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◆第8話『この命は、私が“演じてきた全て”の証――母として、女優として、生きていく』



 


 ――その日、雨が降っていた。


 夏の終わり。

 厚く湿った空気が病院の廊下にも漂い、外の喧騒がまるで別の世界の音に思える。


 


「……陣痛、始まりました。準備に入ります」


 助産師のその言葉が、現実を引き戻した。


 彼女――如月美咲は、分娩室へ運ばれようとしていた。

 お腹には、双子の命。男の子と、女の子。


 


「悠人くん……行ってくるね」


 ベッドの上、病衣姿の彼女は、疲れた笑みを浮かべていた。

 マスカラもつけていないままの瞳。それでも、女優のときと変わらぬ輝きを宿していた。


「行ってらっしゃい。……必ず、会おう。三人で」


 


 医療スタッフに押されて運ばれていくベッドを、俺はただ祈るように見送った。


 



 分娩室の扉が閉じる。


 その先にある彼女の声は、聞こえない。

 けれど、俺には見える。


 彼女はきっと、泣きながら笑っている。

 痛みの中で、必死に踏ん張りながら、“母になる”その瞬間を迎えようとしている。


 


 スマホを取り出し、彼女の出演作のサムネイルを開く。

 清楚な笑顔。完璧なポーズ。ファンを虜にしてきた“女優の顔”。


 その裏側で、今日まで彼女は、“人として”“妻として”“母として”生きてきた。


 どんなに矛盾していても。

 どんなに綱渡りでも。

 それが、如月美咲の選んだ道だった。


 



 2時間後。


「……おめでとうございます。無事に、元気な双子が生まれましたよ」


 医師の言葉を聞いたとき、俺は椅子から立ち上がれなかった。

 涙が先に落ちた。


「男の子と女の子です。お母さんも、頑張りましたよ」


「……美咲、どこに?」


 



 面会室。


 彼女は静かに寝息を立てていた。

 その腕の中に、小さなふたつの命。


 一人は男の子。

 一人は女の子。


 まだ名前も決まっていないその存在は、

 けれど確かに、“俺たちの家族”だった。


 


 彼女はゆっくり目を開けた。


「……悠人くん、ただいま」


 その声は、今までで一番、穏やかだった。


「……おかえり。よく、頑張ったな」


 彼女は、涙を浮かべたまま笑った。


 


「ねえ、この子たち、あなたに似てるよ。……たぶん」


「俺、そこまで整ってないぞ」


「ふふ、謙遜。けどね……この子たちには、“両方”伝えたい」


「両方?」


「ママは女優だったってこと。……そして、ママは“あなたを本気で愛してた”ってこと」


 


 その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


 


「……私はきっと、間違った人生を選んだって言われる。でもね、どんなに演じてきた私でも……この子たちを産んだ私は、偽物じゃない」


「誰も、お前が偽物だなんて思わない」


「そうかな……。だったら、もう一度立ってみせるよ。“如月美咲”として。ママになった私でも、女優を続けていいってこと……この世界に証明したい」


 


 彼女のその目に、迷いはなかった。


 痛みの向こうで、新しい覚悟が生まれていた。


 



 病室を出て、廊下を歩きながら、俺はスマホにメモを残す。


 タイトル案――


『ママになったAV女優、如月美咲。復帰第1作、始動へ。』


 撮影予定:3ヶ月後。

 コンセプト:母となっても“清楚”は演じられるか。


 ……ファンの反応は、賛否両論だろう。

 それでも、彼女が選んだなら、俺は支える。


 


 もう一度、マネージャーとして。


 そして、これからも――夫として。


 


 “彼女が生きたい人生”を、俺は信じて、共に歩いていく。


 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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