3話 出会い
その日、ゼイド・ハンバートは冒険者ギルドの依頼ボード前でため息をついていた。
依頼ボードには、Eランクの薬草採取に清掃依頼、よくてCランクの魔獣討伐ぐらいしかなく、ゼイドが狙うBランク以上の魔獣討伐は1つも残っていなかったからだ。
ただでさえ、パーティーを抜けたゼイドは、任務内容を吟味する必要があるというのに…
気落ちするゼイドは、今朝の出来事を思い起こす。
今日は朝から運が悪かった。
宿周辺で唯一生き残っていた井戸の魔導具までもがついに壊れてしまったのだ。
そのため、隣町の井戸に向かえば同じことを考えた連中の長蛇の列。水を手に入れる頃には、朝一の依頼の張り出し時刻はとうに過ぎていた。
最近は魔獣の討伐依頼が多かったため、まだ残っているかもと淡い期待でやってきたゼイドだったが、とんだ無駄足になってしまった。
もう一度大きなため息をこぼして立ち去ろうとしたゼイドだったが、背後からふってきた声に足を止める。
「おっ!ちょうどいいところにいたな。
ゼイド、お前どうせ今日は依頼もねぇし暇だろ?
ちょっと登録試験の監督役引き受けてくれよ。」
「はぁ!!?」
ゼイドにそう声をかけたのは、エオドールの冒険者ギルドのNo.2・副ギルド長のランドルフだった。
まだ年若いが、エオドールどころか聖国内でも指折りの冒険者だといわれている男だ。
2m近い長身に加え、鍛え上げられた肉体が服越しからもわかるが、広い肩に反して腰が細く手足が長いせいか熊というよりネコ科の肉食獣のような雰囲気がある。
噂で獣人族の血が混じっていると聞いたことがあるが、それも納得するくらいの体格の持ち主だ。
絶対本人には言わないが、魔法剣士のゼイドにとってはまさに理想の肉体だった。
「なんで俺がそんな面倒くせぇことしなくちゃなんねぇんだよ。」
「おや?そんなこと言っていいのかな〜ゼイド君。
この間の元パーティーとの揉め事で減点になってんのによ」
「っクソが…」
ニヤニヤと笑いながら指摘してくるランドルフにゼイドは思わず舌を打つ。
不正を働いていた元パーティーメンバーと喧嘩になったのが1週間前。
あんな奴らに未練は一切ないが、その時の乱闘騒ぎでギルド内評価が減点された上に、フリーになったことで受けられる任務まで減ってしまった。
このままでは期限までに目標の討伐数に届くかどうか…
そう内心で焦りを滲ませるゼイドの肩にランドルフが手を置いた。
「まぁ、周りの証言でお前は情状酌量の余地ありってことで減点数は少ないが、今年昇格試験を受けるんなら痛いだろ。
なんたって今年の筆頭試験管は3年前合格者を0にした1級魔法使いだって話だぜ?」
耳に痛い話だ。
ギルド内評価といいつつ、ここでの評価は外部からの素行調査で共有される重要な情報だ。
魔法使いの昇格試験は年に1回しかない。
噂の1級魔法使いが内申をどこまで重視するタイプかは知らないが、この1年の努力をそんなことで台無しにするわけにはいかない。
まあ、まだ規定の魔獣討伐数をクリアしていないゼイドは、受験資格さえ今のところ満たせてはいないのだが…
「そんなゼイド君にサービスだ。
この登録試験の監督役を引き受けんなら、社会貢献ってことで減点はチャラにしてやるよ」
ゼイドの喉がグッと鳴る。
そんなボランティアをするくらいならCランクの魔獣でも相手にした方がマシだといつもなら相手にもしないところだが、正直おいしい話だ。
年に1回しかないチャンスを棒に振らないためにも、昇格試験の不安材料は減らしておきたい。
はぁ〜〜〜っと大きなため息をこぼしたゼイドが口を開く。
「わかった。その話受けるぜ。
んで、どんな厄介ごとなんだ?」
ランドルフの眉がぴくりと動く。
そして、街に出れば娘らが姦しく騒ぎたてるほど甘く整った美貌がゼイドの顔を覗き込む。
そこには切れ長の青灰色の瞳を三日月のように細め、片方の口角をつり上げた嫌な笑みが浮かんでいた。
「言っただろ。ただの登録試験の監督役だ」
「ただの登録試験のために副ギルド長様が監督役を頼みにくるなんざ厄介ごとに決まってんだろ」
「知らなかったのか?ギルドは万年人手不足なんだよ。
まぁ、ちょっと気になることはあるが、お前は普通に監督役をするだけでいい」
絶対何か隠してんだろと顰めっ面を隠さないゼイドの背を軽く叩き、ランドルフは受付カウンターを指さした。
「ほら、今あそこで受付してる兄妹が受験者だ。
兄の方はお前と同い年くらいっぽいし、お友達になれるかもよ。
お前、友達いないし」
「友達ぐらいいるわ!!!」
「でも、いつも1人じゃん。
あ、すまん。あんま触れられたくない話だよな…」
「ふっざけんな!!オモチャにしてんのバレバレなんだよ!!!」
「お2人ともそれ以上騒ぐのであれば叩き出しますよ」
その氷のように冷たく抑揚のない声が落ちた瞬間、ギルド全体が静まり返った。
ゼイドたちの前には受付にいたはずの受付嬢が瞳に冷たい光を宿して立っていた。
「「すまん/すみません」」
「まぁ、よいでしょう。
ちょうど登録試験の監督役を探していたところです。
ゼイドさんなら監督役の条件をクリアしていますし、本日の予定がなければ彼らの監督役をお願いできますか?」
ゼイドは受付嬢の後ろに立つ兄妹を見やった。
赤髪の男と淡い琥珀色の髪のガキ、この2人のお守りかと顔を歪ませる。
そして、チラリと横目でランドルフを確認したゼイドは、ため息とともに了承した。
「いいぜ。俺はゼイド。Bランクの冒険者だ。
お前らは?」
「私はクロシェです。先ほど仮登録をしたばかりです。
こっちは兄のアロイスです。
よろしくお願いします。」
そう言って妹の方が綺麗なカーテシーをした。
こいつら、まさかお貴族様じゃなぇだろうな。
そういう面倒は避けてぇんだが…
そんなことを頭の片隅で考えつつ、ゼイドは『にしても、』と心の中で呟き、兄を睨み付けた。
「おい、むっつり黙り込んでるお前は口がきけねぇのか?」
「すみません!兄は人見知り?が激しくて…」
「あ゛ぁ!?冒険者なめんなよ…!この場で不合格にしてやろうか!?」
あわあわと狼狽える妹に対して、自分のことだというのに表情ひとつ変えない兄にゼイドの血管がさらにキレそうになったところでようやく兄の方が口を開いた。
「不合格は困る。」
「チッ、んなら妹に任せずちゃんと話せや。
次はねぇぞ。」
むっつりと口を閉じる兄にこいつわかってんのか?とゼイドが再び怒鳴りつけそうになったところで受付嬢が割って入った。
「自己紹介はすみましたね。
では、任務内容の確認です。
今回の任務は第三の門近くの森での薬草採取です。
最近はスライムくらいしか魔獣は出ないと言われていますが、城壁外の任務になりますので魔獣との遭遇に十分注意してください。」
「わかりました!」
はやくも不穏な気配を漂わせる男2人をよそにクロシェが元気よく返事を返す。
「クロシェさんとアロイスさんは本日エオドールに来たばかりとのことですので、案内も頼みますよゼイドさん。」
「……わかったよ」
ゼイドが了承するまで圧を続けた受付嬢は、言質をとると改めて口を開いた。
「では、ご武運を」




