8話 パーティー
「娘さんのお名前聞けませんでした…それに村の名前も…」
「あ〜、まぁ、それくらいなら後でランドルフからでも聞き出せんだろ」
ランドルフたちを見送り、第三の門へと向かう3人の空気は重かった。
地面を踏み締める音だけが耳につく中、クロシェが再び口を開いた。
「父の喜び」
「あ?」
「アビゲイルさんの名前の意味です。
スウェグル聖国の古語で"父の喜び"という意味があるのです」
「へぇ。だからか」
「はい。アビゲイルさんにぴったりの名前です」
再び沈黙が落ちる中、クロシェが弱々しく声をこぼした。
「アビゲイルさんはいいお父様です。
…でも、きっと娘さんはお父様にずっとそばにいてほしかったと思います。
だって、あんなにも自分のことを想ってくれるお父様なのですから」
「……そうだな」
その後、3人は一言も話さず第三の門検問所までやってきた。
「登録証を」
検問官の言葉に兄妹がそれぞれ仮の登録証を出そうとすると、ゼイドが一歩前に出る。
「ちょっと悪いんだが、別で手続きさせてくれ」
「別で手続き?お前たち任務帰りの冒険者だろう。
まさか登録証をなくしたのか?」
「いや、登録証はあるが、この2人の手続きをやり直させてくれ」
ゼイドの言葉に検問官の眉がぴくりと動く。
なぜなら、目の前の検問官こそが兄妹に金貨を要求し、門を通した検問官その人だったからだ。
まさかこの兄妹、金貨や代わりにいただいた魔石について何か話したんじゃないだろうなと検問官は内心焦った。
「こいつらずっと森の中にいた世間知らずでよ、登録証のことも知らなかったらしくてな。
今は一応冒険者の仮の登録証があるが、いっても仮の登録証だ。正式なやつで入城しといた方が今後何かあっても安心だろ?」
「え?」
クロシェがこぼした声を無視してゼイドは要求を続けた。
「ってことで、俺が保証人になるから書類くれや。
B級以上の冒険者が保証人になれば、登録証を持ってなくてもいいんだろ?」
「………いいだろう。今申請書を出す」
検問官が机の備え付けの引き出しから申請書を出すと、ゼイドがそこに署名し、ペンをクロシェに渡した。
「ゼイドさん、あの、」
「あとで話すからとりあえず必要なとこ埋めてけ」
「……はい」
その後、記入済みの申請書はすんなりと受理され、3人は門を通された。
そして、門からほど近い空き地へと連れ出したゼイドと兄妹は向き合った。
「ゼイドさん、どういうことでしょうか?」
「さっきので正式な手続きは踏んだんだ。
お前らの不正入城の件は不問だろ」
「でも、なぜゼイドさんがそのようなことを…?」
「なぜって下心ありきに決まってんだろ」
ゼイドがそう言った瞬間、アロイスがクロシェを背にかばい、素早く槍を構える。
「おい。街中で構えんな。
さっきまでいるかいねぇのかわかんねぇくらい黙りこくってたくせによ」
「クロシェに手を出すと言った奴を俺が黙っているはずがないだろう。」
「はぁ!?誰がこんな10にもなってなさそうなガキに手を出すか!!!」
「ひどい!!私は12歳です!!!」
今日一声を張り上げたクロシェにゼイドは目を丸くする。
「え、お前その顔で12?嘘だろ」
「そんな嘘つきません!!正真正銘12歳です!!!」
目尻をつり上げ、顔を真っ赤にしてそう言い切るクロシェをまじまじと観察した後、ゼイドはアロイスに視線を向けた。
「……クロシェは12歳だ」
「マジかよ…」
「どうしてロロの言葉は信じるんですか!!!
ひどすぎます!!!」
頭から煙が出そうなくらい憤慨するクロシェに10も12もそう変わらねぇだろと冷めた目で見ていたゼイドは、なんでこんな話になったんだ?と思い起こし、口を開いた。
「おい、まさか下心ありきの下心をそっちだと思ったのか?
ちげぇに決まってんだろうが!!俺がほしいのは労働力の方だ!!!」
「労働力?」
「まぁ、…正確には俺とパーティーになってほしいんだよ」
口に出してから気恥ずかしさを覚えたゼイドが後ろ髪をかいていると、きょとんと目を丸くしたクロシェがおずおずと尋ねた。
「パーティーですか?
あの、私たちお誕生日パーティーなどのパーティーしか知らないのですが、」
ふざけたことを言うクロシェに怒りの沸点が一瞬にして超えそうになるゼイドだったが、これまでのやり取りで知った2人の経緯を思えば、まぁ知らなくても当然かと納得する。
登録証すら知らない奴らが冒険者の用語を知っているはずがない。
「俺が言ったパーティーってのは、冒険者として一緒に任務を受けるチームのことだ。
冒険者の任務、特に魔獣討伐なんかは基本2人以上が推奨されてんだよ。
魔獣討伐は命懸けだし、生き物を相手にしてんだから何が起きるかわからねぇ。
不測の事態にも対処できるよう、チームを組んで任務を受けるのが基本だ。」
「なるほど。私たちとパーティーになりたいということは、ゼイドさんは今はパーティーに所属していないということでしょうか?」
「まぁな」
ゼイドは数日前まで組んでいたパーティーメンバーを思い出し、自然と眉間に力が入るのを感じた。
戦闘力はそこそこだったし、連携もまぁ悪くなかった。だが、まさか俺がいないとこで討伐部位の使い回しや他人が討伐した魔獣を掻っ攫っていたとは夢にも思わなかった。
そのことについ先日、ようやく気づいた間抜けな俺は頭に血がのぼったまま奴らに殴り込みに行ったのだ。
まぁ、そこまではいいとして、その場所が悪かった。
奴らが昼間から飲み屋にいたせいで、店の中で乱闘騒ぎを起こしてしまったのだ。
今思えばまったく冷静じゃなかった。
階級の降格だけでなく、警邏隊に突き出されてもおかしくなかったのだから、ギルド内評価の減点だけですんだのは相当運がよかったのだとわかっている。
ただ、その減点を挽回しようとしてこいつらと出会い、今日の出来事に繋がるのだから人生何が起きるかわからないものだ。
「あの、先ほどお話ししましたが、私たち人を探して旅をしているんです。
あまりここに長居できませんが、それでもよろしいのでしょうか?」
「あぁ、俺ももうすぐここでの目標を達成できそうなんだ。そこまで時間はとらせねぇよ。
その探してる奴の聞き込みをする時間とかの調整はまぁできればしてほしいが、ここを去る時は引き止めねぇからいつでも言ってくれ」
ゼイドの説明を聞いたクロシェとアロイスは目を合わせる。
「ゼイドさんの目標をお聞きしてもいいでしょうか?」
「俺の今の目標は、Bランクの魔獣を21体討伐するか、Aランクの魔獣を3体討伐することだ。」
「あの、そのランクというのはきっと強さで分けているのですよね?
それぞれどれくらいの強さなのでしょうか?」
「お前らがどの程度魔獣を知ってるかわかんねぇからなぁ。
あ〜、あの今日見つけた魔獣の幼体の成体は知ってるか?」
「はい。どちらも森で見たことがありますので…」
「んなら、わかりやすいか。
岩窟熊は、Bランクの魔獣だ。
俺が狙ってるのは岩窟熊と同レベルの魔獣か、それ以上の力を持つ魔獣になる」
「なるほど?」と首を傾げるクロシェにゼイドは不安を覚えながらも、まぁ最悪こいつは結界もはれるし回復要員として同行させて結界の中に閉じ込めておけばいけるかと思いなおした。
その思考をアロイスに読まれていたらクロシェに対する物言いと扱いに再び槍を構えることになっていただろう。
「一角兎はどのランクでしょうか?」
「Dランクだな」
「岩窟熊よりも2つもランクが下なのですね」
「そりゃあ、強さが全然違ぇからな。
一角兎は成体でも体高は1mもない上に初級魔法レベルを1発打てるかどうかの魔力しか持ってねぇ。
対して、岩窟熊の成体は体高5m以上で10mも珍しくない。
魔法も上級レベルを2、3発は打てる魔力を持っている上に単純な腕力だけでも相当だ。
名前の通り、岩壁を砕いて巣穴を作る魔獣だからな」
相変わらずクロシェの方はふむふむと相槌をうちながらわかりやすく話を聞いているが、アロイスは無表情のままぴくりとも表情筋を動かさない。
妹の方もちゃんと理解できているのか不安だが、兄はそもそもちゃんと話聞いてんだろうな?とゼイドが訝しんでいると、クロシェが口を開いた。
「魔獣のランクは多分問題ありませんが、1日に何体くらい討伐する予定なのでしょうか?」
「できればBランクの魔獣を1日1〜3体、Aランクなら1日1体、その1体のみ集中して叩く。
最速1週間で目標を達成できるペースだが、そもそも獲物がいないと話にならねぇからな。
最近魔獣討伐の任務は多いが、Bランクでも1日に数件程度。Aランクの魔獣なんかはこの辺には早々いねぇから、時間がかかるかもしれねぇ」
再びクロシェとアロイスは目を合わせ、小さく頷いた。
「この都市はかなり広いですし、私たちも元々2週間は滞在する予定でしたので、夜に探し人の捜索をさせていただけるのでしたら問題ありません。」
「わかった。基本任務は朝一にギルドに向かってそのまま城壁外に出る。泊まりがけの任務でもない限り夕方以降は自由で構わねぇよ。
ただ、寝不足だけはやめろよ。死ぬぞ」
「わかっています!睡眠は大事ですからね!」
むんっと胸をそらすクロシェを無視し、もう一つ大事なことを確認する。
「あとは、報酬の分配だな。
任務の成功報酬は3等分でいいか?」
「えっと、平等に3人で分けるということですか?」
「そうだ。不満か?」
「いえ、多すぎることが気になりまして…
私たちはまだ仮の冒険者ですのに、B級のゼイドさんと同じ報酬をいただいてよいのでしょうか?」
「本人がいいって言ってんだからいいんだよ」
本当にいいのかしらと戸惑うクロシェをよそにゼイドは畳みかけた。
「お互いの目標のすり合わせも完了したし、金の問題もクリアした。
他に問題がなければこのままパーティーの申請していいか?」
「……最後に一つだけ、どうして私たちだったのですか?」
クロシェの澄んだ緑色の瞳がまっすぐゼイドを射抜く。
その瞳に静かな圧を感じながらもゼイドは口を開いた。
「……この都市の冒険者はだいたい中堅とそこからさらに上を狙う層がほとんどだ。パーティーも出来上がってて組む相手がいないってのが一つ。
あとは、お前らの力を見込んでだ。
今日戦ったあの護衛に扮した冒険者たちは全員Cランク以上の実力があった。それを数分たらずで3人も倒したんだ。相当の腕の持ち主だろ、あんた。
俺は剣を使う魔法戦士で近中距離が得意、兄の方は槍の使い手で近距離が得意。妹が遠距離戦闘魔法を使えたら理想的だが、それがなくても回復魔法の使い手は貴重だ。
回復魔法を使える魔法使いなんざ教会が独占してて野良じゃほとんどいないからな。
以上がお前らをパーティーに誘う理由だが、どうだ?この話のるか?」
本日何度目かのクロシェとアロイスの目の会話がはじまる。
しかし、今度は一瞬で終わった。
「私たちでよろしければ、よろしくお願いします。」
「っあぁ、よろしく。」
「ただし、パーティーになる前に一つ条件があります。」
「はぁ!?どう考えてもこのままパーティーになる流れだっただろうが!?」
「一つだけです」
そう言ってにっこりと綺麗な笑みを浮かべ小首を傾げたクロシェはゆっくりと口を開いた。
「私の名前はクロシェ。
兄はアロイスです。
パーティーになるのでしたら、私たちのことは名前で呼んでくださいね、ゼイドさん。」
「……チッ、わかったよ。クロシェ、アロイス。」
「はい!よろしくお願いします!」
こうしてB級冒険者のゼイドと仮登録の冒険者・クロシェとアロイスの3人によるパーティーが結成されたのだった。




