◆第6話『妊娠6ヶ月、スタジオに走る“気づいたかもしれない”空気』
――その日、彼女がスタジオに現れた瞬間、空気がざわめいた。
まるで一瞬だけ、空調が止まったような“静けさ”。
スタッフも、女優たちも、視線を向けてくる。
AV業界の中でも最大手の合同撮影現場。
今日は“人気女優クロストーク&撮り下ろしスペシャル”という触れ込みで、合計20人以上が集められた大イベントだった。
「如月さん……?」
「久しぶり〜。あれ? ちょっと顔つき変わった?」
「えっ、やせた? いや、むしろ丸くなった……?」
声をかけてきたのは、紗倉まな。
続いて、松本いちか、石川澪、涼森れむ、深田えいみも次々と控室に顔を出す。
「え、美咲ちゃん復帰なの? ってか、体調大丈夫?」
「もしかして、何かあった……? ほら、アレ的な」
「え〜っ、言ってないけど……なんかあるね? 絶対あるでしょ?」
やばい、と俺は思った。
表情はごまかしても、身体は嘘をつけない。
6ヶ月の妊婦が、完璧に“隠し通す”のは無理がある。
実際、衣装合わせでも彼女はゆったりしたシルエットを希望し、カメラワークにかなりの制限をかけていた。
そんな中――、
「ねぇ、美咲。最近さ、現場出てないのにファンから“太った”とか“結婚したんじゃ?”とかコメント来てたでしょ? あれ、私も見たよ」
そう言ってきたのは、架空の女優・穂木露姫。
彼女は冷静な観察眼で有名で、過去にも“突然の引退”をいち早く察知していた業界の「女優探偵」だ。
やばい。この人には、悟られかねない。
……けど、そのときだった。
「ちょっとちょっとー! マイク調整終わった? 座談会始まる前に水卜さくらと話したい〜」
バサバサと走ってきたのは三上悠亜、そしてそれに続く上原亜衣と小島みなみ。
「桜空もも、どこ行ったのー!?」
「え、そっちじゃなくて天使もえがジュース取りに行ったんでしょ!?」
――なんか、場が崩壊し始めていた。
むしろこれくらいカオスなほうが、逆に目立たない。
空見ふうか、美鳥葵碧、蓮美、智乃、知古たち架空の面々も、スタジオのバックスペースで盛り上がり、誰が誰に抱きついたとか、台本にないイチャイチャとか、映えのインスタ風ショットとか、とにかく祭りのような騒ぎになっていく。
……その混沌のなかで、俺は気づいた。
――この現場、女優たちの“プロ根性”で成立してる。
全員が何かしらの秘密を抱えていて、でも“如月美咲の沈黙”もまた、尊重されてる。
気づいてないフリをしてくれている。それが、彼女たちなりの“優しさ”なのかもしれない。
◆
一方その頃、ファンエリアには抽選で選ばれた10人のファンが、特別観覧席にいた。
1.佐久間陸也(34)──美咲推し歴6年、営業マン。推し活のため会社に嘘ついて早退。
2.春野ケンジ(19)──AV研究サークル代表、リアルガチ勢。大学2年。
3.ハン・ミンソク(27)──韓国から遠征のガチ勢。Twitter(X)では翻訳スレ主。
4.古賀大輔(41)──所帯持ちだが「美咲だけは別枠」な中年リーマン。
5.日比谷たける(26)──AVグッズ収集家。美咲抱き枕を3種所持。
6.川口翔太(21)──若手俳優の卵。業界研究でAV女優を“演技者”として見ている。
7.黒澤ユウキ(36)──元編集者。今はフリーライターで裏側にやけに詳しい。
8.向井颯真(25)──配信者。YouTubeで「AVレビュー系」として活動中。
9.高梨レオ(32)──美容師。女優の髪型研究で美咲推しに。
10.西村由紀也(28)──珍しい“夫婦で美咲推し”の妻。今日は1人参加。
そのなかで、黒澤がふと呟く。
「如月さん、今日ちょっとラインが違う……腹部が妙にゆったりしてる衣装。これって、もしかして――」
その言葉を遮るように、モニターに司会者の声が入る。
「それでは“清楚派対談2025”、スタートです! 本日のMCは――!」
拍手と歓声。視線が舞台へと集中する。
――危なかった。
この日、“妊娠バレ”は起きなかった。
でもそれは、運が良かっただけだ。
次は、誰に気づかれるか分からない。
◆
帰り道。車内。
彼女は静かに笑っていた。
「……今日、誰かに気づかれてたと思う?」
「正直、1人2人は察してたと思う。でも……誰も口に出さなかったな」
「……それが、嬉しい。業界って、やっぱり厳しい場所だけど、優しい人もいるね」
「まぁ、次はもっと危なくなるぞ。……もう限界だ。現場は、しばらく休もう」
「うん。……じゃあ次に立つときは、もう“ママ”としてだね」
その言葉に、俺はハンドルを握りながら、静かに覚悟した。
――彼女が戻ってくるそのときまで。
夫として、マネージャーとして、
この“秘密”を守り通してみせる。
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