40話 領主様
あの後、忙しそうなランドルフと別れたクロシェたちは、宿へと続く道を歩いていた。
ランドルフから寝泊まりできる荷物を持って冒険者ギルドのそばにある教会で待機しろと言われていたからだ。
クロシェとアロイスは寝泊まりどころか全荷物を携えているのだが、クロシェがメイジーたちに挨拶をしたいと言い張ったため、4人で宿へと向かっている。
そんな4人の道中は、いつもとは違う喧騒に包まれていた。
ドラゴン・大侵攻・避難・内壁・ウィードグレム・バーナード……
ドラゴンや大侵攻といった単語がそこら中から聞こえるということは、この避難の要因について秘匿されていないのだろう。
仮に秘匿したとしても、ドラゴンが襲来したり、大侵攻が発生したら隠しようがない。これだけの規模の避難だから、変に隠し立てするよりは、という判断なのだろう。
ドラゴンや大侵攻という厄災を前に混乱が少ないのは、他の都市とは違って堅牢な城壁による守りと、聖国の英雄バーナードがドラゴン退治に向かっているという安心感からなのか。
周囲の喧騒から似たようなことを各々考える中、口を開いたのはゼイドだった。
「レイはここの領主と知り合いだったんだな」
「一応ね。実際に話した回数は数えるほどしかないけど…」
「…レイから見てここの領主、オリヴィア様はどんな人なんだ?」
そう尋ねたゼイドの脳裏にはランドルフとの最後の会話があった。
ギルドを出ようとしたところでゼイドだけを呼び止めたランドルフから一言、「大元はもう問題ないから、魔法陣だけ頼む」と言われたのだ。
「う〜ん…どんなって言われると、すごく優秀な人かな」
レイは何かを思い出すように虚空を見上げながら、さらに続けた。
「オリヴィア様といえば、幼い頃から農地改革や物流改革に携わり、エオドールを聖国有数の大都市にまで押し上げた才女として有名な方だよ。
エオドールは元々農産業で栄えていた都市だけど、今では聖国全体の麦の半分を生産している上に、新たに興した服飾産業も順調で業績は右肩上がり。
10代で領主の座についたそうだけど、その手腕でエオドールをさらに豊かに発展させ、領民からも慕われている、まさに名君さ」
「すごい、すごいです…!
オリヴィア様はとても素晴らしい方なのですね…!!」
瞳を輝かせ感嘆の声を上げるクロシェの横でゼイドもまたその内容に目を瞬いていた。
ついさっき、実際に目にしたオリヴィアは確かに只者ではないオーラを発していたが、予想以上に優秀な領主だったようだ。
「幼い頃から農地改革に物流改革…天才ってやつか」
「あれだけ功績を残しているのを見ると才能もあったんだろうけど、姉さんは努力家だって褒めていたし、磨き上げたものでもあると思うよ」
姉、という言葉にゼイドはまた目を瞬く。
レイの姉といえば、千軍のヒルダで知られる聖国でも指折りの将軍だ。オリヴィアがレイだけでなく、ヒルダとも繋がりがあったことにゼイドは驚いた。
「姉さんってあの将軍とオリヴィア様も知り合いなのか?
あぁ、お貴族様同士の繋がりってやつか」
「それもあるけど、姉さんとオリヴィア様は学園の同期だからね。
騎士課程に進んだ姉さんとは学科は違ったそうけど、いろいろ交流はあったみたいだし…」
そう苦笑いをこぼすレイに相槌を打ちつつ、ゼイドはこの都市の末端の腐敗やランドルフが言っていた大元の件が気になっていた。
検問官や役人の不正、さらには先日の先遣隊の補給に関する裏工作。
特に先遣隊の件は、結果としては兵士6人の死を招いたが、20人以上が亡くなっていてもおかしくないほど悪意のある策略だった。
兵士の死については、オリヴィアもかなり怒りを滲ませていたが、レイの言葉通り優秀な人物なら、こんな事態を招くだろうか……?
「先遣隊の補給の件もそうだが、最近の領地経営はうまくいってないのか?」
「う〜ん、これだけ大きな都市だと順調とは言っても内情はいろいろあるとは思うよ。
最近だと、オリヴィア様がご出産されたことが影響してるのかも」
「「出産!!?」」
レイの予想外の言葉にクロシェとゼイドの声が揃う。
ギルドの応接室で対面したオリヴィアは、体の線にそった上質なドレスを身にまとっていたが、その腰は両手で掴めそうなほど細く、出産したばかりとは到底思えないシルエットだったからだ。
「待望のお世継ぎが生まれてエオドールではお祭り騒ぎって話を聞いてたけど、ゼイドは知らなかったのかい?」
「…そういや、2、3ヶ月くらい前に長いこと街中が騒いでる時期があったな」
「きっとそれだよ!オリヴィア様は初のご出産だったから、周りが気を遣って妊娠がわかってからはすぐに仕事を取り上げたらしい。
最近ようやく復帰されたそうだけど、外交問題が大変らしいからそっちにかかりっきりになっていたのかも」
「外交問題?」と首を傾げるクロシェにレイはどこか気まずげに答えた。
「エオドールは今ちょっと目をつけられてるというか、巻き込まれてるというか…まぁ、外との調整が大変な時期でね…安定している領内については、オリヴィア様もあまりチェックしてなかったのかもしれない」
その何とも煮え切らないレイの回答にクロシェたちがさらに聞き出そうとした瞬間、別の声が割り込んだ。




