39話 強制動員
「門を封鎖!?え、でも私たちついさっき門を通りましたけど…」
驚きのあまりクロシェは素っ頓狂な声を上げた。
だって、城壁外の任務から戻ってきてそう時間は経っていないのだから。
「その後封鎖されたんだよ。
悪いがしばらくはエオドールから出られねぇ」
「一体どうして…」
クロシェの脳裏に先遣隊のケネスから聞いたドラゴンの話がよぎるが、機密情報だと話していたことも思い出し、口をつぐむ。
「この辺りの住民にもそのうち知らせが回ってくるだろうが、とりあえずその説明も含めてギルドでするから着いてこい」
「ゼイドも呼びたいんだが、部屋はわかるか?」とクロシェたちもギルドへ行くことは決定事項として話はどんどん進んでいく。
そんなランドルフにアロイスの苛立ち指数はとんでもないことになっていた。
唯一その変化を鋭敏に感じ取ったクロシェは、ひんっと内心半泣きである。
機嫌がなおるまで数時間、もしかしたら1日コースかもしれない…思わず遠い目でクロシェがそんなことを考えているうちに、ゼイドの姿が見えた。
「そんじゃ、ギルドへ行くぞ!」
・
クロシェたち4人は、冒険者ギルドの2階にある質のいい机や椅子が並ぶ部屋に押し込まれていた。
とりあえず椅子に座ったものの、困惑しっぱなしのクロシェは向かいに座ったランドルフの説明がはじまるのを待った。
「とりあえず、昨日はお疲れ様。
大活躍だったようだな」
「…耳が早いな」
「そりゃあ、冒険者ギルドの副ギルド長ですから」
おどけて答えるランドルフにゼイドの舌打ちが部屋に小さく響く。
「まぁ、昨晩やってきた先遣隊の早馬から聞いたんだがな。
そんで、実はかなり厄介なことになっててな…」
そう前置きしたランドルフは、一度息をついた。
「リュッカ山脈にドラゴンが棲みついたって話は聞いたか?」
「…まぁ、一応な」
「このドラゴンの討伐に現在ギルド長らが向かっている。
ドラゴンは問題なさそうなんだが、付随して魔獣の大侵攻が起きる可能性が高いらしい」
「「「大侵攻!!?」」」
アロイス以外の3人が思わず声を上げる。
昨夜聞いたドラゴンの話にも驚いたが、魔獣の大侵攻まで起きるなんてとんでもない厄災だ。
クロシェは本で読んだ大侵攻に関する記述を思い出し、何千という魔獣がエオドールへ押し寄せる場面を想像して身震いした。
「この大侵攻の対策として城壁の門の封鎖が決まったんだ。
さらに、内壁の外に住む市民は今日から順次内壁の中にある専用の施設に避難することになった」
「城壁があるのに内壁の中に避難するのか?」
「上空からの攻撃対策で展開する大結界の範囲が内壁の内側が限度なんだと。
ドラゴンだけでなく、大侵攻で普段は山から下りてこないような飛行型の高ランク魔獣が押し寄せる可能性もあるから民間人は全員内壁の中に避難するように指示が出された」
大結界…!と大規模な魔法にクロシェの意識が逸れそうになるが、深刻な話の途中のためなんとか堪える。
「この避難誘導やら大結界を展開する魔法使いの確保で常備兵は人手不足らしくてな。
上から正式に依頼があり、冒険者ギルドでは強制動員が決まった。
というわけで、ゼイド、クロシェ、アロイスも大侵攻の対策に駆り出されるからそのつもりで準備しとけよ」
この時になって、ようやくクロシェは何故アロイスが慌ててエオドールの外に出ようとしていたのか理解した。
おそらく昨夜先遣隊の人たちからアロイスの聴覚で聞き取った情報の中に大侵攻についてもあったのだろう。もしくは、ドラゴン退治を見込んで大侵攻を予見していたのか…
どちらにしても、大侵攻による都市の封鎖にいち早く気づいたアロイスは、エオドールを抜け出そうとしていたことになる。
「ドラゴン退治の決行日は5日後に予定されている。
順当にいけば大侵攻も5日後だが、いつ起きてもおかしくない状態らしい。
そのため、大侵攻がいつ発生してもいいように冒険者も詰めておく必要がある。
お前ら含め冒険者は基本宿暮らしだが、宿のオーナーは内壁内に全員避難するから、今日から冒険者は内壁外の教会で寝泊まりすることに決まった。
ちょうどクロシェたちは荷造りしていたみたいだが、ゼイドも荷物まとめとけよ」
クロシェとアロイスに向けられた含みのある笑みに、クロシェの心臓が跳ねる。
そうとは知らなかったが、逃げ出そうとしていたのをランドルフに見抜かれていることを察し、クロシェは居心地の悪さから思わず俯いた。
「今日から詰めるって配置やら諸々決まってんのか?」
「それは追々だな。今はようやく強制動員で動かせる冒険者の名簿ができたところだ。
これから直属兵団と警邏隊と連携して配置決めやら当番やら諸々決める段階なんだよ。
絶対モメるからな〜。今日中に決まんのかね……」
最後にぼそりと呟いたランドルフのその言葉には疲れが滲んでいた。
ランドルフがボヤくのも無理はない。
この男、昨夜の領主夫妻との密談から一睡もせず、各所との調整やら冒険者らの暴動やらに奔走していたのだから。
「教会で寝泊まりするってことは、神父たちは避難しねぇのか?」
「回復魔法が使える神父様だけ残るんだと」
って言ってもエオドールで回復魔法の使える神父様は見習い含めて2人しかいないわけなんだが…とランドルフは内心で呟いた。
心の内にとどめたのは、目の前でピリピリと殺気を漂わせるアロイスをこれ以上刺激させないためだ。
短い付き合いだが、どうやらこの無口で無愛想な男の地雷が妹に関することだということはわかっている。
今後の流れを思い、どうしたもんかとランドルフが考える中、聞き役に徹していたレイが口を開いた。
「あの、僕に頼み事、というのは一体何でしょうか…?」
「あ〜、それについては俺は繋ぎ役だからどこまで話したもんか…」
「繋ぎ役?」
そう首を傾げたレイの隣でクロシェもまた首を傾げていた。
再びレイが尋ねようとしたところで、コンコンコンっとドアをノックする音が響く。
ランドルフが声をかけると、ゆっくりと開いた扉の先に受付嬢が立っていた。
そして、その後ろに人影が一つ。
コツコツと靴の音が高らかに鳴り響く。
受付嬢の後ろから部屋の中へと足を踏み入れたのは、豊かなブルネットの髪をなびかせた美しい人だった。
「では、私は失礼いたします。」
「案内ありがとう」
薔薇色の唇からしっとりとした艶のある声がこぼれ落ちる。
クロシェがぽぉっと見惚れていると、長いまつ毛に縁取られた碧色の瞳がついっと向けられ、その目と合った瞬間、クロシェの心臓がドキリと跳ねた。
頬どころか耳までもポンッと赤く染まるクロシェに、碧色の瞳は柔らかく弧を描く。
ふわりと大輪の花が花開くようなその笑みに、クロシェはただただ息を呑んで見入っていた。
なんて綺麗な人なんだろう。
クロシェはポツリと内心でそう呟いた。
「お話し中にごめんなさいね。
私も混ぜていただいてよろしくて?」
「もちろんですよ。こちらへどうぞ」
そう言って席を立ったランドルフは彼女を席へとエスコートする。
なんとも絵になる2人にクロシェは思わずほぁっと声をもらしてしまった。
「久しぶりね。レイ」
「あはは、ご無沙汰しております…」
にこやかにレイへと話しかけた美女に対して、レイは冷や汗をかきながら返答する。
ぽぉっと見惚れる者と冷や汗がダラダラの者、警戒心全開なのが2人。そして、そんな4人をニヤニヤと眺める者が1人と何ともにぎやかな空間にも動じず、突然現れた美女は笑みを崩さぬまま再び口を開いた。
「私の名前はオリヴィア・ウィートリー。
この城塞都市エオドールの領主を務めているわ。
昨日は我が兵士たちの命を救ってくださり、ありがとう」
「「ご領主様!!? / 領主様!?」」
クロシェとゼイドの絶叫が重なる。
身につけているものや品のある所作からも上流階級の女性だとは察していたが、まさか領主だとは思わなかったのだ。
目を見開く2人にも意に介さず、エオドールの女領主 オリヴィアは話を続けた。
「あなた方をここに呼んだのは私なの。
レイには個別で取引をしたくてね」
「取引、ですか?」
「えぇ。レイには麦畑に壁をつくってほしいのよ。大侵攻でやってくる魔獣たちに踏み荒らされないようにね。
貴方は冒険者ではないから、強制はできないのだけど、もしこの取引に応じてくれるなら、我が家で保管しているエオドールの歴史資料の一部閲覧を許可」
「やります!!!」
先ほどまでのどこか怖気づいた雰囲気から一転、目を輝かせたレイが声を張り上げ、食い気味にそう宣言した。
そんなレイに笑みを深めたオリヴィアは「頼んだわよ」と声をかけると、次いで隣に座るクロシェへと目を向ける。
「貴女がクロシェさんね」
「は、はい!クロシェです!」
「我が兵士の治療をしてくださり、ありがとう。
今回の大侵攻でもよろしく頼むわね」
「え、えっと、がんばります!」
がちがちに緊張したクロシェが何とか返答する中、クロシェの隣に座るアロイスは目を細めてオリヴィアをじっと見つめていた。
「隣の貴方はお兄様のアロイスさんとパーティーのリーダーのゼイドさんね。
冒険者の方々には、強制的に大侵攻の対応をしていただいて心苦しく思うけれど、しっかり報酬も用意しているからどうかお願いしますわ」
「…はい」
ゼイドは自身が返事をしてからも黙り込むアロイスにテーブルの下でその脇腹を肘で突いた。早く返事をしろ!!という念が通じたのか、ようやくアロイスの口が開く。
「大侵攻は冒険者として対応するが、その後何かを強制されることはないという認識でいいのだろうか?」
「ロロ!話し方…!!」
「…認識でよろしいでしょうか?」
クロシェが小声でなんとか訂正させたが、それでも諸々アウトな発言に空気が凍る。
それでも笑みを崩さないオリヴィアは、ふわりと小首を傾げた。
「えぇ。エオドールの市民ではないあなた方に何かを強制することはないわ」
そして、唇が結ばれたかと思うと、オリヴィアの瞳がすっと細まる。
「できれば、お友達になりたいのだけど、まだ時間が必要そうね」
ふふっと笑みをこぼすオリヴィアにアロイスの警戒は強まる。
しかし、そんなアロイスの反応さえも楽しんでいるのか、オリヴィアはさらに笑みを深めた。
なんとも張り詰めたその空気に先に根を上げたのはランドルフだった。
普段のランドルフなら、この状況も愉しんでいただろうが、今後の予定を考えると手早く進めたい。
「あ〜、じゃあレイへの依頼やらこいつらとの顔合わせもすんだことですし、ご領主様のご用件は終わりってことでいいですか?」
「えぇ。皆さんにお会いできてよかったわ。
これからよろしくお願いしますね」
「それではごきげんよう」と豊かなブルネットの髪をなびかせ、オリヴィアは風のように立ち去った。
時間にすればほんの僅かしか経っていないのに、どっと疲労が押し寄せたのは1人だけではないだろう。
「…おい、どういうことだよランドルフ」
沈黙の中、そう唸るように問いただしたのはゼイドだった。
「いや〜、騙し打ちみたいになって悪かったな。
まぁ、なんだかんだオリヴィア様は優しいから大丈夫だっただろ?」
「いや、こっちはただの冒険者なんだよ。そんなフランクに領主だされたらビビるだろうが…!」
「大丈夫大丈夫!なんとかなったろ!」
ゼイドの抗議を適当に流していたランドルフの瞳がクロシェに向けられると、すっと表情が切り替わる。
「だが、クロシェは気をつけろよ」
「え、私ですか?」
「そりゃあ、あんだけ派手に回復魔法を使ったんだ。
オリヴィア様も当然目をつけてる」
領主がわざわざ多額の費用を出して冒険者ギルドに強制動員を依頼した背景には、クロシェの存在があったのだから。
流石にそんな裏事情まで話すわけにはいかず、心の内にとどめたが、クロシェの隣で圧を強めるアロイスにはバレていそうだなとランドルフは思った。
「回復魔法の使い手は貴重だからな。それも瀕死の怪我さえ治せるとなれば、領主でなくてもいろんな奴に目をつけられる。
兄ちゃんはその辺りもちゃんと警戒してるようだが、お前自身がちゃんと気をつけねぇと駄目だぞ。
あんまぽやぽやしてると、気づいたら子飼いになってました、なんてことも普通にあり得るからな」
子飼いですめばいいが、と内心で続けながらランドルフはクロシェにそう忠告した。
当人はそれでもちょこんと小首を傾げているのだから、兄の苦労が偲ばれる。
「あ〜、とりあえず何でも安請け合いせずに、何か頼まれたら一旦兄貴に確認してから返事しとけ」
「えっと、はい…」
最後の念押しにも戸惑いながら返事をするクロシェに、ランドルフは本気でアロイスに同情するのであった。
・城主→領主に変更しました




