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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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34話 魔法道具


 気まずい空気の中、この話を終わらせるべく口を開いたのはゼイドだった。


「あ〜、ならこれ以上携行品を減らすのも悪いし、また今度教えてくれ」

「はい!…そうです!水筒の水は残ってますか?なければ補充しますよ!」


 クロシェもまた話を逸らそうとゼイドの水筒に目をつける。ゼイドが目覚めた時に水を一気に飲む姿を目にしていたクロシェは、水筒の残りは少ないはずだと見当をつけていたのだ。

 

「ほとんど入ってねぇが、それくらい自分で補充してくる。

 どこでもらえるんだ?」

「いえ、私が生活魔法で増やしますので大丈夫です!」


 そう言って水筒を手にしたクロシェにゼイドが待ったをかける。


「おい、野営中に生活魔法といえど無闇に魔力を消費するな。

 今日は回復魔法で相当魔力使っただろ」


 回復魔法はただでさえ魔力消費が激しい。

さらに、今回は治療した人数に加え、負傷の度合いからいって一般回復魔法よりもさらに高難度の回復魔法を使ったはずだ。

消費した魔力量を考えると、本来なら途中でぶっ倒れてそのまま数日寝込んでもおかしくない……というより、むしろ寝込んでいない方がおかしい。

寝込むどころかけろっとしているところを見ると、クロシェはかなり魔力が多いのだろう。

 それでも、壁があるとはいえ、ここはまだ魔獣が蔓延る魔の森。いつ魔獣の襲撃があるとも限らないのだ。

魔力消費が少ない生活魔法といえど、おそらくこの場で唯一の回復役であるクロシェの魔力はなるべく温存させたい。


 そう状況を深刻に、というより冒険者の常識に則って考えるゼイドとは対照的に、クロシェはふわふわおっとり笑みを崩さず口を開いた。


「これくらいなら誤差の範囲の魔力しか消費しませんから大丈夫ですよ!まだ魔力は十分ありますし!」

「誤差って言ってもな…」


 渋るゼイドに首を傾げるクロシェは野営の準備の時を思い出し、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

 

「そういえば、皆さんあまり生活魔法は使わないのですね。野営の時は特に便利だと思うのですが…」

「そりゃあ、なるべく魔力を温存するためだ。あとは、戦闘系の魔法使いは生活魔法が苦手な奴も多いからな」


「なるほど?」と首がこてんと傾くクロシェは、生活魔法なしでの野営を想像した。


「えぇ!?でも、生活魔法がなかったら、お料理もお洗濯も大変です!特にお洗濯や体を清めるのは水辺がないところではどうするのですか!」

「いや、しねぇけど」

「ぇ?」

「まぁ、綺麗好きな奴は水で濡らした布で体を拭くくらいはするかもしれねぇが、野営でそこまで気にする奴はいねぇよ」


 その言葉にクロシェはピシャリと雷が落ちたように体が固まる。

 なんて?なんて、仰いました…??

頭が理解を拒み、ふわふわと意味のない言葉がクロシェの脳内を漂う。どうして、なぜ、そんな、うそ…………

  

「……野営って過酷なのですね」

「まぁ、人によってはな」


 野営の認識の違いにショックで打ちひしがれるクロシェとそれに白けた目を向けるゼイド。

そんな2人を前にレイは苦笑をこばしながら口を開いた。

 

「でも、最近は野営用の魔導具もあるらしいよ。

 まだ種類は少ないけど、そのうちもっと便利なものがでてくるかも」

「野営用の魔導具!

 そうです!魔導具なら魔力の心配なしに誰でも魔法が使えます!」

「って言っても、俺はランプぐらいしか見たことねぇが、他にもあんのか?」

「え〜と、火打石代わりになる火種の魔導具は確かあったはず…」


 再び場が静まり返る。

ランプの魔導具は野営に限らず、最も普及している魔導具の一つだ。魔石の消費が少なく、手軽な照明として今では平民でも一家に一台はあると言っても過言ではない。

野営でも、風や振動の影響を受けず、火災のリスクもないため、とても重宝されている魔導具だ。

しかし、火種の魔導具とやらは火打石代わりらしいが、火打石なんて10歳の子どもでも使いこなせるのだから、需要はあるのだろうか。


「…まぁ、野営は不便なのが基本だしね!

 だけど、快適さを求める人は生活魔法が得意な魔法使いをお供にしたりするみたいだよ。

 僕もあのパンのためだけでもクロシェちゃんに毎回調査に同行してほしいくらいだ。ちゃんと報酬は払うから」


 クロシェは面白い冗談を聞いたとばかりにくすくす笑っているが、レイの瞳はどこまでも真剣だった。


「ふふっ、なんだか知らないことばかりでびっくりです。

 とりあえず、水筒の水を増やすくらいでしたら霞のような魔力しか使いませんからこのまま補充しますね」


 そう言ってクロシェは魔法を発動させると、瞬時に水筒の水を満タンにしてゼイドに差し出した。

水筒を手にしたゼイドはさっきまであと一口くらいしか残っていなかったはずの水筒にしっかりと重みがあることに目を瞬く。


「へぇ、便利だな」

「えぇ!これは水を増やす生活魔法なのです!

 少しでも水が残っていれば攻撃用の水魔法よりも圧倒的に消費魔力を抑えて水を何倍にも増やせるので、長旅でも重宝しますよ!

 飲み水だけでなく、体を清めたり、お洗濯にも使えますから!」

「確かにその魔法が使えたらかなり便利だよね」


 野営、特に長期野営などでは水の確保は死活問題だ。

魔法使いなら水魔法でどうにかなると思われがちだが、ある程度の使い手でないと魔力をセーブしながら必要な量の水を生み出すのは難しい。

そもそも水魔法に適性のない者が魔力のみで水を生み出す場合、相当魔力を消費する上に、生み出した水を操って器に入れるのも意外と難しいのだ。

 クロシェのように生活魔法が得意な者なら、魔力消費も少なく水を生み出せそうだが、特に冒険者のような荒事を生業にしている者は得てして生活魔法が苦手なのでそれも難しい。

そして、非常事態ならまだしも、いつ魔獣に襲われるかわからぬ野営では魔力はなるべく温存するのが基本だ。


 魔力を温存…と考えたところで、ゼイドの中で何かが引っ掛かった。

そして、横に置かれていた自身の剣が目に入る。


 そう、自分の魔力は使わずに、水を生み出せたら……


「なぁ、その生活魔法を魔導具にできないのか?」


 ゼイドの言葉にクロシェは腕を組み、う〜んと唸りながら頭の中で検討する。しっかり考えてみたものの、クロシェの答えは最初の直感と同じだった。


「難しいですね…生活魔法は特に魔力操作が繊細ですから、魔法陣に組み込むのが難しいのです」

「なら、魔力操作を魔法陣に組み込まなければできるか?

 俺の剣もそうだが、魔法兵装が魔法使いしか使えねぇってことは刻まれてる魔法陣に魔力操作は組み込まれてないんだろ?」


 ゼイドの問いかけにクロシェは目を瞬く。


「確かに魔法兵装の魔法陣には魔力操作は組み込まれていませんが…」

 

 魔法兵装とは、魔法陣が刻まれた武器や防具などを指す魔法使い用の装備だ。魔法使いが使用すれば装備に刻まれた魔法陣の魔法を行使することができる特殊な武具。

 自身で魔法を行使するのと何が違うのかというと、一つは発動時間の短縮。魔法陣がすでに刻まれているため、自身で魔法を発動するよりも早く魔法を行使することができる。

もう一つは、魔法発動の隠蔽に優れている点。無詠唱かつ魔法陣の顕現なしで魔法を発動できるため、特に対人戦闘では有利になる。

そして、もう一つが、


「魔法兵装には魔石から魔力を補うものもある。

 自身の魔力を消費せずにその生活魔法を使えるなら、野営にも適してる」

「確かに、理論上は可能ですけど…でも……」


 クロシェの頭の中でめまぐるしく思考が駆け巡る。

確かに、理論上は可能だ。

魔導具の開発に制限がある主な理由は、魔法陣に魔力操作を組み込む必要がある点。

その魔力操作を使用者が担うのであれば、魔法陣は既存のものをそのまま流用することができる。

適切な素材に魔法陣を刻み、魔石と繋ぐ導線や起動制御を組み込めば成り立つだろう。

その仕組みで魔法が発動することは魔法兵装ですでに立証済みだからだ。

 

 しかし、一点問題がある。


「でも、それだと魔法使いしか使えません…」


 魔導具は()()()使()()()魔法の道具。その前提が変わってしまうのだ。


「そうだが、特に長旅だったり、長期野営するような奴らだと、同行者の中にだいたい1人は魔法使いがいる。

 魔法使いだけでも使えたら、野営ではかなり便利だと思うぞ」

「確かに!自分の魔力を使わなくてすむし、魔石の魔力量である程度水の量も調整できそうだから、魔力操作が大雑把な僕でもなんとかなりそうだ!」


 盛り上がる2人にクロシェは戸惑いが隠せず、おずおずと尋ねた。


「あの、でも、魔法兵装と違って魔力を魔石で補うくらいしかメリットがないのに、需要はあるのでしょうか?」

「そりゃあ、あるだろ。俺なら買う」

「僕もほしいよ!」


 前のめりな2人にクロシェはさらに戸惑った。

そんなクロシェの様子を不審に思ったゼイドとレイは何故だろうかと考え、ある懸念に思い当たる。


「もしかして、結構高くなるのか?」

「魔法兵装もかなりお高いからね。特に魔石を組み込んだものはさらに高くなるから…」


 そう、魔法兵装は高い。

それはもう、同じ武器でも魔法陣の有無だけで金額が3〜5倍に跳ね上がる。魔石を組み込んだものなんて10倍、あるいはそれ以上の金額でやり取りされている代物だ。

 いくら野営に便利な道具といえど、金貨何十枚、何百枚もするものでは一部の金持ちか好事家くらいしか需要がないだろう。


「いえ、簡単な仕組みで作れそうですので、ポットに仕込むくらいでしたら、素材にもよりますが、金貨1枚もかからないと思います」

「そうなの!?それなら、ぜひほしいよ!!」

「俺も」


 2人の反応に戸惑い続けるクロシェは、意を決して口を開いた。


「でも、魔法使いしか使えないのですし、必要ないのでは?

 魔力を使い切った状況でも水を確保できるように備えて、ということでしょうか?」

「はぁ?さっきまでの話ちゃんと聞いてたか?

 魔法使いでも生活魔法が苦手な奴は多いんだよ!

 それに、野営ではたとえ魔力が十分あったとしても、なるべく魔力の消費を抑えるのが鉄則だ!」

「えぇ、でも、苦手な方でもわざわざ魔導具を使わなくてもよいのでは?

 それに生活魔法はほとんど魔力も消費しませんし…」

「はぁ??」


 話がいまいち噛み合わないクロシェとゼイドに、2人の話を冷静に聞いていたレイはあることに気がついた。


「クロシェちゃん、もしかして、生活魔法が苦手な人のことを得意ではないくらいの認識だったりする?」

「…?はい。そうですが…」

「はぁ!?」


 ゼイドの怒号のようなその声に、クロシェの肩どころか体がぴょんっと跳ねる。


「お前、生活魔法が苦手な奴ってのは、できねぇのと同じ意味なんだよ。

 確かに魔法をよく知らねぇ奴の中には、戦闘魔法の方が派手だから難易度が高く、生活魔法は楽に習得できるって考えてる奴もいるが、魔法は基本相性やセンスで決まる。

 魔法使いでもできる奴はできるし、できねぇ奴はできねぇんだよ!」


 ゼイドの怒声混じりの勢いに押されつつ、その内容にクロシェはぽかんと口を開け、目を見開いたまま体が固まってしまった。

 クロシェの脳裏に、魔法を習い始めた幼い頃の記憶がよみがえる。


 そんな、まさか……


「あの、生活魔法は魔法の基礎と教えられていたので、てっきり魔法使いなら皆さん使えるものだと思っていました……」

「はぁ!!?そういや、回復魔法でも似たようなこと言ってたな…やっぱ魔法の常識絶対間違ってるぞ……

 エオドールに戻ったら基礎魔法学の教科書でも読んどけ」


 怒りを通り越して呆れに変わるゼイド。

そんなゼイドが口にした基礎魔法学の教科書は気になるものの、クロシェの頭は魔導具に関する思考で埋め尽くされ、考えがめまぐるしく駆け巡っていた。

 そして、結論が導かれた瞬間、クロシェはゼイドの手を取り、固く握りしめていた。

 

「天才です……!ゼイドさん、天才すぎますっ!!!!!」

「は…?」

「魔導具とは、誰もが使える魔法の道具という大前提、根底ともいえる理念と、生活魔法は魔法使いなら誰もが使えるという魔法の認識の違い。

 その2つによって私が考えもしなかった、いえ、きっと誰もが魔導具の理念によって失念していた発想をゼイドさんは閃いたのです…!!!

 魔法使い向けの魔導具…仮に魔法道具と名付けましょう!魔法道具は魔法使いしか使えないという縛りはあるものの、形にできれば、これまで魔導具にできなかった数々の魔法陣を活用できます!!

 きっと歴史を変える発明になります!!!」


 瞳を輝かせ、熱い想いを全力投球で発するクロシェのその熱弁に、正面で浴びたゼイドも、そしてレイもまた圧倒される。

その後も規格や構造についてあれこれとぶつぶつ呟くクロシェにドン引くゼイドは、とりあえずと握られたままの手を振り払った。


「で、結局作れるんだな。それも金貨1枚で」

「はい!!金額は素材によるので、さらに安くすることも可能です!

 あぁっ、魔法道具でしたらこれまで実現できなかったあんな道具やこんな道具も……いえ、でもやはり魔法の道具は誰もが使えてこそ…!いずれは魔導具にもできるように魔法陣を改良してみせます!!!」


 頬を赤らめ、うっとりと吐息混じりに呟いたかと思えば、ぐっと拳を握り締め、闘志を燃やすクロシェ。

そんなクロシェの熱にすでにだいぶ心の距離をとっていたゼイドは凪いだ瞳を向けつつ、「とりあえず、水を増やすポットは作ってくれよ」とこぼすのだった。

 


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