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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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31話 Aランク


 砦では変わらず天喰狼ロドルグレーディヴルフが猛威を振るっていた。

 

 共に戦った魔法剣士の男をクロシェたちに託し、砦へと戻ったゼイドは即座に体内に魔力を巡らせ、強く地面を踏み込んだ。

熊の獣人の背後を狙った爪を剣で弾き、着地と同時に魔力を込める。


風の裂開(スキス ヴェンティス)


 ゼイドの放った斬撃を天喰狼ロドルグレーディヴルフは尾で軽く薙ぎ払う。

思わず舌を打ちつつもゼイドは剣を構え、天喰狼ロドルグレーディヴルフの出方を窺いながら声を張り上げた。


「近くに他の部隊はいるのか?」

「東に先遣隊がいる!そろそろ助けが来るはずだ!!」


 そろそろっていつだよと内心悪態をついていると、突然咆哮を上げた天喰狼ロドルグレーディヴルフの背後に大きな魔法陣が浮かんだ。


「くるぞっ!!!」


 無数の斬撃が嵐のように降り注ぐ。

捌ききれなかった斬撃に肩を抉られながらも、ゼイドは致命傷を避け、剣を振るい続けた。


 やっと、終わったのか─────?

 土埃が舞う中、片膝をつきつつもなんとか耐えきったゼイドは咳とともに口から流れ出た血を拭い、立ち上がった。

 周囲に目を向けると、立っているのは3人。

地に臥した豹の獣人の胸が上下しているのに内心安堵しつつも、心臓にヒヤリと冷たいものが撫でる。


 均衡が崩れてしまった。

ゼイド以外の面々も満身創痍の上、これまで天喰狼ロドルグレーディヴルフ2体を相手に凌ぎきっていたのは彼ら4人の巧みな連携の賜物だ。

ぽっと出のゼイドが加わったところで、その穴を埋められるとは思えない。


 そして、焦るゼイドたちの心情などは、当然考慮されない。

一気に距離を詰めてきた天喰狼ロドルグレーディヴルフを前に、ゼイドは何度目かの舌打ちをして覚悟を決めた。


風の断裂ルプトゥーラヴェンティス


 首を狙った鋭い風の刃が天喰狼ロドルグレーディヴルフの前足を裂いた。

鮮血が舞う中、天喰狼ロドルグレーディヴルフは裂かれた前足を振り下ろし、地面を割る。そのままの勢いで突進してきた天喰狼ロドルグレーディヴルフの鋭い爪がゼイドを襲った。

なんとか凌いだものの、避けきれなかった刃がゼイドの右足を裂く。

 一旦距離をとったゼイドは、剣を構えながら天喰狼ロドルグレーディヴルフの出方を窺った。


 ゆらゆらと2体が体を交差させながら、尾を絡める。

 こちらを見下ろす瞳が三日月のように湾曲した。


 クソッ、遊ばれてやがる──────


 じくじくと痛む右足で地面を強く踏みしめながらゼイドは奥歯を噛んだ。

 もう魔力もほとんど残っていない。

ゼイドが使える最高出力の魔法さえきかない目の前の魔獣2体を前に背筋に嫌な汗が流れる。


 クソッ!まだ来ねぇのかっ!?

ゼイドの内心の悪態がいまだ影さえ見えぬ先遣隊へと向かう中、再び天喰狼ロドルグレーディヴルフの背後で魔法陣が光りだす。


 やばいっ、今度は捌き切れねぇっ…!!

目の前に迫る()に息を呑んだゼイドだったが、彼らに斬撃は降り注がなかった。


 キンッ────────


 澄んだ音が響いた直後、横一閃───空間を裂くような鋭い斬撃が森を引き裂く。


 地響きと共に背後で土埃が大きく舞った。

振り返ったゼイドのこめかみに汗が一筋流れる。


 大丈夫、大丈夫だ。あの方向はクロシェたちがいる場所じゃねぇ。

白んだ頭で最悪の事態でないことを理解したゼイドは、詰まっていた息を吐き出した。

 

 それでも、この嫌な予感は無視できなかった。


「おいっ!今の斬撃の範囲外の森にケガ人を集めた救護所がある!強力な結界をはれる奴はいるか!?」

「っ無理だ…!さっきの斬撃を防げるほどの結界をはる魔力は残っていない…!!」


「クソッ」とついに悪態が口からこぼれたゼイドの視界に再び魔法陣が現れる。


「クソがっ!!」

 さっきの斬撃を防ぐ術など持たないゼイドは、剣を握り、目の前の脅威へと突っ込むことしかできなかった。

そんなゼイドの突進も、もう1体が尾で軽く払いのけると同時に、キンッと澄んだ音が場に響き渡る。


 ゼイドはその魔法陣の光をただ目に映すことしかできなかった。


 クロシェたちがいる森へと放たれた斬撃を呆然と見つめるゼイドの瞳に人影が一つ映る。


土の堅陣(ローブル テッラ)


 一瞬にして生まれた巨壁が斬撃の前に立ちはだかった。

ドンッと重い音と共に舞った土埃で視界を塞がれたゼイドたちは、ただ祈るようにその煙が晴れるのを待つ。

そして、開けた視界には巨大な壁が変わらず森の前に立ちはだかっていたのだ。


 ドッと押し寄せる諸々にゼイドは息をつく。

早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと呼吸に意識を向けるゼイドの耳が自身の名を呼ぶ声を拾った。


「よかった、無事だね…!」

「お前、なんで…」

「さっきの森を割った魔法がまた来たらまずいと思って…間に合ってよかった…」


 ほっと息をつく男を前にゼイドは呆然と立ち尽くす。

堅牢な巨壁の背後から現れたその男は、ゼイドたちの護衛対象───レイだったからだ。


 混乱するゼイドの耳に今度は蹄の音が届く。

そして、東の森から現れた屈強な兵士たちを前にゼイドはようやく安堵の息をついた。



 ・



 目を開くと暗闇の中でチラチラと点在する光と少し欠けた月の光が見えた。

寝起きでぼんやりとする頭で夜空を見つめるゼイドは、頭が覚醒するのと同時に勢いよく起き上がった。


「夜…!?いや、あの後、どうなって、」

「ゼイドさん!よかった、お目覚めになったのですね!

 回復魔法はかけましたが、怪我の具合はどうですか?」


 混乱するゼイドにそう声をかけたのはクロシェだった。

上半身だけ起こしたゼイドの隣に膝をついたクロシェは、「先にこれを」と水筒を差し出す。

促されるまま喉を潤したゼイドは、先ほどまでより落ち着いた頭で口を開いた。


「特に痛みはない。天喰狼ロドルグレーディヴルフはどうなった?」

「2体とも救援に来てくださった先遣隊の方たちが討伐してくださいました。

 しかし、Aランク2体はやはり厳しかったようで、先遣隊の方々も何名か重症を負い、馬も被害を受けたため、今日はここで一夜を過ごすことになりました。

 エオドールには明日、一部の先遣隊の方々と一緒に戻る予定です。」

「そうか…」


 天喰狼ロドルグレーディヴルフが2体とも討伐されたことにほっと息をついたゼイドは、改めて周囲を見渡す。

防具を脱ぎ、火を囲む男たちや寝ているのか臥した者たちが何人かいるのが見えた。


「砦の周りにはレイさんが魔法で堅牢な壁をつくってくださいましたので、安心してください!」


 そのクロシェの言葉に、そうだったとあの光景を思い出したゼイドが口を開こうとした瞬間、男の声が割って入ってきた。

 

「ゼイド、よかった!怪我は大丈夫かい?」


 眉尻を下げたいかにも温和そうな男───レイがクロシェの横に腰を下ろした。


「…問題ない」

「よかった!ゼイド以外のケガ人も全員クロシェちゃんが治してくれたから、今日はもうゆっくり休んで明日の帰り道に備えるだけで大丈夫だよ!

 夜の見張りは先遣隊の人たちがやってくれるそうだしね!」

「そうだ!ゼイドさん、お腹は空いていますか?

 スープの残りがまだあったはずなので、今」

「お前、何者なんだ?」


 クロシェの言葉を遮り、そう問い詰めたゼイドの言葉に場が静まり返る。

ゼイドの鋭い目に晒されたレイは目を瞬き、気まずげに視線を逸らした。


「何者って、ただの歴史研究者だよ」

()()()歴史研究者がAランクの魔獣の魔法を防げるわけねぇだろ」


 眉間に深くシワを刻み、顔を顰めるゼイドにレイは弁明するように口を開いた。


「僕はよく遺跡調査で森に入るって言っただろう?

 森の奥深くまで行くとどうしても高レベルの魔獣が多くてね、ほらっ、自衛手段は必要だし…」

「なら、なぜ護衛依頼なんか出したんだ?

 あれだけの魔法が使えるなら護衛なんていらねぇだろ」

「いや〜、その…実は魔法の調整がちょっと苦手でね…

 前回の調査で遺跡内で魔獣が暴れた時、魔法で対処しようとしたら、誤って遺跡にまで傷をつけてしまったのがトラウマで…」


 ズンっと落ち込むレイに隣に座るクロシェが何やら慰めているが、ゼイドの追求は終わらなかった。


「登録証出せ」

「え?」

「とりあえず登録証見せろよ。依頼人は任務を請け負う冒険者が身元証明を求めた場合、登録証を見せる義務がある。

 ()()()歴史研究者なら、登録証くらい見せられるよな?」

「いやぁ、…そのぉ………」


 なぜか出し渋るレイにゼイドは語気を強めた。


「ここまできて隠し事か?いいから早く出せ」


 ゼイドの圧に観念したのか、レイは携帯していた登録証を取り出し、おずおずと手渡した。

 

 一体何が書かれているんだと訝しみながら登録証を受け取ったゼイドは、2つの意味で驚いた。


 

「お前、──────」

 


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