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◆第7話『現場で響く心音――それでも私は、“女優”をやめない』



 


 妊娠9ヶ月目。


 お腹は明らかに丸く、衣装スタッフたちも気づいていないはずがない。

 だが、誰もそれを口に出さない。いや――出せない。


 “如月美咲”は、業界にとって特別な存在だからだ。


 


 その日も、美咲は現場にいた。

 AV撮影ではなく、ファン向け会員配信のトーク&インタビュー。

 身体的負荷は少ない……はずだった。


 


 俺はマネージャーとして、いや、夫として、いつも以上に彼女のそばから離れなかった。


 



 控室。

 彼女はカメラに映る予定のレースブラウスに袖を通しながら、鏡を見つめていた。


「……変わったよね、私」


「身体の話か? それとも、心の?」


「どっちも。……お腹が大きくなってくると、“守らなきゃ”って気持ちになる。でもそれが、どうしてか“演じる”ことにも繋がるんだよ。不思議でしょ?」


 


 母になろうとする彼女は、

 同時に“女優としての自分”を、誰よりも大事にしていた。


 だから今日も、こうして現場に立つ。


 


「……無理だけは、するなよ。なにかあったら、すぐ止める」


「うん。でも、ちゃんと最後まで“如月美咲”でいさせてね」


 


 彼女はそう言って、撮影スタジオへ向かっていった。


 



 配信開始15分後。


 現場は順調に回っていた。

 ファンからの質問に答える姿も、カメラ越しにはいつも通りの笑顔。


 だが、そのとき――俺の視線が、彼女の手の震えに気づいた。


 カットの合間、彼女は額にうっすら汗を浮かべていた。


「……美咲、大丈夫か?」


 そっと小声で聞いた。


 彼女は一瞬、笑った。


「大丈夫……じゃないかも」


 


 その直後だった。


 


 彼女が、ゆっくりと崩れるように座り込んだ。


 スタッフがざわめき、カメラが止まり、照明が落ちる。


「呼吸が……浅い……ごめん、ちょっと、お腹が張って……」


「ストレッチャー! 救急車!」


 俺はすぐに手を握った。


「大丈夫だ、俺がいる。……もう、しゃべらなくていい」


 


 この瞬間、マネージャーの役割なんて、どうでもよかった。

 俺はただの夫で、これから父になる男だった。


 



 病院に搬送された彼女は、意識はあったものの、医師の判断で即日入院となった。


「張りが強くなってる。もうすぐ前駆陣痛が始まるかもしれません。無理は禁物です」


「……悠人くん、ごめん。私、また迷惑かけて……」


「違う。今は仕事じゃなくて、命がかかってる」


 


 ベッドの上で、彼女は少し涙ぐんだ。


「……でも、ほんとに私、辞めたくないんだよ。ママになっても、私は“如月美咲”でいたい。どんなに叩かれても、笑われても、それが私なの」


「分かってる。だから……俺が全部背負う。現場との交渉も、ファン対応も、全部俺がやる。お前は、ただ産んでこい」


 


 彼女は、声を詰まらせて笑った。


「……やっぱり、悠人くんが旦那でよかった」


 



 その日の夜。


 彼女は病院に、俺は事務所に戻った。


 デスクに座ると、今日の現場で回収したSDカードが1枚、ケースの上に置かれていた。


 彼女が倒れる直前まで回っていたカメラ。


 そこには、“女優”として、最後まで笑っていた彼女の姿が残されていた。


 


 ――やっぱり、誰よりも強い。


 だから俺は、誰よりも強くあらねばならない。


 


 彼女が“戻ってくるその日”まで、

 如月美咲を守るのは、俺の仕事であり――誓いだ。


 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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