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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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19話 開場


「で、この格好はなんだよ」


 金糸の刺繍が袖口や胸元を飾る濃紺のフロックコートに濃紺のトラウザーズ。

コートの中にはシャツとベスト、首元にはタイとあまりに堅苦しいその格好にゼイドが苦言を呈した。


「そりゃあ、ドレスコードだよ。

 国内外から大物が集まるようなオークションだ。

 これくらいの格好もできねぇ奴は門前払いさ」


 そう言って聞かせるランドルフもまた正装を着こなし、黒髪が混じったシルバーの髪を後ろに撫で付けている。

はらりと数本額に落ちる前髪と切れ長の青灰色の瞳から漂う色気にここに町娘がいたら卒倒する危険性があっただろう。


「お2人とも素敵ですね!」


 花の冠を模した細身のサークレットが収まる深みのある蜂蜜色の髪を背に流し、胸下に絞りの入った白絹のドレスを身に纏ったクロシェが豊かな髪とドレスの裾を靡かせ現れる。

白く透き通る肌に鮮やかな緑の瞳、薔薇色の頬と桃色の唇と、髪からのぞく耳が丸くなければ妖精としか思えぬ美しさがそこにあった。


「そっちこそ、よく似合ってるぜ。

 兄貴の方もな」


 クロシェの後ろに立つアロイスもまたゼイドと似たつくりの正装であったが、上のコートは臙脂色で彼の後ろに撫で付けた燃えるような赤毛とよく合っていた。


 本当に顔がいい兄妹だな。

人の美醜に興味のないゼイドがそう感嘆してしまうほど、目の前に立つ正装を身に纏ったラスヴェート兄妹は美しかった。


「それじゃあ、段取りはさっき話した通りだ。

 これから馬車に乗って会場入りする。

 ペアでの入場になるから、俺とクロシェ、ゼイドとアロイスのペアだ。

 この組み合わせについては散々話し合ったからもう苦情は受け付けねぇぞ」


 ランドルフがそう釘を刺すのは、それでもなお不穏な空気を漂わせるアロイスが原因だった。

兄妹をオークションに潜り込ませるのは、魔力封じを施されてなお使える索敵能力を見込んでのことだ。

仮面を身につけた参加者の中で禁制品の購入者の特徴を調べ、オークション後、捕縛した者と照合する。

そのため、索敵能力のある者が1カ所に固まるのはあまりに非効率で取りこぼしのリスクが高いと言わざるを得ない。

まぁ、どちらにしても2人1組で動く場合、この兄妹では不安がありすぎるのだが。

 会場内でのペアについてその必要性と妥当性を何度も丁寧に説明し、諸々の説得を経てようやくアロイスがクロシェとの別行動に頷いた頃には日が暮れていたのだから、ランドルフたちがうんざりするのも無理はない。


「それじゃあ、馬車から別行動になるからお前らの招待状はゼイドに渡しておくぜ」


 ゼイドが招待状を受け取ると、ランドルフとクロシェは先に会場入りするために早々に馬車に乗り込んだ。

そして、馬車の窓越しにクロシェとアロイスが短い別れを惜しむ。


「クロシェ、気をつけて」

「大丈夫!ロロも気をつけてね!」


 そんな麗しき兄妹愛も束の間、


「ねぇ、使える金貨は10枚まで?でもでも、もしアンティークの魔導具や最新の魔導具があったら15枚までいい??」


 そこには、可愛らしくも金貨の枚数は可愛くないおねだりを最後まで兄に続ける妹の姿があった。


 

 ・



 クロシェとともに無事会場入りを果たしたランドルフはさり気なく会場全体を見渡す。

5mはありそうな吹き抜けのホール内は、開場前だというのにすでに熱気に包まれていた。

仮面越しではあるが、見覚えのある国内の貴族や上役に獣人族や魔人族が何人か。

1階席でこのメンツなのだから、桟敷席にはさらにVIPがいるのだろう。

まさか、このエオドール、さらには内壁の中───ウィードグレムでこんな大規模なオークションが秘密裏に開催されるとは。

 ランドルフはそう苦々しく内心で独りごちた。


 会場は、先月開業したばかりの高級ホテル。

その地下ホールがオークション会場となっていた。

まさか、地下にこんな大規模なホールを作っていたとはな、とランドルフは大きなシャンデリアや華やかなウォールライトの魔導具で彩られた空間を眺める。

ホテル内部に巧妙に隠された出入り口やホールが地下にあることを考えると、外からの侵入は容易ではない。

 ここはあまりにも犯罪を想定してつくられたとしか思えない会場だった。

表ではただの高級宿泊施設、裏では密談や裏取引といった負の温床となる光景が容易に想像できる。

一度そう思ってしまえば、華やかなレリーフや上質な床材、豪奢なシャンデリアと、この空間を彩るすべてに嫌悪しか感じられなくなってしまった。


「すごい人ですね…」


 隣に座るクロシェのその呟きをランドルフの耳が拾う。

目元を蝶を模したマスクで隠したクロシェに、せめてあと10年歳を重ねていればなぁという内心の呟きを笑みで隠し、ランドルフが口を開いた。


「何か気になるにおいはあったか?」

「う〜ん、そうですね……」


 頰に手を当てて考え込んだクロシェが首を傾げながらランドルフに尋ねた。


「あの招待状、他の方のものも独特な香油の香りがわずかにしました」

「へぇ、ってことは招待状をつくった主催者側の誰かのにおいか」

「はい。それで一つずっと気になっていたことがありまして、」


 そう一旦言葉を区切ったクロシェは澄んだ緑の瞳を瞬き、心底不思議そうに呟いた。


「レイさんの荷物からも同じ香りがしたのですが、もしかしてレイさんもここにいらしているのでしょうか─────」

 



 クロシェがランドルフにそうこぼしたのと同時刻、ゼイドとアロイスは、会場内でレイと対面していた。


「…おい、てめぇ、レイだな?

 なんだってこんなとこにいやがんだ」


 唸るような声でゼイドが目の前の男───レイを睨め付ける。

鳥を模した仮面で目元を隠したレイは、あわあわと狼狽えた。


「君たちこそどうして…」

「そっちの目的が先だ」


 厳しく問い詰めるゼイドに観念したのか、レイが声をひそめて話し出した。


「僕はこのオークションでグラウネスの手記が出品されるって噂を聞いて何とか招待状を手に入れたんだ」

「グラウネスって、あの学園の名前にもなってる知の使徒か?」

「そうだよ」


 グラウネスといえば、知の使徒にして聖国が誇る国立総合学府・グラウネス学園の創立者だ。

400年前、魔法学院が創設されるまで、世界唯一の学府だった1200年近くの歴史を持つ名門校。

つまり、現在に至るまでのあらゆる学問の大半はこの学園で生まれたと言っても過言ではない。(まぁ、特に魔法に関しては魔人族や妖精族、龍人族の後塵を拝する状態ではあるのだが……)

そんな学園の礎を築いた知の使徒・グラウネスの手記があるとすれば、聖教の連中や歴史研究者やらが大騒ぎとなる代物だ。

 いや、俺が知らないだけで割とあるものなのか?と内心首を捻るゼイドの雰囲気を感じ取ったのか、レイが熱弁をはじめた。


「知の使徒・グラウネスの手記といえば、いまだ見つかっていない幻の書物だといわれているんだ!

 グラウネスは1000年先を見通すというほど先見の明に優れた人物であらゆる学問に通じていたから、その手記にはいまだ解明されていない学説の答えや現在でも誰も思いついていないような理論が記されているのではといわれている。

 なかには、そんな物はそもそも存在しないと言う学者もいるけれど、グラウネスは筆マメなことで知られているから、手記もおそらく存在するはずだ。

 なにより、どんな内容であってもあのグラウネスの生きた文字…!一体何が綴られているのか…もしかしたら、あの4人目の聖女様のことも」

「おい、ぶつぶつうるせぇぞ」


 ペラペラと永遠に話し続けるレイにゼイドは思わず途中で待ったをかけた。

なるほど、確かにこれは最後まで話を聞いてもらえないと言ったレイの話も納得だ。マジでうるせぇ。

そう内心で悪態をつくゼイドの剣吞な様子に、レイがわたわたと謝罪をした。


「あぁ、ごめんね。つい歴史のことになると話しすぎちゃうんだ…

 ともかく、そのグラウネスの手記をどうしても手に入れたくてこのオークションに参加したんだよ」


 レイの言葉にゼイドはどうしたものかと考える。

 グラウネスの手記はランドルフから事前に聞いていた禁制品の中には含まれていなかった。

ということは、レイがここで落札しようがしまいがお咎めなしでそのまま見逃されるだろう。

ランドルフの話では、法で裁けない奴らにまで手を出すつもりはないそうだ。さらに、オークション自体は無事終わらせ、一般参加者には捕物のことすら悟らせないようにするという力の入れようだ。

なんでも、今回の参加者に大物が多いせいで、下手に大事にしたら今後どんな不利益がふりかかるかわからないからだとか。

そういった政治的な話もゼイドは反吐が出るほど嫌いなため、普段なら絶対に関わらないのだが、獅子の獣人の情報が手に入るというなら話は別だ。


 なんせ、獅子の獣人は──────


「ゼイドたちは、どうしてここへ?」


 レイの言葉にハッと意識が現実に戻る。

目の前で仮面越しですら情けない顔をさらすレイにゼイドは口を開いた。


「俺も同じだ。どうしても手に入れたいものがあったんだよ」


 ゼイドの答えにレイはなんとも気の抜けたふにゃふにゃの笑みを浮かべて「お互いがんばろうね」と言った。

その言葉を無視して立ち去るゼイドの瞳に仄暗い光が宿る。




 そう、なんとしてでも獅子の獣人の情報を手に入れる。


 そして、この手でその首を落とし、すべてを焼き尽くすのだ。


 灰も残らぬほど、徹底的に。

 


 獅子の獣人(ヤツ)は何を犠牲にしてでも俺が必ず殺すと誓ったのだから────────

 

 

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