14話 魔導具
宿のすぐ裏手の広場のように開けた場所にその井戸はあった。
「これが壊れた井戸の魔導具ですね」
緑青におおわれた鉄製の手押しポンプは、全体はくすんだ緑色に染まっているのに柄だけが黒く鈍い光りをまとっていた。
長い年月、人々の生活によりそってきた跡が刻まれたその手押しポンプをクロシェはそっと触れる。
クロシェはその美しい手押しポンプを前に、俄然やる気がみなぎってきた。
「あの、大丈夫かしら?」
ポンプの上部のネジを外し、蓋を持ち上げたクロシェにメイジーがハラハラと見守る。
メイジーは何かあった時のためにと宿を留守にして3人についてきたのだが、やはりこんなにも小さな子に任せても大丈夫なのか不安で落ち着きがなくなっていた。
そんなメイジーの心配をよそにポンプの内部を確認したクロシェは、水を地下から吸い上げるための心臓部───木玉に浄化の魔法陣が刻まれているのを発見していた。
「この井戸の魔導具の本体は木玉のようですね」
ポンプの中から取り出した木玉を手に、クロシェは解析をはじめる。
とは言っても、浄化の魔法陣と動力源の魔石というシンプルな構造だったため、魔導具が動かなくなった原因もすぐに分かった。
「どうやら規定外の等級の魔石を使ったことが故障の原因のようです。」
「規定外の等級?」
「はい。この魔導具はBランクの魔石で浄化の魔法陣が発動するように設定されているのですが、セットされていた魔石はCランクのものなのです。」
そう言ってクロシェは魔導具から濁った青色の魔石を取り出すと、指でつまんで軽く観察する。
やはり、Cランクで間違いない。間違いないけれど……
クロシェが魔石をじっくりと観察する中、メイジーはほっと胸を撫で下ろした。
てっきり魔導具が壊れてしまったのかと思っていたけれど、魔石の魔力不足が原因なら簡単に直りそうだと安堵したからだ。
「魔石の等級が原因ならBランクの魔石に取り替えればよさそうね」
「いえ、魔法陣が一部焼き切れていますので、魔法陣を直さないと魔石を変えても動きませんよ」
「え!?魔石の魔力がなくなったから動かなくなったのではないの?」
「確かに魔石の魔力はほとんど残っていませんが、問題は魔法陣の方です。
魔導具は規定外の魔石をセットすると、うまく魔法陣が動かないために過剰反応を起こして壊れてしまうんです。
魔石の等級が低い場合ですと、規定よりも低い純度の魔力で魔導具を無理矢理発動しようとするため、魔法陣に負荷がかかって焼き切れてしまうのです。
どうやら、この井戸の魔導具も魔法陣の一部が焼き切れています。そのせいで井戸から水が出なくなってしまったようですね。」
クロシェの説明を聞いていたメイジーは、簡単に直るという希望から一転、何やら大変なことになってしまったと焦る。
しかし、一目見て魔導具の故障の原因に気づき、すらすらと解説するクロシェの姿にやっぱり大丈夫なのかも?と希望を持ち直した。
「あの、クロシェちゃんはその焼き切れてしまった魔法陣を直せるのかしら?」
「はい。これくらいでしたら、作り直すよりも魔法陣を修繕する方が簡単にすみます。
それに……」
「それに?」
「この魔法陣、フュール作のものなんです……!!!」
頬を上気させ、目に大量の光を宿したクロシェは、ほおっと熱い吐息をはいた。
そんなクロシェの姿に、場に沈黙が落ちる。
「フュール…?」
「えぇ!まさか、フュール作の魔法陣が使われた魔導具をこの目で確かめることができるなんて…!!
すごい、一部焼き切れているけれど、なんて綺麗な魔法陣なの……」
熱に浮かされたようにそう呟くクロシェのそばで、ゼイドとメイジーはドン引きしていた。
ゼイドはまだしも大抵のことはあらあらですませるメイジーさえもドン引きするほど、クロシェのその姿はなかなかな有様だった。
「おい、直せるんなら早く直せ」
木玉を掲げて、ぶつぶつと構造やら魔力効率がどうちゃらと呟くクロシェに苛立ちが限界に達したゼイドが口を挟む。
そのゼイドの言葉にハッと意識が舞い戻ってきたクロシェは「わかりました!」と元気よくお返事をして魔法陣の修復作業にとりかかった。
クロシェの顔の前で木玉が浮かび、刻まれた魔法陣が魔力に反応して赤く光りだす。
魔法使いといえど、魔導具に関しては完全に門外漢のゼイドはその修復作業を見ても何を行っているのかさっぱり分からず、観察するのを早々に諦めた。
そして、視線を魔法陣からクロシェに向けたところで目を瞬く。
そこには、先ほどまでの頬を真っ赤に染め、目を爛々と輝かせる───ある種少女らしい顔から一転、表情が一切抜け落ち、作り物めいた顔がのっていたのだ。
「終わりました!これで問題なく動くと思います!」
ふっと魔法陣から赤い光が消え、目の前に浮かんでいた木玉を手にしたクロシェはそうにこやかに告げた。
メイジーが「まぁ!」と期待に胸を膨らませる横でゼイドは先ほどまでの姿との温度差にクロシェに対して薄気味悪さを感じていた。
「とりあえず魔石は手持ちのものと交換しますね。
それでは魔導具を井戸に戻します」
木玉をポンプの中にセットし直したクロシェは、ポンプの柄を待ち、ギコギコと上下させる。
そして、────────
「まぁ!水が出てきたわ!!」
メイジーの言葉通り、ポンプからは澄んだ水が流れ落ちる。
「これで問題ないと思います」
ふっと息をついたクロシェに、メイジーの熱い抱擁が待っていた。
「ありがとう!!クロシェちゃん!!!」
「ぅぎゅっ……!……!?」
「天才!天才だわ!!
こんなに小っちゃいのにすごいわ、クロシェちゃん!!!」
「んぎゅっっっ……!………!!」
クロシェをぎゅうぎゅうと抱きしめるメイジーとくぐもった声しか発さないクロシェ。
あれ締まってないか?とゼイドがさすがに止めようとしたところでアロイスが先に動いていた。
「クロシェを離せ」
「あら、ごめんなさい…あまりに嬉しくて気持ちが抑えられなかったの…
大丈夫?クロシェちゃん」
「だ、大丈夫です…!」とぜぇぜぇと荒い息の合間に答えるクロシェ。そんな彼女の背をアロイスが心配げに撫でていた。
「直ったならもういいだろ。宿に戻るぞ」
「そうね!でも、私は街の人たちにもこのこと伝えなきゃ!
あなた達は宿でゆっくりしててちょうだい」
「いや、それはだめだ」
今にも走り出しそうだったメイジーをゼイドが止める。
「え?なぜかしら?」
「確かに水は出たが、ちゃんと浄化されてるか役人のチェックを受けてからの方がいい」
「ちゃんと魔法陣は直しましたよ?」
ゼイドの説明にクロシェが思わず口を挟むが、そんな彼女をゼイドは冷たく見下ろした。
「もし、あの水を飲んだ奴が病気にでもなったら責任とれんのか?」
「それは、」
「それに本来井戸の管理は役場の管轄だ。
勝手に手を出していいもんじゃねぇ。
…事後報告だが、明日役場の奴を呼んでチェックさせた方がいいだろ」
ゼイドの言葉に息を呑んだクロシェは、胸のざわめきが落ち着かず、手をむずむずと動かしながら口を開いた。
「私、またルールを破ってしまったのですね…
勝手なことをしてしまってごめんなさい……」
「そんな!お願いしたのは私なのだから落ち込まないで…!
役場の方にも私がちゃんと説明するわ!」
落ち込むクロシェにおろおろと励ますメイジーとひたすら頭を撫でるアロイス。
そんな3人の姿を鼻で笑ったゼイドは、踵を返した。
「俺は先に戻るが、絶対井戸のことは誰にも言うんじゃねぇぞ」
「わかりました…でも、最後にもう一度あの魔導具を観てもいいでしょうか…!?」
クロシェの魂の叫びにゼイドは思わず軽く躓く。
はぁ〜〜〜と大きなため息を吐いたゼイドは一瞬にして怒りの導火線を引いた。
「勝手にしろや!!!!」
「はい!ありがとうございます!」
ゼイドの怒鳴り声にパッと顔を輝かせたクロシェはびゅんっと井戸のポンプに移動する。
いや、別に許可したわけじゃないが…?と思わずゼイドが放心する中、クロシェは再びポンプの蓋を開け、木玉をいそいそと取り出していた。
そして、ポンプの中も濁った水から澄んだ水に変わったことで内部が見やすくなったクロシェは、あることに気がつく。
「これって、───────」




