18話 オークション
「楽しそうだねぇ、パーティー諸君」
突然背後から肩に回された腕にゼイドの心臓が跳ねる。
そして、油断していたとはいえ、腕が回されるまで一切気配に気づかなかったことに舌を打った。
「おい、離せ。ランドルフ」
「ハハッ、顔が怖いぞ〜ゼイド君」
すべてわかった上でニヤニヤと笑うランドルフの性格の悪さにゼイドが怒りを爆発させる寸前、パッと体を離したランドルフが口を開く。
「話は聞いてたぜ。とりあえず、先に護衛依頼の受付に行ってこいよ。
そっちの兄妹もせっかくだから依頼人の兄ちゃんに付き添って依頼受付の手順を見学したらどうだ?」
「そうですね!レイさん、私たちも依頼受付について行ってもよろしいですか?」
「もちろん!じゃあ、一緒に行こうか」
ランドルフの提案通り、遠足にでも申し込むように、にこにこと受付へと向かう2人とその後ろを淡々とついていくアロイスをゼイドは見送る。
その遠足がBランクの魔獣の群れ付きだとは到底思えぬ浮かれようだ。
「……昨日の件についてだが、」
「あぁ、エルフの件なら報告は受けてるぜ」
さらりとそう告げたランドルフにゼイドの目が鋭く尖る。
「つけてやがったのか」
「まぁ、ようやく現れた手がかりに繋がるかもしれない大切な情報源だ。
お前が早速聞き出してくれて助かったぜ」
ランドルフの言葉にゼイドは大きく舌を打つ。
こいつのために昨日柄にもなく葛藤したのかと思うとあまりに腹立たしかった。
「聞いてんなら用はねぇだろ。
これ以上の厄介ごとはごめんだ」
「そう言うなよ。ちょっとお前に協力してほしいことがあってな」
その瞬間、ランドルフが防音魔法を展開したことに気づいたゼイドは顔を顰める。
どう考えても厄介ごとの気配しかしない。
「実は、今日の夜アビゲイルらが言っていた裏のオークションが開かれる。」
「・・・」
「こっちでも人員は確保してんだが、他の調査にも人が必要でな。念のため、信用できる奴をもう少し潜ませておきたいんだよ」
「・・・」
「ちゃんと割り増しで報酬も払うし、評価もギルドへの貢献ってことで加点しとくからさぁ。頼むって」
無言のゼイドの態度の意図にも気づいているだろうに強引に話を進めようとするランドルフにゼイドはため息を吐いた。
「で、今度は何を企んでやがるんだ?」
「なんだかゼイド君からの俺へのイメージが気になる発言だな」
「自分の胸によく手を当てて考えてみやがれ。
どんだけ厄介ごと持ち込むつもりだ。
回りくどい言い方しねぇで簡潔に言え」
にべもないゼイドの態度に軽薄な笑みを浮かべたランドルフは今回の真の要求を告げた。
「お前のパーティー、あの兄妹と一緒にオークションに潜入してほしいんだよ」
「はぁ!!?」
「あ、潜入って言っても招待状は1組余ってて全員正規で入れるからそこは問題ないぜ」
「なんであいつらも───っ、あいつらの索敵能力か?」
予想外のランドルフからの要求にゼイドは一瞬耳がおかしくなったのかと疑ったが、あの兄妹の能力を思い出し納得した。
クロシェの嗅覚とアロイスの聴覚。どちらも潜入捜査には非常に役に立つ。オークションなんて不特定多数の人がいる場では特にな。
さらにクロシェに関しては身体強化による嗅覚の強化なのだというから他にも視覚や聴覚の強化も可能だろう。
だが、─────
「あいつらをもう信用できるって判断したのか?あの天下の副ギルド長様が」
「そこはまぁ、8〜9割ってとこかな。
まぁ、人なんて誰でも状況によってはそれくらいは裏切る可能性あんだから、十分信用できる枠に入れられんだろ」
「なら俺を巻き込むなよ。あいつらだけ行かせろ」
「お前本当にあの2人だけで潜入捜査できると思うのか?」
無理だな。
そうゼイドが内心で即答するほど、あの兄妹と潜入調査が結びつかなかった。
そして、そんな2人の手綱を握らせようとしてくるランドルフにゼイドの目がより鋭く冷気さえ帯び出した。
「俺をお守り役にすんな」
「そう言うなって。パーティーのリーダーはお前だろ?」
「魔獣討伐のためのパーティーだ。そんな面倒な任務のパーティーまで担うつもりはない」
「……今回のオークションに獅子の獣人族も参加するらしい」
そのランドルフの言葉にゼイドの目が大きく見開く。
獅子の獣人族がこんなにも近くに─────と白く染まった頭の中で呟いたゼイドは次いで奥歯を噛んだ。
「何故お前が獅子の獣人族のことを知っている」
仄暗い光を帯びた黒い瞳がランドルフを真っ直ぐ射抜いた。
「俺はここの副ギルド長だぜ?
ここを守る義務と責任がある」
「……俺が不穏因子だってか?」
「いや、ただ争いの種は把握しておきたいだけさ。
何事も情報は重要なんでな」
そう余裕の笑みさえ浮かべて告げたランドルフに胸を渦巻く感情をすべて吐き出すように大きくため息を吐いたゼイドが投げやりに口を開いた。
「なら、俺がオークションをめちゃくちゃにするとは考えないのか?」
「それはそれで面白そうだが、オークションの参加者には魔力封じが施される。
いくらなんでも、魔法が使えないのに獣人族に突っ込んでいくほどお前もバカじゃねぇだろ?」
そのランドルフの言葉にゼイドは思わず舌を打つ。
魔力封じの印がつけられては魔法は使えない。
厳密にいえば魔力を外に発することができなくなるため、魔力を体内に回す身体強化や自己治癒の回復魔法は使えるのだが、その他の魔法は一切使えなくなるのだ。
そして、仮に身体強化を使ったとしても、獣人族とそれだけで渡り合えると思うほどゼイドは自分の力を過信してはいなかった。
なんせ、獣人族は魔法が使えないかわりに身体能力が異常に発達した種族だ。
人間族がいくら身体強化で身体能力を底上げしようと、一角兎が細枝を手に岩窟熊相手に立ち向かうようなものだ。
「ちなみにこっそり潜入も無理だから諦めろ。
出入り口はすべて結界がはられていて正規の手続きを踏まないと建物に入ることすら叶わねぇよ」
「……随分と厳重なオークションだな」
「そりゃあ、半年に一度の世界規模のオークションが開催されるんだ。
出品されるものも参加する奴らも大物揃いだって話だぜ」
「そこまでわかってんならオークションが始まる前に押さえりゃいいだろ」
「それができたら苦労しねぇわな」
はぁと大きくため息を吐いたランドルフが続ける。
「裏のオークションといっても、ほとんどが違法性のない正規の品だ。
売り手の開催者はまだしも、買い手は禁制品を買ったという記録がなければ裁けない。
今オークションを押さえても、一部関わっていた奴ら、それも末端しか捕らえられないだろ。
このエオドールを舐め腐った奴らだ。絶対に逃がさねぇ。」
青灰色に冷酷な光が宿る。
全身から殺気を滲ませるランドルフを前にゼイドは口を開いた。
「なんでギルドがそこまで関わってんだ?
こんなの警邏隊や直属兵の仕事だろ」
「そいつらと連携してんだよ。あっちも開拓のせいでそこまで人がまわせねぇらしいからな」
ここでも開拓か、とゼイドは内心でぼやいた。
開拓は大いに結構だが、足元が疎かになっているこの都市の現状に余所者のゼイドはどうしても冷めた目を向けてしまう。
「魔力封じのせいで索敵能力が封じられる奴が多くてな。
そこであの兄妹2人はまさにうってつけってわけだ」
「……いいぜ。俺は参加するよ。
ただ、あの2人がどうするかは知らねぇがな」
そう了承したゼイドの背を叩きながら「いや〜よかったよかった」と笑みを浮かべるランドルフ。
いい加減ウゼェなと振り払おうとしたところで、噂の兄妹がこちらに戻ってきた。
「おっ、依頼受付は終わったのかい?」
「はい!レイさんはこの後の予定のために先に宿に向かわれました」
そうクロシェが答えた瞬間、兄妹が来る前に即座に解除した防音魔法をランドルフが再度展開する。
魔法の発動に兄妹がぴくりと反応するが、ランドルフが笑み一つで押し通した。
「お前ら、これからちょっと依頼を受けてくれねぇか?」
「依頼ですか?」
「おう。ゼイドは参加するらしいからよ、お前らもどうかと思ってな」
自分の名前を先に出すランドルフに改めてこいつは信頼してはいけない人種だとゼイドは思った。
「実は今日の夜、アビゲイルらが出品しようとしていたオークションがあるんだ。
ほとんどの品に違法性はないが、中には禁制品も混じっているらしくてな。
お前らにもオークションに参加してもらってその禁制品を購入した奴の特徴を報告してほしいんだよ」
ランドルフからの提案に目を丸くしたクロシェはおずおずと口を開いた。
「アビゲイルさんの……あの、ご協力はしたいのですが、私たちが役に立つかどうか…
私たち、身内以外で顔と名前を知っている人は10人ほどしかいないのですが…」
「少なっ!!?……いや、まぁ、それは問題ない。
どっちにしろ、参加者は全員仮面をつけるしな。
お前らに頼みたいのは嗅覚や聴覚、視覚による対象者の特定だ。
会場内には、魔力封じの印を押された奴しか入れないから、お前らの索敵能力を借りたいんだ」
「なるほど、それでしたら」
「だめだ」
それまでクロシェの隣で黙って話を聞いていたアロイスが鋭く言葉を発した。
「そんな危ないことをクロシェにはさせられない。」
ランドルフを鋭く睨み付けながらそう刺々しく告げたアロイスにランドルフは笑いながら任務内容を補足した。
「危ないことなんてないさ。
捕物はオークション終了後で、荒事は別の奴らが対応するからな。
買い手が商品購入後の手続きをしている最中に捕縛するから、むしろオークション中は揉め事を起こさないようにこっちも慎重に動く必要がある。
お前らには、オークション中に買い手の特徴を確認して捕縛された奴らと照合、取りこぼしがなかったかのチェックをしてもらうだけだ。」
「それでも、何かあった時クロシェが無防備になる。
魔力封じをされたクロシェの戦闘力は赤子とそう変わらない。」
「ひどい!!私だって身体強化で戦えます!!…たぶん」
声を上げつつも、最後には小さく保険をかけるクロシェにアロイスが小さくため息をついた。
手強そうな保護者にこりゃあ無理かもなとゼイドが高みの見物をしていると、ランドルフが「そういえば、」と口を開いた。
「オークションには珍しい魔導具も出品されるらしいぞ。
こっちが押さえた出品リストの中には魔導具関連で違法性のあるやつはなかったから、今回の任務に参加してくれんならオークションで競り落としてもお咎めなし。お前らのものになるが」
「やります!!やらせてください!!!」
食い気味にそう宣言したクロシェに隣の保護者は大きなため息をつくのだった。




