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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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41話 導師


「よかった!帰ってきてたのね!

 4人とも無事?」


 慌ただしくそう声をかけてきたのは宿の女将 メイジーだった。

いつの間にかクロシェたちは宿のすぐそばまでやってきていたのだ。


「はい!メイジーさんたちは内壁の中へ避難されるのですか?」

「そうなの。荷物はもうまとめ終わったから、貴方達を見送ってから避難しようと思っていたの」

「待っていてくださったんですね!ありがとうございます!」


 申し訳なさと嬉しさを滲ませた笑みを浮かべるクロシェにメイジーは眉を下げる。


「クロシェちゃん、気をつけてね。

 お兄さんやゼイドさんの言うことをちゃんと聞くんだよ」


 クロシェの肩に手を置き、メイジーがそう言い聞かせているとレティが現れた。


「クロシェちゃん!クロシェちゃんもいっしょにひなんしようよ!」

「レティちゃん…私は冒険者なので、このエオドールを守るためにがんばります!」


 むんっと胸をそって決意を口にするクロシェにレティも母と同じように眉を下げる。

レティはおろおろと目を彷徨わせた後、家を出てからずっと握りしめていた宝物をさらにぎゅっと握りしめる。


「そっかぁ…じゃあ、これあげる」


 レティの手からころりと緑色の石がクロシェの手に転がり落ちる。

その石を顔の前に掲げて観察したクロシェは目を瞬いた。

 

「これは魔石ですね。それもBランクです」

「レティの宝もので大事なお守りなの。きっとクロシェちゃんのことも守ってくれるよ」


 ぎゅっとスカートを握りしめながら、少し震えの混じった声でそう告げたレティに今度はクロシェの眉が下がる。

レティの想いがあまりにいじらしくて胸がぎゅっと締めつけられたからだ。

 でも、Bランクの魔石だなんて、かなり高価な代物だ。

石としての価値だけでも、レティや家族にとって大事なものであることは間違いない。

そんなものを預かってしまっていいのか、クロシェはぐるぐると葛藤したけれど、手のひらの魔石をそっと握りしめた。


「…ありがとう、レティちゃん。

 絶対返すからね」

「返さなくてもいい…なにかに使ってもいいから、けがしないでね…」

「…うん!ありがとう、レティちゃん!」


 その微笑ましいやり取りにレイとメイジーが頬を緩めていると、街中の喧騒がさらに大きくなる。

どうやら、内壁への門が開かれ、本格的に避難が始まったようだ。


「主の光があなた方に降り注ぎ、その道を照らしてくださいますように」


 その祈りの言葉を最後にメイジーたちは避難の列へと消えていった。



 ・



 ゼイドとレイの荷造りが終わり、クロシェたちは教会の前にやってきた。

 冒険者ギルドよりもさらに大きなその教会はどっしりとした石造りの建物で、下から見上げるとなんだか気が引き締まるような威圧感があった。

ゼイドが一歩踏み出したため、そのまま後ろをついて行こうとしたクロシェは、ぴたりと立ち止まったゼイドのせいでつんのめる。

どうしたのだろうかと首を傾げるクロシェたちを隅の物陰へと連れ出したゼイドは重々しく口を開いた。


「クロシェよく聞け。

 神父や教会の奴らには気をつけろ」

「はい。私が回復魔法を使えるから取り込まれないようにってことですよね?」


 ここにくるまで、すでに口を酸っぱく忠告されたクロシェは、神妙に頷いた。


「大体の神父様ってのはいい人だ。

 善良さが全身から滲み出ていて、誰かのために本気で祈り、身を差し出せるような献身的で慈悲深い奴らだ」

「とても素晴らしい方々ですね…?」


 これまでのゼイドの忠告は教会に取り込まれたらいかに危険か、という教会がまるで悪の組織かのような話ばかりだったため、突然の方向転換にクロシェはたじろぐ。


「中にはとんでもない悪徳神父もいるが、こういった地方で神父をしてる連中っていうのは、基本的には善良な奴が多い。

 人としては良い人達だが、問題は奴らが主のための自己犠牲を基本としていることだ」

「自己犠牲…」

「お前が単なる客人として治療の手伝いをする分には何も問題ない。

 だが、教会に取り込まれ、導師にされたら自由は一切ないものだと思え」

「自由が一切ない…あの、導師というのは役職ですか?」


 ゼイドの言葉に慄きつつも、初めて聞く名称にクロシェは首を傾げた。

 

「あぁ。導師っていうのは教会に所属する回復魔法の使い手に与えられる役職だ。

 お前、アビゲイルが教会で言われた娘の治療費がいくらだったか覚えてるか?」

「確か、金貨300枚ですよね…」

「あぁ、それだけ教会での治療には価値がある。

 ってのも、ただでさえ少ない回復魔法の使い手を教会が独占してるから、治療費をつり上げ放題なんだよ。

 教会に駆け込むなんて命がかかってるような状態がほとんどだ。金ですむならいくらでも出すって奴は多い。

 1人の治療で金貨300枚。あるいはそれ以上だってざらだろう。

 そんな金の卵を産む鳥を教会が自由にしてくれると思うか?」


 ごくりとクロシェは生唾を飲み込んだ。

ゼイドが語った内容だけでなく、淡々と感情をそぎ落としたその声に息が詰まるような恐ろしいほどの圧を感じたからだ。

いつもみたいに怒鳴られるよりも、この静けさの方がクロシェはずっと怖かった。


「導師になれば自由は一切なくなる。

 人探しも、聖職者以外への弟子入りもまず無理だ。

 やりたいことがあるなら、教会に取り込まれないように十分気をつけろ」



 ・



「って念押ししたよなぁ、俺は」

「あはは…」


 ゼイドの視線の先にはクッキーを両手ににこにこ呑気な笑みを浮かべるクロシェの姿があった。

そして、その隣には首元まで覆う黒の長衣にペンダントを下げた女が一人。


「クロシェちゃん、これも今日作ったの。美味しいわよ」

「フィオナさん、ありがとうございます!いただきます!!」


 クロシェの向かいに座る女性───フィオナは、何やら別の焼き菓子まで取り出した。

さらなるお菓子の登場にクロシェは瞳を輝かせる。

そんな目の前のやり取りにゼイドは大きなため息を吐いた。


 教会の扉を開いたクロシェたちは、導師見習いだという少女に応接室のような部屋へと案内されたのだが、そこで待ち構えていたのが導師であり、この教会の神父 フィオナだった。

警戒する4人にも意に介さず、にこやかに歓待するフィオナに早々に陥落したのが1番警戒しなければならない、問題の張本人クロシェ。

 マジでありえねぇ……

ゼイドは目の前の光景に頭痛を覚えつつも、一旦様子見で我慢していた。我慢していたのだが、クッキーの次は焼き菓子をにこにこもぐもぐ食べ出したクロシェに理性の糸がぷつりと切れる。

 そして、クロシェの後ろに回り込んだゼイドは静かにその顔を見下ろし、手を伸ばした。


「いひゃいっ、いひゃいです…!」

「あんだけ言ったのに菓子なんかで釣られてんじゃねぇよ…!!」


 ゼイドに頬をぎりぎりとつねられたクロシェは、隣に座るアロイスに目で助けを求めるが、ふいっと目をそらされる。

 ロロが裏切った…!

あまりの衝撃で声を失うクロシェ。

そんなクロシェに救いの手が差し伸べられる。


「まぁ、そんなに警戒なさらないで。

 私はクロシェちゃんを教会に勧誘するつもりはありませんから。」


 フィオナはふわりと柔らかな笑みを浮かべながら、さらりとそう言い切った。


「…どうだかな。()からもいろいろ言われてんじゃねぇのか?」

「上?」

「とぼけんな。教会の上の連中からせっつかれてんだろ。

 あんだけ派手に回復魔法を使ったんだ。もう話もまわってんだろ」

「そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね。

 先日、皆さんが助けてくださった先遣隊には私の弟もいたのです。

 弟の隊を助けてくださり、ありがとうございました。」


 そっと頭を下げたフィオナの肩から金糸のような髪がさらりと流れ落ちる。

彼女のその礼の言葉には確かに慈愛に満ちた響きがあった。


「フィオナさんの弟さんは先遣隊に所属されているのですか?」


 目を丸くしたクロシェに、青い瞳を柔らかく細めたフィオナはそっと口を開く。


「えぇ。弟の名はファレル。エオドール直属兵団の副団長を務めています」

「ファレルさんのお姉様だったのですね!確かにそっくりです!」


 さらに目を丸くするクロシェにフィオナはくすりと笑みをこぼした。

質素な黒い長衣を身にまといつつも、華やかな美貌は陰ることなく、むしろその美しさをさらに際立たせている。

物語のお姫様のような清らかさと気品を放つその美貌にクロシェは思わずぽぉっと見惚れていた。

しかし、クロシェの後ろに立つゼイドは一切表情を緩めず、険しい顔をフィオナに向け続けていた。

 

「話を逸らすな。こいつを餌付けして何を企んでるんだ」


 そんなゼイドの刺々しい詰問にも眉一つ動かさず、フィオナはそっと口を開いた。


「企むだなんて…私はただクロシェちゃんと仲良くなりたいだけですよ。

 そして、できれば私と同じ信仰心を持ってほしいだけ」


 汚れを知らぬ子どものように澄んだ瞳でそう言い切ったフィオナにゼイドは内心で舌を打つ。

 本性現しやがったな…!


「やっぱり教会に引きずり込もうとしてんじゃねぇか…!」

「教会?」


 ゼイドの言葉にきょとりと目を丸くしたフィオナは首を傾げた。

そして、目をぱちぱちと瞬くと、何かに思い至ったのか、ふふっと笑い声をこぼす。


「違うわ。全然違う。

 私の信仰心は、何もしてくれないカミサマになんか捧げていないの」


 フィオナの澄んだ瞳に仄暗い光がさしこむ。

しかし、目を瞬いた次の瞬間、その(かんばせ)には、花がほころぶような艶やかな笑みが浮かんでいた。

 

 

「私が祈りを捧げるのはオリヴィア様だけですもの」



再び更新が遅くなり、申し訳ありません。

本日は振替として、夜に次話を投稿予定です。

引き続き、よろしくお願いいたします。

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