27話 数と教育
「クロシェちゃんは随分魔法や魔導具について詳しいんだね」
そうおずおずと口にしたのはレイだった。
「そうでしょうか…?ありがとうございます!」
「うん。まだ幼いのに本当にすごいよ」
「私は12歳ですので、これくらいの知識はあります…!」
幼いという言葉に反応したクロシェは、ちょっとだけむむっと言葉を強めて返答した。
そんなクロシェに内心12歳!?と驚きつつも、レイは穏やかに口を開いた。
「そっか。それでもすごい知識だよ。
でも、黄金の時代の話は聖国内ではあまりしない方がいいと思うんだ」
「え!?なぜでしょうか…?」
首を傾げるクロシェにレイは心苦しげに答えた。
「聖国では、自国が最も優れている国だと教えているから、大厄災前を黄金の時代なんて言ったらお怒りになる人もいるし、いらぬ争いに巻き込まれかねないからね。
さっきクロシェちゃんが大厄災前を黄金の時代って言った時、ゼイドは驚いていただろう?」
「そういえば…はい。」
クロシェは先ほどまでの会話を思い返し、そういえば魔導具の話も元は大厄災の話から始まったことを思い出した。
そして、確かにゼイドは黄金の時代を知らなかったこと、大厄災前の認識があまりに違うことも。
「ゼイドは聖国出身だよね?」
「あ?まぁ、そうだけど」
「聖国の歴史では、大厄災の年を聖歴0年、大厄災前は紀元前として暦を数えているんだ。
そして、紀元前は聖国以外、未開の大地が広がっていたって歴史を教えている。
そうだよね、ゼイド」
「…学院ではそう教わった気がする」
ゼイドは心の中で多分と付け足した。
そんなゼイドの気まずげな雰囲気など一切気にならないほど、クロシェは2人の言葉に驚きすぎて意識がどこかに飛んでいた。
あまりにクロシェが教わってきた歴史と違いすぎたからだ。
目をまん丸に見開いて固まるクロシェにレイはなるべく優しい声で語りかけた。
「でも、実際はクロシェちゃんの言う通り、紀元前は黄金の時代と呼ばれるほど発展した文明国家がいくつもあったんだ。
むしろ、当時の聖国は他国からすると一小国にすぎなかったといわれている。
今でも当時を知る魔人族や龍人族、妖精族の中には聖国を小国扱いする人もいるくらいにね」
「聖国が小国!?」
今度はゼイドが驚きで目を見開いた。
なぜなら、人間族が治める西の大国───聖国は、他国と比べても強国であるという自負があったからだ。
人間族は魔法の力があったとしても、個の力では獣人族はまだしも他種族相手では足元にも及ばない。
しかし、圧倒的な人口と他国にはない技術が聖国を強国たらしめていた。
そんな聖国と小国という言葉があまりに結びつかず、ゼイドは困惑するしかなかった。
「もちろん、現在の聖国は間違いなく大国だし強国といっていいだろう。
それは、この1200年で培った数と教育の賜物だ」
「数と教育、ですか?」
同じく困惑から抜け出せないクロシェがぎこちなく首を傾げた。
「そう。数というのは人口のことだよ。
聖国は他国と比べて圧倒的に人口が多い。
そして、この人口の多さが生きるのが教育なんだ」
さらに首を傾げるクロシェにレイは物腰柔らかに説明した。
「教育を受けられる人数が多ければ多いほど、国は豊かになる。各分野で業績を残すような卵も発掘しやすいしね。そして、そんな卵の受け皿であり、成長を育む土壌として聖国には2つの教育機関がある。
グラウネス学園と魔法学院、世界に2つしかない教育機関がどちらも聖国にあるんだ。
これは聖国の圧倒的な強みだよ」
「…でも、間違った教えを広めるのは良くないことだと思います」
レイの説明に納得しつつも、黄金の時代を未開の時代と教えるなんて信じられないクロシェは、唇を尖らせてそんな思いをついこぼしてしまった。
「そうだね。僕も歴史は正しく語り、次の世代へと繋ぐべきだと思う。
でも、元々聖国の教育は、国民の統制のために始まった部分もあるから、仕方ないことではあるんだ」
「国民の統制ですか?」
「うん。人口が肥大するに連れて、聖国は思想の多様化による国の分断を危惧したんだ。
聖国の人口の多さ、数というのは他種族と比べて個の力が弱い人間族にとって強みであることは間違いない。
だけど、数の多さは多様な考えを生み、さまざまなコミュニティを生み出してしまう。それもまた強みではあるけれど、国の統治という観点では弱みとして聖国は判断したんだ。
そこで、聖国では聖教の教えによって善悪の基準や道徳心を育み、歴史などでは聖国にとって都合のいい教育を施した。
都合がいいって言うと聖国がちょっと悪く聞こえるかもしれないけれど、特に歴史なんかは勝者が筋書きを変えることはよくあることなんだ。
紀元前が黄金の時代でも未開の時代でも、大多数の人にとっては関係のない話だしね」
「僕はとても悲しいけれど…」そうポツリとこぼしたレイの言葉には、悲痛さと共に悔しさも含まれているように感じられた。
レイが口を閉ざし、森の中に沈黙が落ちる中、次に口を開いたのはゼイドだった。
「ってことは、あんたがしてる大厄災の謎の解明ってのは、聖国にとってだいぶ都合が悪いんじゃねぇのか?」
そう問いかけたゼイドにレイは力なく微笑んだ。
「まぁね。だから僕は学園から出て、今は学院に籍を置いてるんだ。
学院は元々どんな教えにも縛られない、ただ真理のみを追求する場として創立された機関だからね」
「…俺は学院で基礎を学んだが、さっきクロシェが言ってた魔法陣や魔力操作の話は聞いたことがない。
魔工学科に進めば違ったのかも知れねぇが、魔法の三要素に関することなのに、なぜ基礎課程で教えてないんだ?」
暗に何か圧力や意図でもあるのかと問いただすゼイドにレイは柔らかく微笑んだ。




