5話 商人と護衛
ゼイドの脳内では一悶着ありつつも、薬草の採取は無事完了したため、ラスヴェート兄妹とゼイドは三の門へと向かっていた。
「それにしても、本当に立派な城壁ですね」
森の木よりもさらに高くそびえ立つ城壁を見上げながらクロシェがそう呟いた。
「まぁ、なんたってあの大厄災で傷ひとつなく残ってた逸話のある城壁だ」
「大厄災ってあの1200年前の大厄災ですか…!?」
「一説にはってやつだ。
大厄災では大結界のあった聖都以外、ほとんど更地になったっていわれてんだから眉唾物だぜ。
よくある権威づけだろ」
そう吐き捨てるゼイドを横目にクロシェは両手の指を胸の前で組み、頬を赤く染めてほぉっと息をはくと熱のこもった声で語り出した。
「私たちエオドールの中に入るため、検問所の門まで城壁沿いを歩いてやってきたんです。その間、この壁の素材が気になって調べてたんですけど、素材が全然わからなかったんです。
もしかしたら、本当に先史時代の遺物なのかもしれません…」
クロシェの言葉に、素材を調べた?とは思いつつも、壁の歴史になんぞ興味のないゼイドは「そうかもな」と気のない返事を返す。
そんなゆるい空気の中、3人の前に古びた荷馬車とその護衛らしき冒険者らが現れた。
臨戦体制をとった護衛の冒険者らにゼイドが手を振って口を開く。
「俺たちも冒険者で今は薬草採取の任務帰りだ。
ほら、こっちの2人は薬草のカゴを持ってんだろ」
ゼイドの言葉に向こうの緊張が解けたのを確認し、ゼイドは改めて相手を観察した。
護衛の冒険者は5人。獣人族が3人に魔法使いが2人か。
見たところ全員C級以上の実力がありそうだ。
「どうもすみません。城門の近くまできて気が緩んでいたところでしたから、彼らも驚いたのでしょう」
そう言って荷馬車を操っていた線の細い商人らしき男が眉を下げる。
「いえ、問題ありません。それにしても、荷馬車1台に護衛が5人もいるなんてすごいですね」
「ちょうど彼らのパーティーと行き先が同じだったので格安で護衛を引き受けていただいただけですよ。
荷台の積荷も薬草だけですしね」
「なるほど」
ゼイドは愛想よくにこやかに答える商人と荷台の中の大量のカゴを見やり、特に問題はなさそうだと納得する。
「では。」と去ろうとする商人ら見送ろうとした瞬間──────
「どうして嘘をつくんですか?」
そう静かに告げたのはクロシェだった。
「嘘?おじさんは何も嘘はついていないよ、お嬢さん。」
困り顔の商人にゼイドが内心舌を打つ。
まさかの妹が問題を起こしやがった…!
「おい、お前何を言って」
「あなたの馬車には確かに薬草が積まれていますが、それだけではありませんよね?
スウェフテル
眠り薬の香りがします。」
ゼイドは自分を遮って淡々と話し出したクロシェに手を振りかぶろうとしてやめた。
初めて聞いた名だが、クロシェが"スウェフテル"と口にした瞬間、商人の目の瞳孔がわずかに開いたからだ。
「もしかしたら、昨日私が寝る時に使う眠り薬を1瓶こぼしてしまったから、その香りが残っているのかもしれないなぁ。
いやぁ、鼻のいいお嬢さんだね」
口の端をわずかに震わせながらにこやかに答える商人にクロシェは心底不思議そうに小首を傾げた。
「この眠り薬は人ではなく、魔獣用です。
そして、この馬車からはまだ小さな個体のようですが、魔獣のにおいがします。
なぜ魔獣を眠らせて運んでいるのですか?」
ガンッッッ──────
勢いよく突っ込んできた獣人が振り下ろしたハルバードをゼイドが剣で受け止めた音が森にこだまする。
ゼイドがそのまま剣を振り払うと、相手は一旦後退したが、その後ろで残りの護衛らは陣形を整え、こちらの様子をうかがっていた。
まずい。あっちは殺る気だ。
おそらくC級以上の戦士と魔法使いが5人。
対して、こっちはB級の魔法戦士に冒険者の登録試験中の男とガキの3人。
分が悪すぎる。
状況の悪さに大きく舌を打ったゼイドの隣でアロイスが動いた。
クロシェを背で隠すように前に出たアロイスは、背負っていた槍を構える。
「おい、やれんのか?」
「問題ない」
この状況でも表情ひとつ変えないアロイスにゼイドの沸騰寸前だった頭の熱がすっと下がり、感覚が研ぎ澄まされていく。
「足引っ張んじゃねぇぞ」
アロイスが鼻で笑ったのを耳が拾った瞬間、戦闘は始まった。
まずは1人。厄介な魔法使いを剣から飛ばした斬撃をあびせ、倒れるのを目の端でとらえると、今度は最初に突っ込んできた男のハルバードを剣で受け切る。
手の痺れに身体強化をかけ直し、頭を狙った刃を剣で受け止める。
獣人なだけあって力が強い。体格差を生かして頭上から絶え間なく振り下ろしてくる刃を剣で捌きながらゼイドは隙をうかがう。
そして、焦れたのか、大きく振りかぶった男に魔力を練り上げたゼイドが剣を振るった。
「風の刃」
腹に一線、魔法の斬撃が防具を貫通した。
倒れた男に次は、と周囲を確認するが、他に立っている者は味方しかいなかった。
燃えるような赤毛を風に靡かせ、涼しい顔をした男が槍を背に背負い直すのをゼイドは眺める。
C級以上を3人、それも無傷かよ。
ふんっと鼻を鳴らし、馬車を確認しようとゼイドが足を一歩動かした。
「う、動くな…!」
その声に後ろを振り返ると、森に逃げたと思っていた商人の男がクロシェの背後に立ち、その首に短剣を当てていた。
クソッ油断した────!!
「武器を捨てろ…!この子がどうなってもいいのか…!?」
震えた声の脅しに、クロシェの首元の短剣まで震えている。
どう見ても相手は素人だが、人質をとられている以上迂闊には動けない。
まずは要求をのんで油断を誘うか。
そう考えていたゼイドの耳に鈴の音のように軽やかで澄んだ声が響いた。
「どうして私の首に剣を当てているのですか?」
この状況で何ボケたこと言ってんだこのガキ…!!!?
「こ、この状況がわかっていないのか…!?
せっかくここまで来たのに君のせいで計画がパァだ!!
まさか護衛が全滅するなんて…!」
「なぜ、暴力でさらに罪を重ねようとするのでしょうか?
あなたの手は剣を振るう手をしていないのに」
「っうるさい…!!知ったような口をきくな!!!!」
商人の目に剣吞な光が宿り、剣を持つ手に力がこもる。
まずい────!!
「水の守り」
クロシェの周りに防御結界が展開される。
そして、─────
「水の蔓」
拘束魔法で捕らわれた商人の手から短剣がこぼれ落ちた。
まるで歌でも口ずさむように、何の気負いもなく自然に魔法を使ったクロシェ。
その姿に唖然とするゼイドへと澄んだ緑の瞳が向けられた。
「ゼイドさん、頬に傷があります。
今治しますね」
「おい、」
「癒しの手」
いつの間にか負っていたゼイドの頬に走るかすり傷に淡い光が灯り、スッと真っさらな肌に戻る。
こいつ、回復魔法まで使えんのかとゼイドは顔に出さずに驚いた。
それはそれとして、こんな小さな傷に回復魔法を使われたゼイドはあまりの気恥ずかしさに悪態をつく。
「こんなのただのかすり傷だろうが。余計なことしやがって」
「かすり傷でも傷は傷です!化膿してからでは遅いのですよ!」
「……まぁ、ありがとな。」
「はい!
では、積荷の魔獣を確認しましょう!5体くらいいますので!」
「5体だぁ!!?」
クロシェの言葉にゼイドは今後の処理を考えて痛みだしたこめかみを押さえ、本日何度目かのため息を吐くのだった。




