42話 教会
祈りを捧げるのはオリヴィア様だけ
オリヴィアのその一言に、場が一気に静まり返った。
皆が口を噤む中、ゼイドとレイは彼女の一言がいかに重く深刻なものなのかを正確に理解していた。
「…教会の導師様で神父様でもあるあんたがそんなこと言っていいのかよ」
「問題なんてあるかしら?
あぁ、もちろん、この部屋には防音結界をはっているから、今の言葉が外に漏れることはないわ」
ふわふわと笑みを浮かべるフィオナにゼイドの頭はさらに痛み出す。
「大問題だろうが!
俺らが教会にチクったら、あんた破門なんだぞ…!」
「ふふっ。貴方達が告げ口した程度で私の地位が揺らぐとは思えないけれど、確かに監視が増えたら面倒ね」
何が面白いのか、にこにこと笑みを深めるフィオナは、良いことを思いついた!とばかりに瞳を輝かせる。
「それじゃあ、私の秘密を知ってしまった貴方達をグサッと」
「おい、ふざけんなっ!本当に何が目的なんだよ…!」
要領を得ないフィオナの話にゼイドが吠えると、あらあらとフィオナは首を傾げる。
「言ったでしょう。
私はただオリヴィア様を信仰していて、できることならクロシェちゃんにも仲間になってほしいって」
そもそもオリヴィアを信仰ってなんなんだ!?
とこの場にいるほとんどの者が疑問を呈する中、ゼイドはとにかく話を進めようと口を開いた。
「だったらなんで教会に所属してんだ?
せっかく回復魔法が使えるなら、直接オリヴィア様の下についた方がオリヴィア様もあんたを自由に使えて楽だろ」
「だって、それだとただの医師と変わらないじゃない」
「は?」
目を丸くするゼイドらに、フィオナは口元にそっと笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「私も元々はオリヴィア様の直属の部下になることを目指していたのよ。
でも、幸運にも私は回復魔法の能力を得ることができた。それも他者を癒すことができる力を。
つまり、私はそれだけで教会の聖職者、それも大司教と同じ位階が与えられる力を手にしたの。
もちろん、大司教と比べればお飾りのような権限しかないけれど…それでも、回復魔法が使えるというだけで教会は私を無視できない。
教会に所属すると言うだけで、教会は私にある程度の地位も権限もくれるのよ」
うっそりと微笑むフィオナの口から、甘く絡みつくような声がこぼれ落ちる。
「そんなの、利用するしかないでしょう?」
水を打ったように場が静まり、重々しい空気で満たされる。
それほどフィオナの発言は異質で重いものだったからだ。
聖教は、すべての人間族が信仰する宗教にして、聖国の国教。つまり、聖国において圧倒的な権力を持つ組織だ。
そして、聖教の指導者である聖職者は、そこらの貴族をはるかにしのぐほどの権力を有している。
そんな一種の特権階級である聖職者になるためには、聖教への深い理解と献身が必要だといわれている。さらに司教以上の高位聖職者のほとんどは貴族階級が占めているのだから、上にいくにはある程度の身分まで必要だ。
フィオナの年齢はわからないが、20代前後に見える彼女が大司教相当の階級になるなど、本来はありえない。
そのありえない状況を可能にするのが回復魔法であり、導師という存在だ。
一部の権限しかないといえど、大司教と同じ階級を有する導師は教会の中でも外でも、決して無視できない力を持っている。それこそ、地方貴族の部下や単なる医師とは比べものにならないほどの力を。
本来なら、その力は教会のため、聖教のための力だが、彼女が信仰しているのはオリヴィアだという。
一体その力を何に使っているのか……考えるだけでもゾッとする話だ。
「安心して。
クロシェちゃんのことは上には報告していないから」
ふわりとあまりに軽やかに告げられたその言葉にゼイドの眉間に皺がよる。
「…その上って、まさか教会の上層部に報告してないってことか?」
「そうよ。
だって、クロシェちゃんの力をそのまま報告したら、こんなお菓子での勧誘ではなく、強制的に教会に取り込まれることになるでしょうから」
フィオナの言葉にびくりとクロシェの心臓が大きく跳ねた。
ゼイドから聞いていた以上に恐ろしいことになりそうなその話に冗談かと一瞬思ったけれど、フィオナも他の面々も皆真剣な表情を浮かべている。ただの冗談とは到底思えなかった。
「致命傷レベルの怪我人を1日に複数、それも完全回復させただなんて、報告を読んだ時は目を疑ったわ。
正直、クロシェちゃんの回復魔法の腕は、現在教会に所属している導師の中でもトップクラス…
貴女の存在を知れば、教会は何をおいても貴女を取り込もうとするでしょう。絶対に逃さないわ。」
フィオナの言葉が重々しく落ちると、再び緊張が走る。
「だから、クロシェちゃん。
今後、回復魔法を使う時は十分気をつけて。
今回の大侵攻を含め、エオドールで使う分には私がもみ消すけれど、外でその力が明るみになれば、教会は何をするかわからないわ」
「…はい。わかりました」
ぎゅっと強く両手を握りしめたクロシェは、しっかりと頷いた。
フィオナによって、いかに自分の立場が危ういかクロシェはようやく理解したからだ。
お外ってとても怖いところだったのですね…
クロシェがはるか北の森で眠るヴィ様とブレナに向けて心の声を飛ばす中、ゼイドはあまりに親切なフィオナを訝しんでいた。
「…俺たちにそこまで話したのは、釘を刺すためか?」
「そうね。クロシェちゃんもだけど、貴方達もそこまで深刻に考えていなさそうだったから。
クロシェちゃんが断りさえすれば問題ないと思っていたのでしょうけれど、甘いわ。
今、教会は何故か大忙しで力がほしくてほしくて堪らない時期なの」
「はぁ?これ以上権力がほしいのかよ」
「ふふっ、いろいろあるのよ。まぁ、そのことに関しては私よりよっぽど詳しい人が他にいるのだけど……」
コンコンコンっとドアをノックする音にフィオナはそこで口を閉ざした。
どうやら冒険者が全員集まったようで説明をはじめるのだと導師見習いの少女が呼びに来たのだ。
聖堂へと移動しようと席を立ったフィオナは金の髪をふわりとなびかせ、青く澄んだ瞳でクロシェを絡めとる。
最後に、と彼女はその小さな唇をそっと開いた。
「助けが必要なら、いつでも相談してね。
私は迷える魂を導く導師なのですから」




