◆第5話『“お腹の中”と“ステージの上”──ふたつの命を守るために』
6ヶ月目。妊娠、折り返し。
彼女――如月美咲は、今日もAV女優として“表の顔”を演じながら、
裏では“母になる準備”を、静かに、しかし確実に進めていた。
俺――高村悠人は、マネージャーであり、彼女の夫であり、そしてもうすぐ父親になる男だ。
彼女が“引退しない”と宣言してから数週間、
現場の撮影は最小限に抑え、雑誌や配信系のソフトな露出に絞っていた。
それでも、撮影が入れば彼女は衣装に袖を通し、レンズの前で“如月美咲”に戻る。
だが、最近の衣装合わせでは、さりげなくワンピースやジャケットなど、体型を隠すものが増えてきた。
それに、現場で彼女が座る椅子の近くには、必ず俺がいる。
倒れそうになったとき、支えられるように。
トイレが近くなった彼女のスケジュールに、休憩時間を挟むために。
――地味だ。地味だけど、これが俺の戦いだ。
◆
その日。
午前の撮影を終え、スタジオ裏の搬入口で俺は彼女を待っていた。
出てきた彼女は、いつもの清楚なワンピースに、ほんのり汗を浮かべていた。
「……ふぅ、暑い。しかもお腹、重くなってきた気がする」
「だろうな。そろそろ撮影、もうしばらく休むか?」
「ううん、大丈夫。動けるうちは動くよ。……それが私の“証明”だから」
そう言って笑う彼女の目は、強かった。
母親としての顔と、女優としての誇りが、同じ場所に宿っていた。
◆
午後。自宅リビング。
エアコンを効かせた部屋で、彼女が小さなベビー服を広げていた。
「ねぇ見て。これ、買っちゃった。可愛くない?」
「……お前、それ生まれるまで我慢するタイプじゃなかったんだな」
「ふふ、どうせなら早く“家族の準備”したかったの。……だって私たち、普通の家族になれないでしょ?」
その言葉に、思わず黙る。
そう――この家族には、“公にできない秘密”がある。
如月美咲は、人気AV女優。
その彼女と、交際0日で籍を入れた俺。
しかも、妊娠は公表していない。彼女が出産しても、現役は続ける。
「きっとさ、この子が大きくなったら聞くと思う。“ママ、なんでテレビに出てるの?”とか、“ママの仕事ってなに?”とか」
「……そのときは、正直に話すか?」
「ううん、“正直に話せるように生きる”って決めたの。嘘つかなくてもいいように、恥じないように、女優でいたい」
その決意に、俺はもう何も言えなかった。
この人は、やっぱり強い。俺なんかより、ずっと。
◆
夜。
風呂上がり、髪を乾かしながら鏡を見ていた彼女が、不意に言った。
「ねえ……私の身体、変わったと思う?」
「……変わったよ。前よりもっと綺麗になった」
嘘じゃない。
少し丸みを帯びた腰も、柔らかくなった肌も、どれも愛しくてたまらない。
「ふふ……ありがとう。そう言ってくれるの、悠人くんだけだよ。……“現場”では、見せられない身体になってきてるから」
「それでも、俺には一番きれいに見える」
その夜、彼女は俺の隣で、そっとつぶやいた。
「もし……この子が生まれても、私、変わらず愛してくれる?」
「当たり前だろ。……むしろ、もっと好きになる」
「……そっか。よかった」
微笑んで、彼女は俺の胸に顔を埋めた。
そして、こうも言った。
「私、ちゃんと戻るよ。“如月美咲”として。出産が終わったら、もう一度、撮影に戻る。……それが、私の証明だから」
つまり、彼女はもう覚悟を決めている。
出産しても、終わりにはしない。
“AV女優として復帰する”と。
――俺はその未来が、怖くなかったわけじゃない。
けれど、彼女がそこまで覚悟をしているなら、俺もまた、夫として・マネージャーとして――支える覚悟を決めるしかない。
彼女の身体の中で、新しい命が育っている。
そして彼女自身も、“女優としての誇り”を育てている。
両方を守るために、俺はまた明日も、彼女の隣に立つ。
きっとこれは、普通の家庭じゃない。
だけど、間違いなく俺たちは“家族”だ。
秘密のままでもいい。
この日々を、俺は誇りたい。
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