38話 荷造り
朝早く砦を後にした開拓の先遣隊とクロシェたちは、日が真上に昇った頃、ようやく城壁の第三の門にたどり着いた。
門をくぐると、木々に囲まれた森の中から一転、石造りの建物が並ぶ賑やかな街並みが広がり、クロシェはほっと息をつく。
昨日は、遺跡調査の護衛任務のはずが、突然の異臭から開拓中の砦に駆けつけ、魔獣に襲われていた先遣隊の人々を助けて……と、かなり濃い一日だったのだ。
一夜明けてからもクロシェの心の中には、もやもやが居座っていてなんだか落ち着かない。砦での光景を思い出すと胸がぎゅっと苦しくなるけれど、気持ちを切り替える、切り替えが大事、とクロシェは心の中で唱えた。
そして、楽しいことを考えよう!と思いついたクロシェは、昨日といえば…で魔法道具のことを思い出し、心にぽっと熱がともる。
まさか、野営の最中にあんな魔導具界の大革命が起きてしまうなんて…あぁ、早く試作品を作って、それから他の魔法道具も……
魔法道具のことで頭が埋め尽くされたクロシェは、周囲の音がどんどん遠くなり、全く聞こえなくなったことにも気付かない。
「────じゃあ、クロシェたちもそれでいいか?」
「へ?」
突然名前を呼ばれたクロシェはハッと意識が戻り、名前を口にした相手───ゼイドに顔を向けた。
「すみません、何のことでしょうか…?」
「はぁ?ちゃんと聞いとけよ。
先遣隊から謝礼を渡したいって言われたが、いつでもいいらしいから、明日以降にするかって話だ」
「はい!大丈夫です!」
どうやら、クロシェが魔法道具に思いを馳せている間に先遣隊の人たちとの話はまとまったらしい。
直属兵団の詰所へと向かう先遣隊と別れたクロシェたちは、宿へと直行。皆疲れているだろうから今後のことは明日また話し合おうということで、各自自分の部屋へと向かった。
パタリとドアを閉め、防音結界を展開したクロシェはベッドに飛びつきたいのを何とか我慢して着替えと共に体を綺麗にする魔法をかける。
本当なら湯船に浸かりたいところだけど、魔法のおかげで体は綺麗になったので、クロシェはようやくベッドに飛びついた。
ボスンっとベッドのスプリングでちょっとだけ浮いた体がほどよく沈み、なんだか疲れがどっと押し寄せる。
このままお昼寝しようかしら、とクロシェが心地よい眠気に身を任せようとした瞬間、トントンと優しく肩を叩く手が一つ。
もう半分夢の世界へと旅立っているクロシェは、瞳を閉じたままなんとか口だけ動かした。
「なぁに、ろろ」
「今すぐ起きて。ここから早く出よう」
「ん〜、なんで?」
「今日この都市を出るからだ」
ふわふわと微睡むクロシェの頭にロロの言葉がこだまする。
きょうこのとしをでるからだ
今日このとしをでるからだ
今日この都市を出るからだ
今日この都市を出るからだっ!!?
「え!?今日この都市を出る!!?」
バッと飛び起きたクロシェはバクバクとうるさく鳴る心臓を押さえ、アロイスを見上げた。
アロイスはそんなクロシェを静かに見つめながら、淡々と答える。
「そうだ。早く準備してすぐに門へ向かおう」
「え、でも、どうして?」
「いいから、早く準備」
アロイスの爛々と輝く金の瞳をじっと見つめ返したクロシェは、これ言っても絶対聞いてくれないやつだ…と悟り、渋々起き上がる。
アロイスと生まれてからずっと一緒のクロシェは、彼が言い出したらテコでも曲げないことを誰よりも知っていた。
せめてもの抵抗でゆっくりと手を動かすものの、ある程度荷物はまとめていたので旅支度はすぐに終わってしまう。
焦りを滲ませたアロイスがクロシェの分も手早く荷物をまとめてしまったからなところもあるけれど。
「よし、いくぞ」
「…でも、ゼイドさんとレイさんに別れの挨拶をしなくちゃ。それに水の魔法道具も!
あと、ゼイドさんとはパーティーの約束があるし、レイさんの護衛任務も途中だし…」
あと、メイジーさんやレティちゃん、ケイルさんにも挨拶をして、それからギルドの受付のお姉さんと……と続けるクロシェにアロイスはため息をつく。
「魔法道具は作ってから配達にしよう。
挨拶はこの宿にいる人だけだ」
「……うん」
むすりと顔に"不満です"と書いたクロシェは、荷物をすべて持って立ち上がる。
納得はいかないけれど、ロロのことだから何か意味があるはず…と渋々部屋を後にするクロシェ。
そして、傍目からはいつもと変わりなく見えるかもしれないけれど、何故かとても焦っているアロイスの後ろについて1階に下りる。とりあえず挨拶に行かなきゃと思っていたクロシェの目の前に人影が現れた。
「そんな荷物持ってどうしたんだ?」
2人にそう声をかけたのは冒険者ギルドの副ギルド長 ランドルフだった。
「ランドルフさん!どうしてこちらに?」
「レイに用があってな。
お前たちはそんな荷物持ってどうしたんだ?」
クロシェが答える前に、足音が2つ通路に響く。
足音の先に目を向ければ、そこにいたのはメイジーとレイだった。メイジーは会釈をしたかと思うとすぐに裏へと行ってしまったので、クロシェは声をかけるタイミングを逃してしまった。
クロシェが残念に思う中、残されたレイはランドルフとクロシェたちを前に首を傾げる。
「僕に用があるとお聞きしたのですが、ご用件は何でしょう?」
「ちょっと相談したいことがあってな。
この後時間があるならギルドに来てほしいんだが、どうだ?」
「構いませんよ」
穏やかにやり取りを進める2人を前に、クロシェはどう別れを切り出そうかしらと悩んでいると、手の甲にちょんっと隣に立つアロイスの指が当たる。
チラリと横目でアロイスを見たクロシェは、その金の瞳に『今のうちに外に出るぞ』と書いてあるので驚いた。
『どうして?』と思念を送ると、『理由はあと』と返ってくる。
どうしよう…とクロシェが悩み出すのを察したのか、アロイスがクロシェの手を取り、一歩踏み出す。そんな無言での会話を経て、そのまま外へ向かおうとした兄妹に声がかかった。
「ついでだ。お前たちもギルドに来てくれ。
あ〜、でもお前らも呼ぶなら一応ゼイドにも声かけるか」
そのランドルフの言葉にアロイスは眉根を寄せた。
「俺たちはこの後予定がある。」
「へぇ。…その予定ってもしかして、エオドールから出て行くとか?」
ニヤリと口角を上げて問いかけるランドルフに、クロシェは目を瞬く。
どうしてわかったのかしら?…荷物を持ってるからか!と自問自答で答えを導きつつ、隣で押し黙るアロイスをうかがう。
アロイスの苛立ちをひしひしと感じ取ったクロシェは、返事をしようと開きかけていた口を慌てて固く閉ざした。
こういう時は口を閉じるべし、と12年間で培った危機察知能力(ちょっとぽんこつ気味)がそう言っている…!
クロシェは珍しく、アロイスはいつも通り口を閉ざしたため、場に沈黙が落ちた。
旅装束で身を固め、黙り込む2人を前にランドルフは『やっぱあの人抜け目ねぇな』と心の中で呟いた。
そして、アロイスに目を向け、『こいつも抜け目ねぇが、運が悪かったな』と同情しつつ口を開いた。
「エオドールから出ようとしてるなら諦めろ。
城壁の門は封鎖されたからな」




