29話 壁
アロイスの言葉に緊張が走った。
一斉に立ち上がり、クロシェは魔法杖を、ゼイドは剣を、アロイスは槍を固く握りしめる。
皆が襲撃に備える中、再びアロイスが口を開いた。
「まだ距離はあるが、こちらの様子を伺いながら詰めてきている」
「6、いえ8体います」
クロシェの言葉にゼイドの口角は自然とつり上がった。
ゼイドとアロイスがクロシェとレイを挟むように前後に立ち、各々の武器を構える。
「俺とアロイスで叩く。
クロシェはレイと一緒に結界にこもってろ。
もし援護できそうなら頼む」
「はい!」
クロシェは返事をするのと同時に防御結界を展開した。
さらに身体強化を鼻から目に集中させて周囲の魔力を探ったクロシェは慌てて口を開く。
「すごい勢いでこちらに向かってきます!
もうすぐ目の前にっ」
「きた」
そう言ったのはゼイドだったか、アロイスだったのか。
最初に突っ込んできた鉄脊狼を2人はそれぞれ薙ぎ払った。
風の斬撃で一体倒したゼイドだったが、鉄脊狼 は強靭な脚力を武器に2、3体で連携しながらこちらを翻弄してくる。
さらに、鉄のように硬い体のせいで決定打がなかなか決まらず、剣を大きく振って一旦後退したゼイドは舌を打った。
「土の荊棘」
鉄脊狼 の周囲の地面が変形し、土でできた荊棘がその足を絡めとる。
クロシェの魔法によって脚力を封じられた鉄脊狼を前にゼイドは剣を静かに構えた。
剣に刻まれた魔法陣が鈍く光る。
さらに魔力を強く流し込み、ゼイドは大きく薙ぎ払った。
・
「よし、魔石も全部剥ぎ取れたな」
襲ってきた鉄脊狼8体を無事倒し、その体内の魔石を回収したゼイドは満足げに口角を上げた。
目標の討伐数まであと13体。ここ最近は魔獣の討伐数が0だったこともあり、一気に8体もBランクの魔獣を討伐できたことにゼイドはほっと息をついた。
「ゼイドさんも怪我はありませんか?」
結界を解除したクロシェとレイ、そしてアロイスがゼイドのそばにやってきた。
「問題ない。魔法の拘束、ありがとな」
「よかったです!こちらこそ、討伐お疲れ様でした!」
「3人ともありがとう」
無事魔獣を討伐できたことで一瞬空気がゆるむが、他の魔獣が血のにおいを嗅ぎつけて寄ってくる前にこの場を離れようと移動する。
森の奥へと進みながらも身体強化で鼻を強化し続けているクロシェは、周囲のにおいから他に魔獣がいないことを確認し、ほっと息をついた。
そして、隣を歩くレイを見上げ、気になっていたことを尋ねようと口を開いた。
「鉄脊狼が出たってことは遺跡も近いのでしょうか?」
「いや、遺跡はもっと奥のはずだよ。
こんなに手前で遭遇するとは思わなかったな」
「ここってまだ手前なんですね…」
レイの言葉にクロシェは内心慄く。
今日中に宿に帰れるのかしらと不安に思っていると、背後の気配がいつもと違うことに気がついた。
「ロロ、何かあった?」
「…ボスがいなかった。」
「え?」
「さっきの魔獣の群れ、ボスがいなかったんだ。
それに幼体が多かった。」
「それって…」
「おい、何話してんだ」
背後でボソボソと何やら話し込んでいることに気づいたゼイドがそう声をかけると、クロシェとアロイスはお互い目を合わせて頷いた。
「先ほどの群れなのですが、敗走もしくは逃走中の群れだった可能性があります」
「あ?どういうことだ?」
「先ほどの群れにボスがいなかったこと、そして幼体が多かったということにロロが気づいたのです。
そのため、先ほどの群れは子どもを逃がそうとしていたのではないかと…」
「ボスはわからねぇが、そんなに幼体いたか?」
「…ほぼ成体になりかけだったが、幼体が4体いた」
「半分じゃねぇか」
思わずゼイドは唸った。
回収した魔石の質に差はほとんどなかったため、幼体が混ざっているとは思わなかったが、成体になりかけならあり得る話だ。
そして、魔石の質に差がないということは群れのボスがあの中にいなかった可能性は高い。
魔石の質は魔獣の強さに比例する。そのため、魔獣の幼体の魔石は等級が1ランク落ち、成長するにつれ蓄積された体内の魔力によって魔石の質も上がる。
群れのボスともなれば、他と比較して明らかに質が高くなるものだ。
アロイスの言葉通り、群れの半数が幼体だったというなら敗走中か逃走中の群れと考えるのは自然だなとゼイドは内心で独りごちる。
問題は鉄脊狼のボスを討ち取った、もしくは交戦中の相手だが……
「この近くに他に魔獣はいるか?」
「いえ、私が感知できる範囲にはいません。
ロロはどう?」
「いない。だが……」
そのまま黙りこくったアロイスにクロシェが心配そうに顔を覗きこむ。
そんなクロシェに根負けしたアロイスが再び口を開いた。
「ここにたどり着くまで、異なる魔獣の痕跡がいたるところに残っていた。
本来、この辺りは鉄脊狼以外の群れがいくつか生息していたようだが、一体も出くわさないことを疑問に思っていた。」
アロイスの言葉にレイは一つの可能性に思い当たった。
「あぁ!もしかしたら、近くに開拓の先遣隊の砦があるのかもしれない。
ここよりも北側、第三の門寄りの森で開拓を進めてるって聞いたからね」
「なら、鉄脊狼のボスを相手取ったのも、他の魔獣じゃなくて開拓の部隊かもな」
ゼイドやレイが納得する中、クロシェは1人首を傾げた。
「そういえば、メイジーさんも開拓で人がいないと仰っていましたが、魔獣が棲みつく森に村を作るのですか?」
「村といえば村だけど、主に麦畑用の土地を開拓しているんだよ」
「麦畑!あんなにも広い麦畑があるのにですか…!?」
目を丸くするクロシェにレイは顔に小さく笑みをのせて口を開いた。
「クロシェちゃんたちもエオドールの黄金の園を見たのかな?
確かにエオドールは広大な麦畑を有しているけれど、エオドールも含め、聖国全体の人口がどんどん増加していてね…麦不足の対策として、リュッカ山脈の麓の森を開拓しているそうだよ」
クロシェの脳裏に目の前が一面黄金色に染まったあの光景が浮かぶ。
北の森を抜けた先に広がっていた地平線まで続く黄金の麦畑に衝撃を受けたクロシェにとって、あれだけの麦畑があってもまだ麦が足りないというのは衝撃だった。
しかし、ご飯が減るよりも増えた方がいいのは当然なので、なるほどとクロシェは深く頷く。
その一方で不満げに口を出したのはゼイドだった。
「にしても、こんな森で開拓することねぇだろ」
「エオドールの周辺はもうほとんど開拓済みだからね。ここしかなかったんだろう。
確かに魔獣は多いけれど、一旦間引いて壁でぐるっと囲ってしまえば何とかなるって話だよ。
村には兵士も駐在するし、最新の魔獣避けの魔導具も設置するそうだしね」
「最新の魔導具ですか!!」
魔導具という言葉に一瞬にして顔を輝かせるクロシェ。
この熱意に加えて魔導具も直せるくせに技師を目指してないってどの口が言ってんだ?とゼイドが内心で呆れる中、レイは朗らかに答えた。
「そうだよ。なんでも人には害のない魔獣避けの薬を広く散布する魔導具らしい。エオドールの麦畑で使用するために、開発された魔導具だそうだよ」
「まぁ!魔獣は嗅覚が優れている個体が多いですから、とても実用的な魔導具ですね!」
「やっぱり現場で生み出される物は実用性が違うよね!
この森の開拓村は麦畑もすべて壁で囲むそうだから、魔導具は保険として使うって話だけどね」
「麦畑も全部!それは開拓に人が必要なのも納得です…魔獣の多い森の中で広大な壁を造るのはとても大変そうですから…」
目を丸くするクロシェにレイはくすくすと微笑ましげに笑った。
「エオドールはその名の通り、壁の都市だから壁を造るのは得意なんだよ。優秀な土魔法の使い手も多いしね」
「なるほど」とクロシェが頷く中、今度はゼイドが疑問を口にした。
「その名の通りってエオドールは壁って意味なのか?」
「あぁ、エオドールは聖国の古語で壁や囲い、柵を意味する言葉なんだ。
もともとエオドールはあの城壁を指す名前で、都市の名前はウィードグレムだったんだよ。
でも、やっぱりあの城壁のイメージが強くてね。
城壁をエオドールと呼んでいたのが、次第に周囲の街や村、ついには聖都からも都市全体を指してエオドールと呼ばれるようになったために、そのまま城塞都市エオドールで定着しちゃったんだ。
ウィードグレムの名前は城や中心街の名前として残っているけどね」
話題が歴史に関することに触れたことでレイの口は止まらず、言葉にどんどん熱が入りはじめる。
「何と言ってもエオドールの城壁は古代文明の遺物の一つだからね!
あの大厄災を経ても傷一つなく、1200年経った今でも堅牢な造りを維持し続けているんだから、本当に古代文明の技術はすごいよ…!」
「やっぱり、あの城壁は大厄災前に造られたものだったのですね…!!」
何やら盛り上がりはじめたクロシェとレイにため息を吐いたゼイドが水を差す。
「どうせその大厄災を耐え抜いたってのも権威付けのための歴史の改竄だろ」
「いや、あの城壁が大厄災前に建てられたことは間違いないんだ。
堅牢な城壁があることを知っていたからこそ、聖国は聖都の外への大規模な移住計画の際に、この地を選んだわけだしね。
いまだに城壁がどうやって建てられたのか、壁を構成する素材さえわからない未知の技術が使われているけれど、その強度は確かだよ。
大厄災だけでなく、あの知の賢者が放った魔法さえも効かなかったといわれているんだから!」
「いや、その知の賢者も御伽話だろうが」
「御伽話ってのは、元になるお話があるものさ。
それに、知の賢者は公式の記録が残っているんだから、ちゃんと実在する人だよ」
「他にも」とエオドールの城壁に関する逸話を意気揚々と語るレイにゼイドはうんざり、クロシェはにこにこ、アロイスは無表情で歩みを進める。
次の瞬間、ひどい異臭がクロシェの鼻をついた。




