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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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16話 正しさ


 部屋でゆっくりと過ごしていたクロシェとアロイスの元に夕食の知らせが届いた。

部屋まで呼びにきてくれたレティに連れられ、食堂に向かった2人は、レティから習った通りカウンターで食事代を払い、料理がのったトレーを受け取る。


 クロシェは白い湯気がゆらゆらとのぼるメインの煮込み料理の香りにふにゃっと顔がゆるんだ。

この香りは麦殻牛(チャフフリーゼル)を骨や野菜のブイヨンで煮込んだのかしら。

黄金色のスープの中には、麦殻牛(チャフフリーゼル)と一緒にごろごろと大ぶりな根菜が沈んでいる。

もう一度すんっと香りを確かめると、香り付けのハーブ以外にも肉に臭み消しのハーブが漬けられていたことに気づき、クロシェは期待に胸を膨らませた。

 トレーを受け取った後は食堂の空いてる席で食べるのだというレティの話を思い出し、食堂を見渡したクロシェは端っこの席で食事をとるゼイドを見つけた。

 

「ゼイドさん!ご一緒してもいいですか?」


 そうにこやかに声をかけたクロシェの後ろには、相変わらずの無表情でトレーを持ったアロイスが立っている。

そんな2人を視界にとらえたゼイドは顰めっ面で投げやりに答える。


「嫌だ。どっかその辺で食ってろ」

「そんなこと言わないでください。私たちパーティーなのですから、ご飯も一緒に食べましょう!」

「だから,パーティーはお友達じゃねぇって言ってんだろうが!!」


 吠えるゼイドにも意に介さず、ゼイドの目の前の席に座ったクロシェはにっこりと笑みを浮かべた。


「でも、一緒に魔獣討伐をするなら連携と信頼はとても大事だと思います。

 一緒にご飯を食べるのは親睦を深めるのにとてもいいことですよ」

「飯食うぐらいで連携がうまくいったら苦労しねぇわ。信頼もな」

「はい。ですが、最初の一歩がなければ何事もはじまらないでしょう?」


 クロシェの言葉に大きく舌を打ったゼイドはそのままパンをかじった。

早々に食事をすませて席を立つためである。

そんなゼイドの向かいの席では、早速煮込み料理を口にしたクロシェがふにゃふにゃの笑みでもぐもぐと口を動かしていた。


 それからしばらく食事の音だけが食堂に小さく響く中、クロシェがおずおずと口を開いた。


「あの、ゼイドさん…ちょっとよろしいですか?」

「・・・」

「私、あの後いろいろと考えたのですが、明日は魔獣討伐お休みしてもよろしいでしょうか?」

「あ゛?…役場の件なら、そう時間もかからねぇだろうが。

 なんなら、おまえは問題があれば後から立ち会うくらいでもいいだろ」

「今日の井戸だけでなく、他の井戸もすべて直したいのです」


 クロシェの言葉にゼイドは顔を上げた。


「私、罪を犯しました。」

「はぁ!!?何したんだよ…まさか犯罪歴に載ってない何かがあんのか?」

「不正入城と勝手に井戸を直したことです。」


 深刻な顔で重々しくそう告げたクロシェに再び怒声を浴びせそうになったゼイドは、はぁ〜〜〜と大きくため息を吐いた。


「それは問題ねぇって言っただろうが」

「でも、私が罪を犯したことには変わりありません。」


 頑ななクロシェについにゼイドはぶちりと血管が切れるほどの怒りを爆発させた。


「ウッゼェな!!お前はこれまで生きてきて、それ以外何も悪いことしたことなかったってか!!?

 いちいちそんな終わったことでぐちぐち言ってんじゃねぇ!!!!」

「……わかってます。

 でも、私はアビゲイルさんに言ったんです。

 自分の罪と向き合って償ってください、と」


 クロシェの言葉にゼイドの眉がぴくりと動く。

そして、茹った頭の熱が少しだけ下がったゼイドは、クロシェの顔をまっすぐ見つめた。


「私、ずっと考えてたんです。

 あの時、アビゲイルさんに言った言葉は間違ってないと思っています。

 …思っていますが、私の理想を押しつけて、いたずらに彼を傷つけてしまったって。」


 瞳に暗い影を落としたクロシェは、言葉を続ける。


「人にはさまざまな事情があります。

 アビゲイルさんがしたことは確かに悪いことですが、それでもあんなことが起きてしまうなんて、あまりに、あまりにひどすぎます……

 私は結局、アビゲイルさんの娘さんも救えなかったのに、彼に罪をつきつけ、償うよう強要してしまった。

 彼はすでに何より大切な存在を失っていたのに…

 そんな私が、自分だけ周りの方の好意で罪を免れるだなんて、してはいけないことです。」


 クロシェの懺悔と決意が食堂のしんっと静まった空間に落ちる。

 ゼイドは、そんなクロシェを鼻で笑った。


「お前、何様のつもりだ?」

「え?」

「いいか、あいつは罪を犯した。

 それは変わらない事実だし、どんな事情があろうと罪は罪だ。

 あいつの身に起こったことで罪が消えることはない。」


 呆然とするクロシェをゼイドの冷ややかな瞳が射抜く。

 

「お前はあいつの娘を絶対助けるって言ってたが、この世に絶対なんてねぇんだよ。

 それも人を救うことに()()なんてありえない。」


 拳を強く握りしめ、唸るようにそう口にしたゼイドは、ふっと息を吐くとそれまでのどろどろと感情を煮詰めたような声音から一転、さらりと温度のない声で告げた。

 

「確かにおまえは正しいよ。

 正しい考えで、正しいことをしようとしてる。」


 ゼイドの黒い瞳に冷たい光が宿る。


「だが、正しさは他人(ひと)を救うためのものじゃない。

 正しさってのは、国や社会、自分を守るための方便だ。」


 そうゼイドが言い切ると、場に重たい沈黙が落ちた。

どれだけの時間が経ったのか。ゼイドの言葉を受け止めてぐるぐると思考を巡らせ続けていたクロシェは、ついにふっと肩の力を抜いた。


「人とお話しするのってこんなにも難しいんですね。

 悪い言葉を使ってはいけないのは不変なのに、正しい言葉は正しい時と正しくない時がある。」

「…はっ、悪い言葉だってそれは人それぞれだろ」

「え!?そうなのですか!?」


 はぁとため息をついたゼイドはトレーを持ち、席を立つ。

そのまま足を動かそうとしたところで、最後にこのお子様(ガキ)に伝えておこうと口を開いた。


「これは忠告だが、俺に正論ふりかざしてきたら、ぶちのめすからな」

「ゼイドさん…」


 クロシェとアロイスを冷たく見下ろすゼイドに息を呑んだクロシェが口を開く。


「ずっと気になっていたのですが、ゼイドさんの言葉ってなんだかトゲトゲでチクチクします」

「う゛っっっせぇわ!!!!」



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