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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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21話 炎


「逃げろ!!」

「扉が開かない!?どうなっているんだ!!!」

「こっちにくる…!はやく、はやく外に……!!」


 パニックになった入札者たちが出入り口の扉に押し寄せるが、鍵がかかっているのか外に出られない。

それでも人は扉へと押し寄せる。押しつぶされ、折り重なり、一つの塊のようなその人の群れは、引くどころかどんどん大きくなっていく。

 華やかな熱気に包まれた数刻前から一転、地下ホールは悲鳴と怒号が響き渡る混乱の坩堝と化していた。


 その現状にゼイドは思いっきり舌を打つ。

これでは獅子の獣人を探すどころではないし、捕物の計画もご破産だろう。それどころか、こっちの命さえ危ぶまれる状況だ。

手荷物検査で武器の所持は不可能、魔力封じにより身体強化しか魔法は使えない。

 そして、目の前には推定Bランクの魔獣が興奮状態で暴れている。

 

「おいっ、どこに行く気だ」


 隣で立ち上がったアロイスの動きにゼイドはそう呼び止めた。

 

「クロシェの元へ向かう」

「この状況でどこにいんのかわかんのかよ」

「問題ない」


 そう言ってアロイスが一歩踏み出した瞬間、目の前を熱が走る。


 ドンッと重い音ともに一直線に炎が燃え上がった。

 次いで、悲鳴と怒号がホール内を反響する。


 クソッ、火の魔法まで使いやがった…!!

再びゼイドが舌を打つ間にも、一角兎(ホルンハラ)はもう一発火魔法を放つ。


 オークション会場内はさらに悲鳴と怒号の嵐となった。


「おい、お前素手でも戦えるか?」

「戦えたらなんだ」

「援護しろ。連携してあいつを叩くぞ」

「……何故そんなことを」


 眉を顰めるアロイスに、俺だってやりたかねぇよと内心で悪態をつく。

 だが、────────


「これ以上火を撒き散らされたらそのうち全員丸こげだ」

「・・・」

「誰かが止めねぇと全員死ぬ」

「・・・」

「クロシェも死ぬぞ」


 ゼイドの最後の一言にアロイスは反応を示した。

鋭く尖らせた金色の瞳がゼイドを射抜く。数拍してアロイスは口を開いた。


「命知らずだな。何かあってもお前を助けるつもりはないが」

「こっちの台詞だわ、ボケ!!!」


 壇上どころかステージ付近の席には魔獣1体を残して人っこ1人いない。


 好都合だ。

体内に強く魔力を巡らせたゼイドが内心で呟く。

そして、足に力を込め、思いっきり踏み込んだ。


 ドンッ、ドガッと重たい音がホールに響く。

壇上では、暴れる一角兎(ホルンハラ)と対峙するゼイドとアロイスが一進一退の攻防を繰り広げていた。


 クソッ、魔法だけならまだしも武器がないのがいたい…!

一角兎(ホルンハラ)の爪を避けながら、ゼイドがそう内心で悪態をつく。

身体強化で底上げした拳を何発か入れることには成功したが、決定打に欠けた。やはり、魔法か武器、どちらかだけでもなければ、この現状を打開するのは厳しい。


 はぁと息を吐き出したところで、一角兎(ホルンハラ)の角に魔力が集中する。

 

 まずい……!魔法を放つ………!!


 次の瞬間放たれた火魔法を間一髪で避けたゼイドの視界に人影が一つ走った。


「……っお前!!?」


 視線の先には、魔法に突っ込むレイの姿があった。

火の粉がレイの上着に降りかかり、燃え広がる。


「転がって火を消せ!!」


 ゼイドの怒鳴り声が聞こえたのか、床に転がったレイの衣服から運良く火が消える。


「おい、お前、何してんだ!!?死にたいのか!!!?」


 うずくまるレイにゼイドがさらに怒鳴りつけるが、そんなゼイドの声にも反応せず、レイは腕に抱えたものを確認した。


「よかった…!無事だ……」


 そこには、壇上の下手に置かれていたぼろぼろの古書───グラウネスの手記があった。


「お前…馬鹿なのか…?そんなもののために死ぬところだったんだぞ」


 その声にようやく目の前に立つゼイドの存在に気がついたのか、レイは顔を上げ、ゼイドの目をまっすぐ見つめた。


「大事だよ。僕にとっては、とても、大事なものなんだ。」


 そっと柔らかな笑みを浮かべるレイにゼイドは顔を顰める。そして、横目で一角兎(ホルンハラ)の様子を窺いながら吐き捨てるように言い捨てた。


「ただの本だろうが。そんなもののために命を捨てるなんざ気がしれねぇぜ」


 ゼイドの言葉に目を瞬いたレイは、そっと瞳を伏せて口を開いた。


「君はそれを考えるだけで眠れなくなるほど、頭を占める何かはあるかい?

 それを考えるだけで胸が熱くなり、全身から力が湧いてくる。

 どれだけ時間をかけても、まだ足りないと焦燥感に駆られる何か。


 僕にはある。


 人にとっては無価値で1コルンの価値もないガラクタだとしても。

 眉を顰められ、馬鹿らしいと嘲笑われることだとしても。


 それでも、僕にとって()()は命をかける価値がある」


 そう言い切ったレイの瞳には、爛々と輝く強い光が宿っていた。

 



 ・




「ランドルフさん!外に助けは呼べないのですか!?」

「呼べたらとっくに呼んでる!!

 この空間、防音結界がはられているせいで外に声が通じないどころか魔導具による連絡も遮断されてんだ…!

 このままじゃオークション終了時間まで閉め切られたまま助けも来ねぇ!!」


 会場後方の席についていたクロシェとランドルフは、外へ逃げようと押し寄せる入札者たちの人波に巻き込まれていた。

何とか小さなクロシェが潰されないようにランドルフは壁になりながら、そのあまりの状況の悪さに舌を打つ。

 

 さて、どうしたものか。

そう周囲に意識を張り巡らせながら考え込むランドルフの視界にゼイドとアロイスの姿が飛び込んできた。

まさか、素手でBランクの魔獣相手に突っ込んでいくとは───無謀だが、確かにこのままあの魔獣が会場中で暴れ回ると拙いことは確かだ。

通常の一角兎(ホルンハラ)ではあり得ない威力の火魔法をすでに数発放っているせいで、会場の至る所で火が燃え広がっている。

このままでは、一角兎(ホルンハラ)の襲撃だけでなく、火や煙によって全滅もあり得る。

とにかく、これ以上火魔法を使われるのは拙い。

 

 俺も加勢に行くか。

そうランドルフが内心で呟いた瞬間、腕の中から高く澄んだ声が響いた。


「ランドルフさん、もしここでの異常がわかったら、助けはすぐに来ていただけるのでしょうか?」

「外には捕縛要因としてギルドの職員や警邏隊の奴らが控えてるからな。

 すぐに来るとは思うが、何か手はあんのか?」


 ランドルフの問いにクロシェはおずおずと口を開いた。

 

「このホテルの設備を少し壊してしまっても構いませんか?」



 クロシェの指示に従い、彼女を抱えたランドルフはホールの2階、サイドバルコニー席までやってきた。

ちょうどその下では一角兎(ホルンハラ)とゼイドらの戦闘が繰り広げられている。


 ランドルフの腕から下ろされたクロシェは壁の前に立ち、瞳をすっと閉じた。

そして、数拍後、そっと瞼を開いたクロシェが壁に手を当てる。


「ここです。」

「おい、一体何すんだ?」

「この会場にはられた防音結界は、おそらく結界の内側の振動を外にもらさないつくりになっています。

 魔力を含んだ振動も通さないため、魔導具で外と連絡をとることもできないのでしょう。」


 そう結界魔法の構造を説明しだしたクロシェは、ぐっと手のひらを握り込んだ。


「で、あれば、結界の外で振動をつくれば、外部の人にも伝わるはずです。」

「それってどういう」

「ランドルフさん、少し離れていてください」


 クロシェは、拳に一気に魔力を集中させる。

そして、ドレスの裾を翻し、一歩踏み込んだ。


「よいっしょぉ……!!!!」


 

 ドゴォッッッ────────



 魔力を拳に一点集中させたクロシェのその一発は、間違いなく外に振動が伝わっただろう。


 ─── 魔力封じをされたクロシェの戦闘力は赤子とそう変わらない


 そう言っていたアロイスの言葉がランドルフの脳裏をよぎる。


「これが赤子の力っておい……ドラゴンの子どもでももっと可愛いもんだぞ」


 ランドルフの目の前には、洞窟のような大きく長い穴が広がっていたのだから。

 

 そして、──────


「ランドルフさん、離れてください!」

「あ?」


 ピシリと嫌な音が小さく響く。

次の瞬間、穴の上部で剥き出しになったパイプに亀裂が入り、水が一気に噴き出した。

勢いよく噴き出したその水は下のホールへと流れ落ちていく。

 

「これである程度火が消えるとよいのですが……」


 そう呟いたクロシェにランドルフは目を見開く。


「お前、これも狙ったのか?」

「はい。と言っても、消火は副産物で本当は先ほどの振動が外に伝わらなかった場合、時間はかかりますが水が出ないことで外に異常を知らせられたらと思ったのです。

 派手に穴を開けるとこのホール自体が陥没する恐れがありましたので、なるべく使いたくない手でしたが…」

「おいおい、その割にはどデカい穴開けてるじゃねぇか」

「このホールの柱の数や壁の厚さなどから、かなり頑丈な造りであることはわかっていましたので…」


 クロシェの回答に後ろ髪をかきながら聞いていたランドルフは、どうやって水の配管の位置を、という疑問がわくのと同時になるほどと呟いた。

おそらく身体強化で聴覚を強化し、水の音を探したのだろう。

そして、身体強化を拳に一点集中させた結果が、この大穴か。

 下で出入り口の開錠と、外から味方が流れ込んできた音を耳にしながら、ランドルフは内心で独りごちる。


 

 どうやら、目の前の少女はランドルフの想像以上にぶっ飛んだ存在のようだ。

 

 

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