◆第7話『現場で響く心音――それでも私は、“女優”をやめない』
妊娠9ヶ月目。
お腹は明らかに丸く、衣装スタッフたちも気づいていないはずがない。
だが、誰もそれを口に出さない。いや――出せない。
“如月美咲”は、業界にとって特別な存在だからだ。
その日も、美咲は現場にいた。
AV撮影ではなく、ファン向け会員配信のトーク&インタビュー。
身体的負荷は少ない……はずだった。
俺はマネージャーとして、いや、夫として、いつも以上に彼女のそばから離れなかった。
◆
控室。
彼女はカメラに映る予定のレースブラウスに袖を通しながら、鏡を見つめていた。
「……変わったよね、私」
「身体の話か? それとも、心の?」
「どっちも。……お腹が大きくなってくると、“守らなきゃ”って気持ちになる。でもそれが、どうしてか“演じる”ことにも繋がるんだよ。不思議でしょ?」
母になろうとする彼女は、
同時に“女優としての自分”を、誰よりも大事にしていた。
だから今日も、こうして現場に立つ。
「……無理だけは、するなよ。なにかあったら、すぐ止める」
「うん。でも、ちゃんと最後まで“如月美咲”でいさせてね」
彼女はそう言って、撮影スタジオへ向かっていった。
◆
配信開始15分後。
現場は順調に回っていた。
ファンからの質問に答える姿も、カメラ越しにはいつも通りの笑顔。
だが、そのとき――俺の視線が、彼女の手の震えに気づいた。
カットの合間、彼女は額にうっすら汗を浮かべていた。
「……美咲、大丈夫か?」
そっと小声で聞いた。
彼女は一瞬、笑った。
「大丈夫……じゃないかも」
その直後だった。
彼女が、ゆっくりと崩れるように座り込んだ。
スタッフがざわめき、カメラが止まり、照明が落ちる。
「呼吸が……浅い……ごめん、ちょっと、お腹が張って……」
「ストレッチャー! 救急車!」
俺はすぐに手を握った。
「大丈夫だ、俺がいる。……もう、しゃべらなくていい」
この瞬間、マネージャーの役割なんて、どうでもよかった。
俺はただの夫で、これから父になる男だった。
◆
病院に搬送された彼女は、意識はあったものの、医師の判断で即日入院となった。
「張りが強くなってる。もうすぐ前駆陣痛が始まるかもしれません。無理は禁物です」
「……悠人くん、ごめん。私、また迷惑かけて……」
「違う。今は仕事じゃなくて、命がかかってる」
ベッドの上で、彼女は少し涙ぐんだ。
「……でも、ほんとに私、辞めたくないんだよ。ママになっても、私は“如月美咲”でいたい。どんなに叩かれても、笑われても、それが私なの」
「分かってる。だから……俺が全部背負う。現場との交渉も、ファン対応も、全部俺がやる。お前は、ただ産んでこい」
彼女は、声を詰まらせて笑った。
「……やっぱり、悠人くんが旦那でよかった」
◆
その日の夜。
彼女は病院に、俺は事務所に戻った。
デスクに座ると、今日の現場で回収したSDカードが1枚、ケースの上に置かれていた。
彼女が倒れる直前まで回っていたカメラ。
そこには、“女優”として、最後まで笑っていた彼女の姿が残されていた。
――やっぱり、誰よりも強い。
だから俺は、誰よりも強くあらねばならない。
彼女が“戻ってくるその日”まで、
如月美咲を守るのは、俺の仕事であり――誓いだ。
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