オルテ村
――リチャードさんの言っていた通りだ。
オルテ村に入った時、はじめにそう思った。
開拓の為に仮組みされた住居がそのまま残って朽ちかけている様な印象。
野焼きの煙が立ち上り、陰鬱としたイメージを加速させる。
一方で畑には青々とした若い葉が均等に植えられていた。
「みんな同じ種類の様だけど、なんて植物なのかしら?」
「タロ芋だよ。ここじゃ他の食物は育たないんだろうな」
オルテンシアが青く咲き誇る土壌では殆どの作物は育たない。
この美しい花が生命を吸い取っている様にも思える。
「これがタロ芋の葉っぱなのね。初めて見たわ」
モナドでは良く作られてる筈なんだがな。
こいつ結構なお嬢様だったりするのかねぇ。
しかしどうしてこんな所を開拓しようと思ったのか。
北方の森の奥に岩山が見える。雨で土が流されて出来たのだろう。
あそこの鉱石や宝石を狙った開拓だったりして。
おそらくサンドワームの縄張りなんだろうが、行くのは骨が折れそうだ。
だが先ずは依頼主の元に行かないとな。適当な村人を捕まえよう。
既に遠目に土いじりをしている奴を見つけている。
余所者が珍しいのか、他の理由か、
こちらを視認してから作業スピードが落ちている。
「リーダー、あそこに村人がいるから声掛けてくれよ」
「別にいいけど…………私がリーダーなの?あれだけ暴れておいて?」
「見目が良い方が効率的だ。それにお前が有名にならなきゃ意味ないだろ?」
「理解はしているけどね、釈然としないわ……」
溜息を吐きながら村人に近づくリン。
「すみません。サンドワームの討伐に伺ったギルドの者ですが、依頼主について知りませんか?」
「…………あんた冒険者か。若いのに大丈夫か?もう何人も死んでるんだぞ」
男の声だ。見た目の割に声が若い。いや逆か、年齢の割に老けて見えている。
痩せぎすで小柄な体躯。乾燥した肌。眼球は僅かに黄色い。
リンを見つめる視線には憐憫と好奇が滲んでいる。
良い眼だね。これで話し易くなる。
「こう見えてルーキーで通ってるんだぜ?俺たち《鋼鉄の風》を是非よろしく!んでもって依頼主は?やっぱ村長?」
「そんな立派なもんはいないよ。顔役はいるがな。あそこに煙があがっているだろう?そっちに進んでデカい家の戸を叩けばいい。間違っても気にする奴なんかいないから心配するな」
会話が面倒なのか矢継ぎ早に話す男。
話が早いならいい。
「野焼きの方向に進めばいいのね?」
「…………野焼きじゃない。雨乞いらしいぞ。昔からの風習なんだと。こんな村で何やってんだか」
自嘲する様に溢す男。風習ってのはそういうもんだ。
無駄に見える事に労力を使うのは愚かに見えるのだろう。
しかし雨乞いね。
男に礼を言い顔役の家を目指す。ざっと見ても広い村じゃない。すぐに辿り着くだろう。
「………………ふぅ」
「なんだ?溜息なんかついて」
珍しく落ち着かない表情のリン。面倒だが尋ねてみる。
仲間のメンタルケアも重要だからな。
「さっきの人の視線がね………、見られていた気がして」
何をとは言わないが体をか。天然なんだかアピールなんだか分からんが男に話す事でもあるまいに。
まあ村人の為にもフォローしといてやるか。
「あれ多分な、お前の服を見てたんだと思うぞ。初対面の時に俺も話しただろ?その服はこっちじゃ珍しいんだよ」
青を基調とした優雅なシルエット。それでいて奥ゆかしく、フォーマルな場でも目劣りしない品格を持っている。
売る所に売ればかなりの値が付くだろう。
「えっ、そうなの?なんだか恥ずかしいわ…………」
二度と会うかも分からん相手に恥じてもなぁ。
というか初対面の時とは色や細かいデザインが違うな。
よくよく思い返してみれば何着も移り変わっていたかも。二つ名を考えるに黒がお気に入りなんだろうが。
やっぱりお嬢様だな。
そうこうしてる内に推定顔役ハウスに到着。
道の途中で数人の村人とすれ違ったが、軽く会釈するのみで会話もない。
歯に衣着せずに言えば、皆見窄らしく痩せ細っていた。
話す事も無いので会釈を返しすれ違う。
しかし彼等の視線が、粘り気を保った漆の如く背に張り付いてきた。
まあ閉鎖的な村なんてこんなもんだ。
しかしリンはそう割り切れないようで、苛立ちを隠しきれていない。
やれやれ、今回は俺が出張ってやるか。
村人に言われた通りに戸を叩き声を掛ける。
幾分も待つ事なく返事が聞こえ、男が迎えてくれた。
「おお!よくぞいらしてくれました!!私の名前はロンゾと申します。さあ、まずは上がってください。茶でも飲みつつ話をしましょう!」
若い。30代半ば頃か。特に特徴もない男だ。ただ先程の男よりずっと恰幅が良い。それがこの村に置いて強烈な個性となっていた。
ロンゾに案内され客室に入る。
広々とした部屋だが、雑多に置かれた調度品の数々のせいで小狭く見える。
調度品自体も装飾過多で本来の用途すら見えてこない物すらある。
「まるで成金の部屋の様に見えるでしょう?」
先読みするような発言に僅かに苛立ちを覚える。
どう答えようか迷っていると、こちらの返答を待たずに笑みを深めて続ける。
「いや、いいんですよ。成金なんです。私の家は」
話しながらもカップを二つ取り、茶を淹れているロンゾ。大分手慣れているな。
「まあ儲けてはいる様だな」
「遺産を食い潰してるだけですけどね。ここに来る途中で岩山が見えたでしょう?ルビー・リッジと言うんですよ。祖父が一山当てましてね、名前の通りです。そのおかげで大きい顔をさせて貰えているわけです」
つまらない予想が当たってしまったな。
財を求めた結果がこの村か。全く笑える。
――どうぞ、と振る舞われたカップを持ち、顔を顰めるリン。
「飲まないのか?」
「…………猫舌なのよ」
あらやだかわいい。思えばギルドでもコーヒーを冷ましながら飲んでいた気がするな。
まあアイスコーヒーは水魔術師と俺だけの贅沢だ。致し方なし。
「そういう貴方は飲まないの?」
「俺も猫舌でねぇ」
「ふん、…………熱ッ!」
揶揄われると思ったのか、勢い良く茶を煽るリン。
口を窄めて舌先を出している。とてもあざといが火傷をした様だ。
でも死ねば治るとか考えてそう。ヤバ。
俺は皮の水筒をリンに投げ渡す。
「ありあとう………」
照れたのか恥じたのか分からないが顔を伏せるリン。
そのまま水筒の口に舌先を付けてチロチロしてる。
こいつ思ったより下品だな…………。
「すみません、気付きませんで!やっぱり駄目だな、私は。もてなし一つ出来ない」
まあ最初からマナーはなっていなかったが。
「いやいいよ。依頼の話をしよう」
このまま話してたら明日になりそうだし、成金趣味に付き合うのも面倒だ。
「…………いいですねぇ。ストイックな方は好きですよ私」
俺は嫌いだがな。
「と言っても簡単な話です。ルビー・リッジを魔獣から取り戻したい。それだけです。祖父の栄光に続くのが夢なんですよぉ」
ロンゾは両目を三日月に曲げ、口の端から涎を溢れさせながらそう言った。
とても夢を語る様な表情ではないな。




