トールは、やらかしていた!
整然と区画整理されたリオレ中央街に本拠を構える大手クラン【神樹の集い】。
事務員に至るまで全て女性のみで構成されたクランとしても知られており、所属の上位パーティは領主をはじめとして主に貴族のご婦人絡みの依頼をほぼ独占しているというのも、また有名な話だ。
3階建ての石造りの豪華な建物は、数年前に領主の手厚い庇護のもとで新築されたものである。
貴族という権力に上手く取り入り、めざましい発展を遂げたクランのひとつだ。
その最上階。最奥にあるクランマスターの執務室の扉をノックする音が響く。
かなり分厚い扉なのか、その音はとても落ち着いた低い音だ。
「失礼します」
少しの間ののち、ノックの主が静かな所作で部屋に入ってくる。
そう広くない部屋の奥。
執務机に向かって書類を広げているのが、クラン【神樹の集い】主宰レアニカ・プラウバスだ。
「主宰、ギルドからの至急依頼です」
「 、?、、至急? 穏やかじゃないね」
事務員の女性が脇に携えていた紙の封筒を、その大きな執務机に差し出した。
冒険者ギルドの紋があしらわれた大きな封筒に入れられたその書類を引き出しながらも、彼女はザッと目を通して小さくため息をつく。
【迷いの森】最奥部の至急調査、推奨ランクB。
そう言えば数日前に上がってきていた報告書に魔物の変異が指摘されていたのを思い出した。
「 メッセンジャーは ?」
「ロビーに待機させています」
「 、そう。 、、承った、と伝えておいてくれるかな」
書類の中の一枚に慣れた様子でサインを入れ、そのまま封筒に戻して事務員に戻す。
短く了承の言葉を告げると、彼女は入ってきた時と同じように静かに部屋を出ていった。
(【迷いの森】か、、 確かカミーユが昇級していたわよね 調査、かあ )
【迷いの森】の最奥部にはエリアボスのマザーアラクネの巣がある、とされている。
普通の冒険者ならば、好んで近寄らない場所だ。
その勢力範囲は広くはないが、周期的に地形が変わるマッピング不可のエリアだ。
それこそが【迷いの森】の名の由来である。
推奨Bとはいえ、ほとんど未知とも言える領域の調査だ。
万全を期するなら同等ランク複数パーティで当たりたいところだが。
今動かせるランクBのパーティは、ついこの前に昇級した1パーティのみ。 ましてやランクAなど、みな年明けまで貴族絡みの護衛や警護依頼で一杯である。
そろそろ夏至も近い。
年の変わりめは色々と行事がたて込むものだ。
さて、、どうしたものか。。
( 、、。 昇級、 、あ。 アイツも使えたわね)
レアニカ・プラウバスは手元の書類にサラサラと書き込み、別室の事務員を呼び出すチャイムを押すのだった。
「 いやはや、皆さんなかなかでありますな!」
最後に鉄棍をズシンッと地面に突き立てて、怪物坊主が蜘蛛の魔物アラクネにとどめを刺した。
ややあって、アラクネの骸は黒い霞になって消えていき、小さな魔石を遺す。
前に乱獲に来てから随分経ったような気がしたけれど、ちゃんと数えてみればそんなに前でもなかったな。
今朝も早くからトールさん達は【迷いの森】へと入っていた。
「 いやいや、私なんてまだまだ、 」
薄暗い巨樹の森によく似合うゴツい坊主。
その向こうには、さらにゴツいフルプレートの乙女が、これまた巨大なタワーシールドの向こうに隠れるよう(隠れてないけど)に恐縮しとる。 セリフとは裏腹に、なかなか迫力のあるツーショットだな。
「 やー、盾職がふたりもいるとウチらの戦術幅も広くなるッス! いー感じッスよ!!」
そしてナゼか、ドワーフのピチピチギャル、カミーユさんが率いるブルーダ、チャコのパーティも一緒。
いや、正確には彼女らのパーティにトールさんとウーバイくんが同行しとる、と言うべきだな。
大元は冒険者ギルドからの調査依頼だ。
最近になり、このエリアに出現する魔物アラクネの変異種が多く目撃されはじめたらしい。
なんでもステルス性に優れ、攻撃肢と言われる脚の数が多い大型の個体が出現するようになった、というんだよな。
で。その調査依頼が【神樹の集い】に下りてきた。クラン内でちょうど空いていたカミーユさんのパーティが担当することになったのだが、推奨ランクBの依頼だけに、もうひとパーティ分の戦力が欲しいところだったわけだ。
で、【神樹の集い】主宰直々のご指名でトールさんとウーバイくんが同行することになったという次第だ。
通常リポップスポットの魔物は、滅多な事では変異を遂げたりはしないのだけど、稀にそんな事が起こる場合もある。
代表的な事例では、そのエリアのエリアボスが討伐された時、とか。
これは元々が群れを作る習性がある魔物に多くみられる現象だそうな。
だからゴブリンとかのエリアは、うまくエリアボスを討伐しないレベルで加減するためにしっかりと管理しているわけやな。
(・・のう、おぬしや コレ早めにごめんなさいしたほうが良いのでないかや?)
うん。
エリアボスね。。
このまえ、討伐しちゃったかもしれんよね。。。
なーんか妙にデカいの一匹いたもんな。
(吸った感じ、明らかに他のアラクネより濃いかったからのぅ)
なんせ魔石だのドロップだの落ちる前に、ぜんぶこの元魔王が吸っちゃったからな。
今、何を倒したのかなんて細かく見る機会がなかったんだよ。まあ、数も数だったけど。
ちっちゃいアラクネ、ちゅっくらいのアラクネ、デッカいアラクネ、、てくらい。
でも状況から考えて、たぶんアレ、マザーアラクネだったんだろうなーー。
あん時、トールさんノリノリだったからなー。。
いちいち【ステータス確認】とかする必要を感じなかったのよね。。。
考えれば考える程、変な汗でてくるわ。
「ちょっと、あなた 禄に動いてないのに汗が凄いわね 」
ブルーダさん。サラリとボデイタッチしてくるのやめてほしいなあ。
興奮しちゃうじゃないか・・・。
「チャコとあのふたりのおかげで楽でいいけどさ」
盾職2・中距離アタッカー1・近接アタッカー1・斥候職1というかなりアクティブな攻撃型パーティではあるが、その盾職が優秀すぎる。
斥候職のチャコが先んじて索敵した獲物を、カミーユさんが引きつけてウーバイくんがすり潰す。
アタッカーのトールさんとブルーダは、後方の安全確保くらいで、仕事がほとんどない状況だ。
「とはいえ本命は、いまだ影すら拝めませんな 」
足元に転がる白い魔石を拾いあげて、ウーバイくんがこちらに投げてよこす。
そうなんよ。 【迷いの森】へ入って随分と進んだけど、まだ通常のアラクネしか出てきていない。
常に【気配察知】を全開にしてるけど、それらしい気配は掠りもしていないんよな。
「あー、でもそろそろMAPの空白エリアっスよ」
え、?もう??
ソロで来た時と比べて、探索速度が段違いに速い。
戦闘のテンポも速いけど、やっぱり本職の斥候がパーティの行動をコントロールするということは、こうまで効果的なんだな。
「 ココから先も、続けてチャコちゃんの勘でお願いね!」
カミーユさんが、フルプレートのマスクを跳ね上げて額の汗をぬぐう。
お顔はホントにあどけない女の子なんだけど、首から下が、マジもんのドワルブ族。
無差別級格闘家のレベルだ。
怪物坊主ウーバイくんと並ぶと、まさに壁だ。
「 りょーかいッスーー。 ちょっと様子見てくるッスから待っててッス」
水分補給をして、カサリと僅かな音をたててその場から消え去るオカッパ中学生。
・・・忍者か??
この娘ちょっと恐ろしいのが、トールさんの【気配察知】に、ボンヤリとも引っ掛からんのよね。
マジで忍者。
て、言うか。 このコのスキルって確か【短剣】じゃなかったっけ? つまりこの斥候能力って、素の身体能力ってコトだよな。。
マジもんで忍者やんけ。
まあ、実のところこの【気配察知】。
まだレベルが低いのか距離が大きく離れると、向けられた殺気には鋭い反応ができるけど、『敵対せずにただ向こうに居る』くらいだと少し分かりづらい。
さらに隠れる意思とかがある相手だと、ボンヤリとした反応くらいになる。
スキル【剣使い】の、所詮は派生スキルだしやっぱり本職の技には敵わんのよ。
「 なんとも元気なお方ですな 」
カミーユさんに【ヒール】を掛けながらウーバイくんも水分補給。 器用だなって思って見ていたら、水筒を放って寄越してきた。
あー、 喉は全く渇いてないけどありがたく頂くかな。
ん?
カミーユさん、鼻血でてるよ?
大丈夫??
はわはわ言ってるけど。。。
「 あんた達、ワザとやってるでしょ?」
ブルーダがジト目で見てくるけど、何なのさ?
あー、この水筒中身少なくなってんな。
ウーバイのを【無限収納】にしまって、新たに満タンの水筒を出して、投げて返した。
カミーユさんの鼻血をウーバイくんが【ヒール】していたら、チャコが音もなく戻ってきた。
「やー、見つけたッス。 いっぱい居たッス」
え?いっぱい居る??
て、ことはエリアボスじゃないの?
普通進化するのってエリアボスやないの??
「 い、いっぱい、って どれくらいよ?」
ブルーダ、お前も変な汗かいとるで?
「 んー、ざっと見つけられたのは、8匹ッスね」
ステルス性が高いってのは?
「 あれ、たぶん反射してるんじゃないッスかね」




