◆第8話『この命は、私が“演じてきた全て”の証――母として、女優として、生きていく』
――その日、雨が降っていた。
夏の終わり。
厚く湿った空気が病院の廊下にも漂い、外の喧騒がまるで別の世界の音に思える。
「……陣痛、始まりました。準備に入ります」
助産師のその言葉が、現実を引き戻した。
彼女――如月美咲は、分娩室へ運ばれようとしていた。
お腹には、双子の命。男の子と、女の子。
「悠人くん……行ってくるね」
ベッドの上、病衣姿の彼女は、疲れた笑みを浮かべていた。
マスカラもつけていないままの瞳。それでも、女優のときと変わらぬ輝きを宿していた。
「行ってらっしゃい。……必ず、会おう。三人で」
医療スタッフに押されて運ばれていくベッドを、俺はただ祈るように見送った。
◆
分娩室の扉が閉じる。
その先にある彼女の声は、聞こえない。
けれど、俺には見える。
彼女はきっと、泣きながら笑っている。
痛みの中で、必死に踏ん張りながら、“母になる”その瞬間を迎えようとしている。
スマホを取り出し、彼女の出演作のサムネイルを開く。
清楚な笑顔。完璧なポーズ。ファンを虜にしてきた“女優の顔”。
その裏側で、今日まで彼女は、“人として”“妻として”“母として”生きてきた。
どんなに矛盾していても。
どんなに綱渡りでも。
それが、如月美咲の選んだ道だった。
◆
2時間後。
「……おめでとうございます。無事に、元気な双子が生まれましたよ」
医師の言葉を聞いたとき、俺は椅子から立ち上がれなかった。
涙が先に落ちた。
「男の子と女の子です。お母さんも、頑張りましたよ」
「……美咲、どこに?」
◆
面会室。
彼女は静かに寝息を立てていた。
その腕の中に、小さなふたつの命。
一人は男の子。
一人は女の子。
まだ名前も決まっていないその存在は、
けれど確かに、“俺たちの家族”だった。
彼女はゆっくり目を開けた。
「……悠人くん、ただいま」
その声は、今までで一番、穏やかだった。
「……おかえり。よく、頑張ったな」
彼女は、涙を浮かべたまま笑った。
「ねえ、この子たち、あなたに似てるよ。……たぶん」
「俺、そこまで整ってないぞ」
「ふふ、謙遜。けどね……この子たちには、“両方”伝えたい」
「両方?」
「ママは女優だったってこと。……そして、ママは“あなたを本気で愛してた”ってこと」
その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「……私はきっと、間違った人生を選んだって言われる。でもね、どんなに演じてきた私でも……この子たちを産んだ私は、偽物じゃない」
「誰も、お前が偽物だなんて思わない」
「そうかな……。だったら、もう一度立ってみせるよ。“如月美咲”として。ママになった私でも、女優を続けていいってこと……この世界に証明したい」
彼女のその目に、迷いはなかった。
痛みの向こうで、新しい覚悟が生まれていた。
◆
病室を出て、廊下を歩きながら、俺はスマホにメモを残す。
タイトル案――
『ママになったAV女優、如月美咲。復帰第1作、始動へ。』
撮影予定:3ヶ月後。
コンセプト:母となっても“清楚”は演じられるか。
……ファンの反応は、賛否両論だろう。
それでも、彼女が選んだなら、俺は支える。
もう一度、マネージャーとして。
そして、これからも――夫として。
“彼女が生きたい人生”を、俺は信じて、共に歩いていく。
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