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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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7話 アビゲイル


「あの、貴女は回復魔法で病を治すこともできるのでしょうか…?」


 その商人の声にゆるんでいた空気が張り詰める。

拘束されたまま座り込み、ずっと俯いていたはずの商人がいつの間にか顔を上げ、ギラつく瞳をクロシェに向けていたのだ。


「はい。病も治せますよ」

「おい、勝手に答えんな」

「お願いします!!私は、どんな罰でも受けます!!私の持っているものならなんでも差し上げます!!

 ですからどうか…!どうか、私の娘の病を治してください…!!!」


 頭を地面に擦り付けクロシェに懇願する男にゼイドはため息を吐いた。


「お前、自分の立場がわかってんのか?そんな話」

「いいですよ。」

「おいっ!!」

「ただし、条件があります。」


 すっと立ち上がったクロシェが静かに商人の前に膝をついた。


「あなたが自分の罪に向き合い、償うことが条件です。」

「それはもちろん償います!!!」

「本当に?」

「え、」

「本当にあなたは自分の罪がわかっていますか?」


 鈴の音のように澄んだどこまでも透明な声なのに、その声には無視できない強さがあった。


「もし、あなたの持ち込んだ魔獣が城内で解き放たれ、暴れたら。

 あんな小さな個体です。きっとすぐに討伐されるでしょう。

 しかし、討伐されるまでの間に、誰かを傷つけたら?何かを壊したら?

 それは、あなたの娘さんのように誰かにとって大切な人かもしれません。

 それは、誰かが命よりも大事にしている大切な物かもしれません。

 誰かの人生を壊すという罪を、あなたは本当にわかって魔獣を運んでいたのですか?」 


 商人の瞳が揺れる。

 そして、重い沈黙が落ちた。


「私は、私は…そうですね……

 自分の命を差し出す覚悟はしていましたが、誰かを傷つける覚悟はできていなかった。

 いえ、あえて目をそらしていたのです。あの子を助けるためならと…」

「…でも、あなたはまだ誰も傷つけていません。

 どうか自分がしようとしていたことの罪の重さに向き合い、真摯に償ってください。」

「…はい」


 目の前の2人のやり取りに冷めた目を向けていたゼイドは、胸中で渦巻く感情を吐き出すように口を挟んだ。


「おい、安請け合いしていいのか?

 その男が犯罪に手を出すほど困ってるってことは、娘の病気は簡単には治せねぇんだろ」

「…はい。近くの街の教会で神父様に一度回復魔法をかけていただきましたが、だめでした…

 より強力な回復魔法でないと娘の病は治らないだろうと仰られたのです。」

「で、いくらいるって言われたんだ?」

「金貨300枚と」

「え!?そんなに必要なのですか!?」

「はい。他の街の神父様にも診ていただきましたが、皆様同じ答えでした。

 そして、その魔法がなければ、娘の命はあと1年だろうと…

 そのわずかな命の刻限もあと3ヶ月しか残っていません」


 金貨300枚。ただの平民では一生かけても稼げない額だ。

だが、それで娘の命が助かると言われたのなら、(こいつ)は抗うしかなかったのだろう。


「おい、教会がそんな大金で請け負うような回復魔法をこんなガキが使えると思ってんのか?」

「ゼイドさん、ひどいです!」

「いえ、その…このお歳で回復魔法が使えるなら、ご本人は無理でもお師匠様ならもしかしたらと…」

「おまえ、意外と抜け目ねぇな…」

「ひどいです!!」


 むすっと唇を尖らせ、腕を組んだクロシェが立ち上がる。


「確かに娘さんの症状を診てみないことには分かりませんが、絶対に治してみせます!

 私は約束はちゃんと守ります!」


 商人のゆれる瞳に光が宿る。そして、譫語のように礼を口にする男にため息をついたゼイドは、拘束済みの冒険者らが完全にのびていることと周囲に人の気配がないことを確認し、口を開いた。


「この際だ。何があったのか、手口や裏に誰がいんのか全部はけよ。」

「裏?」

「売り物ってのは買い手がいないと金にならねぇだろ。

 高価な魔石や宝石ならまだしも、生きた魔獣なんて正規じゃ売れねぇんだ。買う奴は限られる」


 ゼイドの鋭い目に射抜かれた商人は眉を下げ、おずおずと申し訳なさそうに答えた。

 

「私はほとんど詳しいことは知らされていないのです。

 ただ、オークションがあるのだと。」

「オークション?」

「えぇ。各地で半年に一度開催されているオークションが近々エオドールで開かれるのだそうです。」


 商人曰く、正規では滅多に手に入らぬ品々を集めた裏のオークションが近々エオドールで開催されるのだという。

1週間前、薬草を売りに村を出ようとしていた商人にそう話をもちかけた冒険者たちは、オークションに出す品だと捕まえたばかりの魔獣の幼体を手にしていた。

彼らは商人の荷台を商品(魔獣の幼体)の隠れ蓑にする代わりに分前(わけまえ)の3割をくれると言った。

一角兎(ホルンハラ)の幼体は金貨20枚、岩窟熊(クルンデルベラ)の幼体はなんと金貨300枚の価値があるという。

さらに、最近は魔獣の幼体の需要が高いとかでさらに高く落札される可能性もあるのだとか。

少なくとも金貨660枚、その3割───金貨約200枚が商人の取り分として提示されたのだ。

それだけあれば、これまで貯めた金と合わせて金貨300枚に十分届く。

 

「運命だと思ったのです。

 彼らが私なんかの手を借りるのは、見つかった時に罪をすべて被せるためだとわかっていました。

 それでも、これが最後のチャンスだと思いました。

 …今までなかなか子が授からず、授かっても流れてしまった子が4人。5人目のあの子だけが私たちの抱く腕で声を上げてくれたのです。

 私たちの何にも変えられない大切な、大切な宝なんです。

 少しでも可能性があるのなら、私のすべてを差し出してもいい。あの子がこれから先も何の憂いもなく生きられる時間を与えてやりたかった。

 まだ、あの子は何も知らないのです。

 この世界にどれだけ綺麗なものがあるかも。寝食を忘れるほど胸躍る楽しいことがあるかも。自分の命以上に大切だと思う存在と出会う喜びも。

 まだ、まだ…主の腕に抱かれるには、はやすぎる……!」


 どこまでも切実で深くあたたかな愛が滲む声が、森の中にこだまする。

痛いほどの沈黙が落ちる中、ゼイドが口を開こうとした時には蹄の音が迫っていた。


「問題発生って知らせを受けて来てみたが、これはどういうことだ?」

 

 定期巡回の様相でやってきたギルドの一団を率いていたのは、副ギルド長のランドルフだった。

 

 ゼイドは、これまでの経緯をランドルフに報告した。

薬草採取後、帰りの道で冒険者の護衛に守られた商人と出会したこと。

その商人の運んでいた荷台の中に、魔獣の幼体が5体いたこと。

それを看過したために襲ってきた護衛の冒険者5名を倒し、拘束していること。

そして、拘束した()()()商人から、近々エオドールで裏のオークションが開かれることやその商品として魔獣の幼体を運んでいたと聞き出したこと。


 これまでの経緯をゼイドはなるべく主観や私情を挟まず、事実だけを伝えるよう努めた。

それが、自分ができるせめてもの誠意だと思ったからだ。


「なるほどな。確かに大事だが、警邏隊に引き渡してギルドに報告って手順をなぜとばしたんだ?」

「あ〜…それが、この近くの門、第三の門の検問所で検問官が不正をしてるらしいんだ。

 金と引き換えに荷台を確認せず通してるのを、そこの登録受験者の男が耳にしたんだと。

 それが事実なら、警邏隊に引き渡すまで誰を信用していいかわからねぇ。

 不正を働いてる検問官が1人だけとは限らねぇし、共犯が何人いるかもわからねぇからな。」


 ゼイドの答えにランドルフがニヤリと口角を上げる。


「なるほど、やっぱお前に任せてよかったわ」

「ったく、とんだ貧乏くじ引かせやがって…」

「いや〜、お前ってほんと引きが強いよな。

 期待以上だ」

「おい、どこまで知ってやがったんだ?」


 そう鋭く睨め付け、唸るように問いただすゼイドにランドルフは機嫌よく答えた。


「まぁ、ある程度情報は集まってきていたさ。

 ただ、どれも証拠は掴めてなかった。

 それをよくもまぁここまで綺麗にこっちがほしいものを持ってきてくれたもんだ。

 きっちり加点しておくから楽しみにしとけよ?」


 ゼイドは舌打ちしないように奥歯を噛み締める。握った拳は気付けば震えていた。

 そのために厄介ごとと理解しつつここにいて、当初の期待以上のものが手に入るというのにゼイドの胸には苦々しさだけが残っていた。

 

「それじゃあ、こいつらは俺が引き取るから、お前らはお受験の続きをやっとけ」

「……あぁ。」


 ランドルフの後ろではすでにギルドの職員が商人の荷台に気絶したままの冒険者らを詰め込んでいた。

そして、拘束されたまま地面に座る商人の腕をランドルフが掴んだ。


「あの、すみません!少しだけいいでしょうか?」

「なんだ?言いたいことでもあんのか?嬢ちゃん」

「はい。あの…」


 そう言ってクロシェがいまだ地面に座る商人の前に再び膝をついた。

 

「あなたのお名前をお聞きしてもいいですか?」

「アビゲイル。アビゲイル・ブリンデです。」


 その名前の珍しさに思わずゼイドが口を挟む。

 

「男にしては珍しい名前だな」

「父が娘をほしがっていたそうで、女の子の名前しか用意していなかったからとつけられた名前です。

 でも、気に入っていますよ。6年前からは特にね」

「それは、」

「おい、もういいだろ。

 この辺は門に近いんだ。いつ誰が通るかわからねぇ」


 ゼイドの声を遮ったランドルフがついに商人(アビゲイル)の腕を掴み、立ち上がらせる。

そのまま背後にある荷馬車へと向かう2人の背を目に焼き付けるようにゼイドは見つめた。


「私、約束はちゃんと守りますから!」


 突然響いた高く澄んだ声に皆の動きが止まる。

ゼイドまで息を呑む中、こちらを振り返るアビゲイルの動きが嫌に遅く感じた。

そうしてこちらに振り返ったアビゲイルは一言も告げず、ただ小さく笑みだけを残し、荷台へと向かう。



 それは、眉を下げたあまりに弱々しい笑みだった。

 


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