてないか?」
「全く。衝撃を受けた様な気はするけどね。それで、倒せたのかしら?」
慎重な様子で確認するカイリ。さっさと結論を教えてほしいわ。
そういう性格なのは短い付き合いでもわかるけども。
「…………悪いが逃げられた。切断魔術では殺し切れなくてな。追撃をしようとした矢先に奴の体が爆発した。今思えば外皮を飛ばしたんだな。かなりの熱量をもっていたし、膨張させて加圧したのかもしれない。……ともかくその隙に潜られた。お前はその時の衝撃で吹っ飛ばされたんだ」
「ありがとう。逃げられたのは仕方ないわ。あいつはただのサンドワームじゃ無かった」
カイリの説明はよく分からないが、あれが普通じゃないのは分かっていた。
油断したな。突進にばかり気を取られて他の攻撃手段を考えていなかった。
人相手じゃない、所詮魔獣と何処かで甘く考えていた。
「…………すまないな。本当に。それで、傷はどうする?」
痛々しい目で私を見るカイリ。そんなに気にしなくてもいいのに。
遠回しに聞いてきたが【ギフト】で治すのかって話かしら。
「未熟のせいで出来た傷は治さない様にしてるの。戒めみたいなものね。その後に支障が出る場合は別だけど」
ダメージを回復出来るのは便利だ。
しかし頼り過ぎると防御への意識が緩む。私を弱くさせる。
死なないから負けないわけではないのだ。
現に目の前の男に敗北しているのだから。
「そっか……、大変だね……。寝起きだし冷たい水でもどうだ?」
「ありがとう。頂くわね」
カイリから木製のコップを受け取る。
水筒があるのにわざわざコップを使うなんて冒険者らしくないわね。
失敗した後だが少し楽しい気分になった。
コップの水はよく冷えていて氷が浮かんでいる。
――――――――氷ッ!?
「え?なんで氷!?」
「魔術で作ってみました」
氷なんて氷室のある金持ちか水術師しか出せないはず。
水術師にだってそれを極めた様なレベルの人しか作り出せない。
そもそもカイリは風術師だ。
「これが俺の切り札さ。何処でも冷たい飲み物が飲める最強の技…………。晒すつもりは無かったがお前の前だからって我慢するのも嫌だからな。誰にも言うなよ?
そう言いながらお皿に水筒の水を注ぎ、猫ちゃんに渡してあげるカイリ。
お皿まで常備してるのか。
「貴方って本当に風術師なの?」
「風には無限の可能性があるんだぜ?」
そう言いながら人差し指の上で、葉っぱを風でくるくると回転させて遊んでいる。
この男の事はよく分からない。
一緒に行動する様になって益々分からなくなった。
魔術も体捌きも一流。いや、魔術に関しては私が評価出来る様なレベルじゃない。
観察眼にも優れているし、考え方も同年代とは思えない程老獪だ。
何者なのか?何故その様な力を体得出来たのか?
尋ねても「本で読んだ」「見て覚えた」と煙に巻かれるだけ。
遠慮なしに他人の事は聞いてくる癖に自分の事は話したがらない。
色仕掛けだって通じないし、……………私って魅力無いのかな?
考えが逸れた。
分かっているのはごはんと読書に並々ならない熱意を抱いている事くらいか。
実力を疑ってはいないし、同じ方向を見ていると思ってはいるのだけれど。
もう少し彼の事が知れたらなぁ。
「はぁ…………」
「…………やっぱり体痛む?大丈夫?楽にしてあげようか?」
「大丈夫だから心配しないで」
心配の仕方も独特過ぎて本気なんだかふざけてるのか。
多分本気なんだろうなぁ。
この男は何か特殊な倫理観で生きているんだろう。
嫌いにはなれないな…………。
そう思ったら肩の力が抜けてきた。コップに口を付けて喉を潤す。
「……美味しい」
氷水の冷たさが体に染み渡る。…………落ち着く。
少し肩肘張っていたかもしれない。
思えばカイリとは初めての共闘か。
私が痛い思いをして、私が死ぬ思いをして、私が囮になって気絶して、それをじーっと眺められていて、果てには獲物に逃げられたけども…………。
この水に免じて許しましょう。ここまで運んでくれて介抱してくれたのだし。
心にゆとりが生まれたからか。
――――――その視線に気付けたのは。
「ッ!?」
見られていた。何だ?誰の?気のせいか?いや気配がする。確実にいる。この森の中に。
「何だよ。いきなりキョロキョロと。落ち着きねえな」
眠そうに目を擦りながら尋ねるカイリ。気付いてないの?
「声を抑えて。…………何かが私達の事を見ている。魔獣かもしれないわ。余力はある?消音が出来るなら集音も出来るんじゃないの?」
この暗闇の中で奇襲はまずい。
だけど位置が分かるなら先手をかける事も出来る。
期待して彼を見るが、肩をすくめるばかりで魔術を使う様子はない。
「お前は鋭いねぇ。でも魔獣ってのは違うんじゃないか?」
「楽観し過ぎよ。何時だって何処にだって魔獣のリスクはあるの。出来るならすぐにやって……!」
彼らしからぬ考えだ。魔獣に慣れていないのかも。
痛みで体が鈍い。自死する事も考える必要があるわね。
私が警戒を強めると、彼は溜息を吐いて言った。
「いやそうじゃなくてさ。――――ずっと見られてるんだよね」
「は?」
ずっと?ずっとって何?何を言ってるの?
「村に入る時。芋畑を見ていた時。お前の服の話をした時。無愛想な奴等とすれ違った時。成金の自慢話に付き合わされた時。水浴びした時。墓にお辞儀をした時。野営地を探した時。サンドワームと戦った時。そして今も」
「――――ずっとずっと見てる。見られてんだよ」
「見られているって…………誰に…………?」
「さあな。でも魔獣の可能性は低いんじゃないか?四六時中視線向ける程ヒマな生態してないだろ」
視線……。そうだ視線だ。
村に入ってからずっと感じていた。
値踏みする様な。観察する様な。皮膚に張り付く様な気持ち悪い視線。
緊張に身体が強張る。
何者なの………………?
「まあそういう事だ。魔獣じゃなくて安心だな。という事で眠い俺は寝るから火番を代わってくれよ」
「えっ……?」
「おやす…………すゃあ」
私から敷き布を奪うと、カイリは秒で寝ていった。
さらに猫ちゃんも彼にくっつき、追いかける様に寝ていった。
「あれっ……?」
安心って言葉の意味なんだっけ…………?




