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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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37話 密談


「は?」


 目の前の美女───エオドールの女領主 オリヴィアが告げた言葉にランドルフは思わずあんぐりと口を開けた。

 お供も付けずに現れた領主夫妻にお忍びであることは察していたが、これは厄介事のにおいがプンプンする。

とはいえ、目の前にいるのはご領主様とその夫君。ランドルフは顰めっ面になりそうなのをなんとか笑顔の裏に抑えこんだ。

 

()()()()のバレットもギルド長と内々に話し合うため、城から出てきたのよ」

「はぁ!?え、一体どういうことですか?」


 それでは先ほどギルド長には依頼をすませているとバレットが口にしたのは何だったのか。

わざわざバレットがそんなことで嘘をつくとは思えない。オリヴィアがいるのに代行だと言うなら、やはり城から抜け出す口実なのだろう。しかし、何故そんなことを?

 ランドルフががんばって作った笑みが一瞬で崩れる中、オリヴィアはどこか楽しげな笑みを浮かべていた。

そして、華奢な手がそっと持ち上がり、しなやかな人差し指が一つ、オリヴィアの顔の前にかざされる。


「差し当たって、現在エオドールには3つの脅威がある。

 1つは、ドラゴン

 ドラゴンの行動範囲からいって、いつエオドールに襲来するかわからない。むしろ、こんなにも大量の餌がいる狩場をまだ見逃していることの方が不思議だわ。

 だからこそ、我々は早急にこの脅威を退ける必要がある。」


 オリヴィアのすっと伏せられた碧色の瞳が爛々と輝く。


「先ほど、エオドールに戻ってきたギルド長に直接依頼したわ。

 ドラゴン退治をね」

「…確かに、それが確実ですね」


 エオドールが襲われる前に大元を叩く。

つまり、ドラゴン退治なのだが、問題は人選だ。

ドラゴン単体でもA級冒険者以上の実力者で構成された一個小隊が必要になる。

さらに、ドラゴンの棲家であるリュッカ山脈の谷までたどり着くには、Aランクの魔獣がごろごろいる魔の森を突破しなくてはならない。

本来なら、一個小隊どころか大隊、一個師団が必要とされる任務だが、1日でも早く討伐をと考えるなら、機動力を考慮した少数精鋭が望ましい。

 そんな、ただの机上の空論ともいえる無理難題を叶える存在がエオドールにはいた。


「斥候によると、谷に棲みつくドラゴンは群れではないそうだから、ギルド長であれば1人でも問題ないでしょう。

 ただ、補給の問題やこちらとの連絡係もほしいから、直属兵の中から精鋭を10名連れていってもらったわ」

「連絡係、ですか?」

「えぇ。軍事用の魔導具で新しく高性能の通信機が開発されたの。

 魔力消費が激しいから、1回の通信でAランクの魔石を使い潰すこともあるけれど、その分本来なら繋がりにくい山奥から国内どころか海を隔てた他国まで連絡を取り合うことができるわ」


「それはすごい」とランドルフは素直に感嘆の声を上げた。

ギルドでも所有している通信の魔導具は、よくて町内間程度の範囲しか繋がらない。

それが山奥や国内、さらに他国まで繋がると言うのだから、その有効性は計り知れないだろう。


「ただのドラゴン退治であれば、わざわざ通信機器を持たせる必要はないのだけど、もう1つの脅威が厄介でね。

 近く魔獣の大侵攻が起きる可能性が高いため、」

「大侵攻!?本当に起きるのですか?」


 思いがけずオリヴィアの言葉を遮ったランドルフは、内心頭を抱える。

ドラゴンだけでも一大事なのに、魔獣の大侵攻だなんて百年に一度の厄災が一気に2つも押し寄せてきたのだから。

 

「現状9割起きると言っていいわ。

 ただでさえ、ギルド長とドラゴンの戦闘がはじまれば、森の魔獣はパニックに陥る。

 谷から逃げようと相当数の魔獣が押し寄せてくるでしょう」

「ですが、エオドールに押し寄せるとは限らないのでは?」


 受付嬢の問いかけにオリヴィアの笑みは崩れないものの、こめかみがぴくりと動いた。


「本来ならそうね。

 だけど、今回は開拓の影響も重なってしまったの。

 開拓では魔の森に人の手が入ることで、魔獣の暴走や大侵攻の発生を未然に防ごうと対策していたのに、どうやらうまくいっていないようでね。

 すでに魔の森は暴発寸前。何かのきっかけで大侵攻は起き得る状態になっているわ」

「…なるほど、そんな状況でギルド長とドラゴンの大乱闘が起きたなら、逃げ出す魔獣のパニックで確実に大侵攻が起きますね」


 そう頷きながら納得する受付嬢に、オリヴィアもまた頷いた。

 

「そういうことよ。幸い、エオドールには鉄壁の守りといえる城壁がある。

 城壁内にこもりさえすれば市民は無事だけど、城壁外の麦畑も踏み荒らされるわけにはいかないわ。

 魔の森でパニックに陥った魔獣たちが麦畑へ逸れる前に駆除する必要がある」

「では、俺たちへの依頼というのはその魔獣駆除ですか?」

「えぇ。本来ならエオドールの直属兵団と警邏隊が連携して取り組むべきなのだけど、人手が足りないの。

 飛行型の高ランク魔獣がエオドールに飛来する可能性を考えて住民の避難と大規模結界の展開に人手を割く必要があるからよ。

 エオドールには、空からの攻撃対策として大規模結界があるのだけど、展開させるには複数の魔法使いが必要な上に結界の強度と維持の関係でウィードグレム内までしか展開できないの。

 そのため、内壁の外に住む者たちを事前にウィードグレム内に避難させなくてはならないわ。

 この避難の誘導と結界をはる人員を確保すると、魔獣駆除の人員がどうしても足りない。

 その不足分を冒険者にお願いしたいの」


 なるほどな、とランドルフは内心で呟いた。

確かに領主が冒険者ギルドに依頼する内容としては納得だ。

魔獣の大侵攻といえば、土地の規模にもよるが、何百何千という魔獣が押し寄せる厄災。

リュッカ山脈とその麓の森は聖国の国土の1/4を占めるほど広大な土地だ。豊かな自然に恵まれたこの地には、多種多様な魔獣が棲みついている。

特に、森の奥深くや山中は高ランクの魔獣の巣窟となっていると聞く。

調べる者などいないため、一体どれほどの魔獣が棲みついているかはわからないが、数千は軽く超え、何万、何十万といても不思議ではない。

そのすべてが大侵攻で押し寄せることはないが、数千規模の魔獣の大侵攻が起きる可能性は高い。

 そうなると、人員を総動員したとしても、魔獣駆除と市民の安全の確保、両方を叶えるには常備兵だけでは心許ないだろう。

幸いなのは、城壁のおかげで民間人に被害が出る恐れが低く、背後を守りながら戦わなくてすむことぐらいだろうか。


「大侵攻の時期、ギルド長とドラゴンの戦闘がはじまる日の目安はどれくらいでしょうか?」

「5日後を目安に動くわ。

 リュッカ山脈の谷まで最短でも10日はかかるけれど、ギルド長は以前5日ほどで着いたそうだから、通信の魔導具で連絡を取り合って決行するわ。

 ただ、ドラゴンとの戦闘前に大侵攻が起きる可能性も考えて市民の避難誘導は明日から開始する予定よ」


 オリヴィアはさらりと言ってのけたが、エオドールの内壁外に住む市民は5万人はいる。

そのすべてを内壁の中、ウィードグレム内に誘導したとして、住む場所や食料は十分あるのだろうか…

 難しい顔で黙り込むランドルフたちを見やったオリヴィアは、ふわりと笑みを浮かべながら口を開いた。


「もちろん全員が無事避難生活を送れる備えはしてあるわ。

 替えの衣服はなるべく持参してもらう予定だけど、寝泊まりできる専用の建物と1ヶ月分の食料は備蓄してあるし、役人も置くから問題ないはずよ」

「それは、すごいですね…」

「これくらい当然の備えよ」


 そう淡々と言い切るオリヴィアに為政者としての貫禄を感じ、市民たちの熱い支持の一端が見えた。

やっぱすごい領主様だなぁと素直に感心していたランドルフだったが、そんなご立派な領主様がギルドの応接室にいるという現状に疑問がふつふつと湧いてくる。


「お2人がわざわざお忍びでいらしたのは何故なのでしょうか?」

「それは3つ目の脅威に関わるのだけど、…どうやらうちの城に害虫がいるみたいなのよ。

 開拓の邪魔をしようとする悪い虫が、ね」


 ふふっと花開くように笑んだオリヴィアに、ランドルフとバレットの背筋に冷たいものが走る。


「貴方も探っているようだけど、何か掴めたのかしら?」


 柔らかく細められた碧色の瞳に射抜かれたランドルフは、一瞬肩が跳ねつつも正直に答えた。

ここで選択肢を間違えるほど、ランドルフは鈍くない。


「いえ、大元まではまだ…」

「そう。貴方にまで要らぬ苦労をかけて申し訳なく思っていたの。

 でも、大丈夫。こちらでちゃんと処分しておくから、もう心配しなくて結構よ」

「犯人の目星がついているのですか?」

「えぇ。おおよそはね」


 柔らかな笑みを崩さないオリヴィアの隣でバレットは深く項垂れる。


「ごめん。俺がちゃんと務めを果たせなかったからこんなことに…」

「…貴方だけの責任ではないわ。

 貴方が政治に不慣れな分、私がもっと目を配っておくべきだったしね。

 悪いことをする者は、どんなところにもいるものだから。」

「ウッ、すみません……」


 熊のように大きな体を小さく縮こまらせるバレットにオリヴィアは淡々と言葉を紡ぐ。

そして、口を閉じたかと思うと、さらに笑みを深めた。それはもう、ゾッとするほど美しい笑みを。

 

「だけど、悪い子にはちゃんと罰を与えなくては。

 エオドールの民に不利益を被らせ、行政に携わる者達の信頼を貶めたこと。

 そして、我が兵士6名の命。

 しっかり償ってもらう。」


 長いまつ毛の下、碧色の瞳に鈍い光が宿る。

オリヴィアの圧に場が支配される中、次に口を開いたのはランドルフだった。


「すでに確保されているのですか…?」

「いえ、それが証拠をなかなか残さない子がいるのよ。

 だから、バレットと一緒に城を抜け出してきたの」


 オリヴィアの答えにランドルフは首を傾げる。

受付嬢もまた笑みを崩さぬまま、内心首を傾げていた。

そんな2人を前にオリヴィアは、くすりとどこか少女めいた悪戯な笑みを浮かべる。


「だって、警戒心の強い害虫にとっておきの餌を仕掛けるなら、家主は隠れていないと。食べてくれないでしょう」


「ね?」と薔薇色の唇に笑みをのせ、オリヴィアは豊かなブルネットの髪を優雅になびかせた。


 

・城主→領主に変更しました(26/04/17)

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