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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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13話 陽だまりの麦穂亭


 アビゲイルの村の顛末を知ったクロシェたちは、その後無言で歩みを進め、ゼイドが利用している宿までやってきた。

 "陽だまりの麦穂亭"と看板が掲げられたその宿は、濃い飴色の三角屋根とクリーム色の漆喰の壁を木の柱が模様を描くように走る建物だった。


 柔らかな夕日に照らされた宿を一目で気に入ったクロシェが目をキラキラと輝かせる中、ゼイドはさっさと宿の中へと足を踏み入れる。

そんなゼイドの背を慌てて追いかけたクロシェは、木のぬくもりに包まれた室内にさらに胸が高鳴るのを感じていた。


「あら、ゼイドさんお帰りなさい。

 今日は怪我がなくてよかったわぁ」


 ゼイドへそう朗らかに声をかけたのは、波打つ栗色の髪を後ろで一つに結んだ柔らかな雰囲気の女性だった。

何の返事も返さないゼイドにも慣れているのか、笑顔を崩さず「お食事なんだけど、」と言葉を続けたところで彼女の栗色の瞳がゼイドの後ろにいる兄妹に向けられる。


「あら、後ろのお2人はもしかしてゼイドさんのお友達かしら?」

「友達じゃねぇわ!…こいつらは今日パーティーになった奴らだ」

「まぁ、ゼイドさんがパーティーの方をお連れするなんてはじめてね!

 陽だまりの麦穂亭へようこそ!私はこの宿の女将・メイジーよ」

「はじめまして!私はクロシェです!

 こっちは兄のアロイスです!

 あの、私たちもこのお宿に泊まりたいのですが、部屋に空きはありますか?」


 そうおずおずと尋ねたクロシェに、柔らかく目を細めて目尻にシワを寄せたメイジーは「もちろん!」と朗らかに答えた。

 

「今は閑散期でお客様が少ないから大歓迎よ!

 2人は兄妹なら同じ部屋の方がいいのかしら?それとも別々?」

「一緒でお願いします!」

「わかったわ。それじゃあ、2人部屋を1室で1人1泊銀貨4枚よ」

「え、そんなにお安く泊まらせてもらえるのですか…?」

「繁忙期と違って泊まる人が少ないから、 少しでもお客様を確保するためにちょっと値引きしてるの」


「なるほど」と目を丸くするクロシェにゼイドが大きくため息を吐いた。


「おい、言っとくが、この辺の宿の相場は大体銀貨1〜5枚なんだよ。

 大銀貨2枚もするような宿は、エオドール(ここ)じゃ内門の中にある高級宿の値段だ。

 まぁ、内門の方にはもっと高い宿もごろごろあるんだろうが、とにかくお前らはそのがばがばの金銭感覚をどうにかしろ!」

「はい…」


 しゅんっと落ち込むクロシェにメイジーが右手を頬にそえ「あらあら」と呟く。


「もしかして、最近強引な客引きをする人がいるって噂になっていたけれど、その人かしら。悪い人には注意しないとだめよ」

「はい…あの内門って何でしょうか…?」

「内門はエオドールの中心街"ウィードグレム"の出入り口のことよ。ウィードグレムは城壁の半分くらいの高さの内壁で囲まれているから、中に入るには検問所のある内門を通る必要があるの。

 ウィードグレムにはお城やお貴族様のお屋敷もあるから治安にとても厳しい分安全だから高級な宿は基本このウィードグレムにあるわ」

「そうなんですね!その内壁もぜひみてみたいです…!城壁と同じ素材なのかしら」


 頬を赤く染め、夢見るようにそう呟くクロシェに「お城や街じゃなくて壁に興味があるなんて変わった子ね」とメイジーは柔らかく微笑んだ。


「うちは朝と夜の食事も別料金で提供しているのだけど、2人はどうかしら?

 朝食はスープとパンで大銅貨2枚、夕食はメインとパンで銀貨1枚よ」

「う〜ん…では、朝食はお願いします!

 あと、明日からは外で食べますが、今日は夕飯もお願いできますか?」

「わかったわ!

 ただ、ごめんなさい。今日の夕食は少し遅くなりそうなのだけど、それでもいいかしら?」


 困り眉でそう口にしたメイジーにクロシェはにこやかに「大丈夫です!」と答える。


「ゼイドさんもごめんなさい。今、主人たちが水を汲みに行っていてまだ夕食の準備ができてないの」

「それはいいが、井戸は直ったのか?」

「いえ、役場の方が言うにはまだ時間がかかるそうで…」


 そのメイジーの答えにゼイドは舌を打つ。

宿周辺の街の井戸は全部で5カ所ある。

そして、井戸が壊れ始めたのは、2、3週間前だ。

最初の井戸が壊れた時点で街の奴らは役場へ相談に行ったらしいが、その後も2カ所、3カ所と井戸が次々と壊れていったというのに直されたものは1つもない。

一体役場の奴らは何をしているのかと苛立つゼイドは、そういえばと今日出会った汚職検問官とランドルフが言っていた腐った末端の話を思い出す。

 その役場の連中も何かやってんじゃねぇだろうな───?


「最近はリュッカ山脈の森の開拓で人が少ないそうだから、きっと直せる人が外に行ってしまっているのよ」

「なら、役場から冒険者ギルドか商業ギルドに依頼すればいいだろ。

 井戸の魔導具くらい直せる魔法使いはいるはずだ」


「きっと動いてみえるわよ」とおっとり微笑むメイジーにゼイドの眉間に皺が深く刻まれる。

そんなゼイドの顔を見てメイジーは改めて口を開いた。

 

「大丈夫よ。ここの城主様やそのご一家は皆さま素晴らしい方々ですもの。

 何も心配はいらないわ」


 何の憂いもないその笑みにメイジーが心底そう思っていることは誰の目にも明らかだった。

しかし、そのゼイドを安心させるために紡いだメイジーの言葉に反してゼイドの苛立ちは噴火寸前だった。

 『またそれかよ』そうゼイドが内心で呟くのは、その言葉をメイジーだけでなく他の街の連中からも耳にしていたからだ。

ここの連中は盲目的に城主を信じているようだが、その評価はエオドールの現状とはあまりにそぐわない。

人のいい奴らが騙されている構図にしか見えず、ゼイドの不快感は募るばかりだった。


「井戸の魔導具が壊れてしまったのですか?」


 そう尋ねたのは、きょとんと目を丸くしたクロシェだった。


「えぇ、そうなの。街の井戸の魔導具がすべて壊れてしまったから、隣町の井戸を使うしかなくてね…

 水が出ないとお洗濯もできないし、みんな困ってるのよ」

「それでしたら、私が直しましょうか?」


 何の気負いもなくそう提案したクロシェにメイジーはぱちぱちと目を瞬いた。


「あら、ふふ。気持ちはうれしいけれど、大丈夫よ、クロシェちゃん。

 きっとそのうち魔法使いの方が直してくださるからね」


 腰をかがめてクロシェの顔を覗き込んだメイジーがふわふわとした笑みを浮かべる。

クロシェはメイジーの答えに『本当にいいのかしら』とでも言うように小首を傾げた。

そんな2人を前に、メイジーが何を思って言った言葉か察しのついたゼイドはため息とともに口を開いた。


「おい、そいつなら多分本当に直せるぞ」

「え?レティと同い年くらいのこの子が??」


 目をまん丸に見開くメイジーに、レティという子を知らぬクロシェも今日1日でそれが何を意味しているのか察しがついた。


「私は!!12歳です!!

 私はお姉さんなので井戸の魔導具くらいちょちょいのちょいですよ!」


 腰に手を当てたクロシェが自信満々にふんっと鼻息荒く答える。

そんなクロシェに戸惑いを隠せないメイジーは眉を下げおずおずと尋ねた。


「まぁ、12歳だったのね。それはごめんなさい。

 でも、12歳でも魔法を習いはじめたばかりでしょう?

 井戸の魔導具は浄化の機能がついていて簡単な魔導具ではないと聞いたわ」

「大丈夫です!大船に乗った気持ちでお待ちください!

 私が直してみせますとも!」


 むんっと胸をそらすクロシェに、メイジーがちらちらとその隣に立つアロイスやゼイドに目を向ける。

 『わかるぜ、こんな奴が高度な魔法を使えるとは思えねぇよな』とゼイドが兄妹に知られたら煩そうなことを内心で呟く中、クロシェは動き出していた。


 

「それでは1番近い井戸の場所を教えてください!」



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