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賢者様の小間使い  作者: 玉雪 芙泉
第1章 城塞都市エオドール

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10話 古い魔法


「……とりあえず、防音結界はっとけよ。

 あの兄貴の方、門塔の外から検問所の中の声が聞こえるほど耳がいいぞ」

「へぇ、獣人族の特徴はなかったが、獣人混じりか?」

「違うらしいぜ。まぁ、そういう奴もいんだろ。

 で、何から話せばいいんだ?」

「いや、先にこっちから話がある」


 とんっと机を指で触れるのと同時にランドルフが室内に防音結界を展開させた。

切れ長の青灰色の瞳が鋭く静かにゼイドを射抜く。

相変わらず先ほどまで軽薄さを全面に出していた男とは思えぬ変わり身のはやさだ。


「正直今回の件は相当闇が深そうだ。

 巻き込んじまって悪いがギルド権限でお前にも協力してもらう」

「強制かよ」

「まぁな。お前だって講習受けただろ。

 有事の際、冒険者は各ギルドの裁量で強制動員が義務付けられるってな」

「…そんなに逼迫してんのか?」

「いや、正直わからねぇ」

「はぁ!?」


 煩わしげに右手で後ろ髪をがしがしとかきながらランドルフは大きくため息を吐いた


「今回の検問所の不正もだが、どこもかしこも叩くと小さな綻びがぼろぼろと出てくる。

 これだけ出てくるってことは、末端からってより上の大元が腐ってる可能性が高いんだが、そこまでなかなかたどり着けねぇ。

 ここまで手間取るのは初めてだ。」


 脳裏で何かを追うように虚空を見つめていたランドルフが再び強い光を宿した瞳をゼイドに向ける。

 

「だから、今日の捕物にはマジで感謝してんだよ。

 これで大元について、何かわかるかもしれねぇ」

「今日の捕物って、裏のオークションのことか?」

「そっちじゃねぇ。そっちも調べてはいたが、別件だ。

 俺が言ってんのは荷台の方だよ」

「荷台?」

「あの荷台の底板に魔法陣が刻まれていやがった」


 その言葉にゼイドの心臓が跳ねる。

あの荷台を最初に検分したのはゼイドだ。魔法陣が刻まれた底板を見落とすなんて気が緩んでいるどころではない。

 顔色が変わったゼイドにその心情を察したランドルフが補足する。


「刻まれてたのは底板の裏だったんだよ。

 チェックに厳しい職員が荷台の下に潜り込まなければ誰も気づかなかった」

「…それが大元に繋がるって、危険な魔法陣だったのか?」

「それがわからねぇんだよなぁ」

「は?」

「うちの魔法特化の職員が総出で解析してるが、まだなんの魔法陣なのか全くわからねぇんだと」

「・・・」


 ギルドの魔法特化の職員といえば1級相当の魔法使いだ。

そんな魔法の専門家が総出で解析してもわからないとなると、確かに何か大きなものが蠢いているような不穏な気配を感じる。


「実はこれまでにも同様の魔法陣を4つ回収してるんだが、どれも解析結果は不明。

 今回の魔法陣はその4つより複雑な構成だって話だから正直解析は諦めてんだが、何より不気味なのはどれもまだ未発動なとこだ。

 1年前に回収した魔法陣さえ未発動のままうんともすんともいわねぇ。

 発動に条件があるのか、時限式か、そして発動したら何が起こるのか。何一つ分かってねぇんだ。

 今は発動に備えて魔法陣を囲うように強力な結界をはってはいるが、ほんと不気味だぜ」

「…結局何か手掛かりはあったのか?」

「まず、有力な証言だな。

 あの荷台の持ち主、アビゲイルがその魔法陣を刻んだ奴を見てんだよ」

 

 ここにきて現れたアビゲイルの名に無意識にゼイドは手を握りしめた。


「あの護衛に扮した冒険者じゃねぇんだろ?

 あいつらに魔法特化の職員が解析できないような魔法陣を操る能力があったとは思えねぇ」

「あぁ。アビゲイルに魔獣の運搬の話を持ちかけた冒険者連中とは別に主導犯が1人いたらしい。

 顔はマントを深く被っていてわからなかったが、背丈は10歳前後の子どもくらいだったそうだ。

 声もそんくらいの子どもの声でな、どうしてもあの荷馬車を使いたいって言ったそうだ」


 ゼイドは脳裏にアビゲイルの荷馬車を思い描くが、どうしても、というような特徴に覚えがなかった。

だいぶ年季が入っていたこと以外、なんの変哲もない荷馬車だったはずだ。


「冒険者が元々使っていた二重底の細工を仕込み済みだった荷馬車を乗り捨てて、わざわざあいつの荷馬車をその場で改造したんだと。

 そして、荷馬車の仕込みがすんだ後、最後にその主導犯が荷馬車を浮かせて底板の裏面に魔法陣を刻んだらしい。」

「その主導犯はどこに行ったんだ?

 あいつらの近くに他に人はいなかったはずだが」

「魔法陣を刻んだ後、そのまま別行動になったらしい。

 アビゲイルの証言は個別で尋問した冒険者らと一致するから間違いないとは思うが、一つ解せなくてな…」


 そう珍しく言い淀むランドルフにゼイドは眉根をよせて続きをうながした。

 

「なんだよ」

「…冒険者らはいつその主導犯と出会ったか全然覚えてねぇんだよ。

 薬を使ったのか、何かしらの魔法を使ったのかはわからねぇが、そんなことをできる奴が魔法陣を刻んだ時の記憶は消さなかった…

 出会いがそれ以上にやばいのか、単にそこまで自在に記憶を消せないだけなのかはわからねぇが、ようやく得られた重要な手がかりだ」


 ランドルフの瞳に強い光が宿る。

その目をゼイドにまっすぐ向けたランドフルは再び口を開いた。


「実は魔法陣でわかっていることが一つある」

「なんだよ」

「随分と古い魔法だってことだ。

 それもあって解析が難しいらしいんだが、ここにきて古い魔法を操る奴が現れた」

「あ?誰だよ」

「クロシェさ。あいつが冒険者たちにかけた拘束魔法は一般的なものじゃなくてな…古い魔法をアレンジしたものだったらしい」

「…おい、まさかクロシェを疑ってんのか?」


 ゼイドは唸るようにランドルフを問いただした。


「流石に本人は疑ってないさ。一応な。

 この魔法陣の件は1年前から続いてんだ。そんな入念な準備をしている奴がわざわざ目立つ入城の仕方をしていつもより力の入った魔法陣───手がかりを自らプレゼントしてくれるとは思えねぇ。

 ま、自作自演だったら相当な役者だけどな」


 ゼイドは脳裏にクロシェの姿を浮かべるが、その顔には能天気な笑みがのっていた。

あいつがランドルフやギルドの精鋭を出し抜くような大事をしでかそうとしているのだろうか。

 

 いや、ないな。


「ないだろ」

「まぁな。

 これでクロシェが黒だとせっかく人に歩み寄ったゼイドが人不信に逆戻りだしなぁ」

「誰が人不信だ!!それに別にあいつらに歩み寄ったわけじゃねぇ!!!」

「なら、人への潔癖か?まぁ、それは置いといて。

 クロシェ本人はそう疑ってねぇが、その周りが気になる」

「周り?」

「あいつの拘束魔法を解くのにうちの魔法特化の職員が30分かかったんだ。

 奴らが言うには元が古い魔法だってことを加味してもかなり高度な魔法だったらしい。

 それを一体誰に教わったのか、だ」


 ゼイドはクロシェとの会話を思い出す。

クロシェが誰に魔法を教わったかは知らないが、魔法事故で寝たきりだという育て親はないだろう。

北の森からここエオドールまでは乗合馬車を使ったとしても1ヶ月はかかる。アビゲイルが冒険者らと出会ったのは1週間前だと言っていたから荷馬車に魔法陣を仕込んだ時期とは合わない。

 あとの会話で出てきた怪しそうな奴といえば探し人の魔法研究家くらいだが…


「おい、随分回りくどい説明だとは思っていたが、まさか俺にあいつの周囲を探れって言ってんのか?」

「そうだと言ったら?」


 目を細め、甘やかな笑みを浮かべたランドルフが瞳の奥に冷酷な光を宿し、愉しげにゼイドに問う。

 

「ふざけんな。自分で探れ」

「まぁ、こっちでも探るが、パーティーになったお前が1番あいつらの近いとこにいるだろ?」

「俺はそのためにあいつらとパーティーになったんじゃねぇんだよ」

「わかってるさ。なにも監視したり逐一報告しろって言ってんじゃねぇ。

 あいつの周りで怪しい動きをしてる奴がいたら報告してくれればいい。

 不審者の報告は一冒険者として当然の義務だろ?」


 眉をつり上げ、眼光鋭く睨め付けるゼイドを片手でいなすように言葉を紡いだランドルフは、「そういうことだから頼んだぞ」と会話を切り上げ席を立つ。

それに舌を打つことしかできなかったゼイドは、「待てよ」とランドルフを引き留めた。


「あの商人、アビゲイルが住んでた村の名前わかるか?」

「ロウウッドだが、なんだってそんなこと聞くんだ?」

「クロシェがあいつと約束したんだよ。

 村にいる娘の病気を治すってな」


 ゼイドの言葉にランドルフの瞳の瞳孔がわずかに開く。

そしてため息をこぼしたランドルフは「必要ない」とこぼした。


「は?必要ないってどういう」

「あいつの村は──────────」


 

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