◆第4話『“本当のこと”なんて、誰にも見せない』
情報は、いつだって滲み出す。
匂い、空気、沈黙の端々から、誰かが“何か”を察していく。
でも――それが真実に変わるまでには、決定的な証拠が必要だ。
だから俺たちは、今日も“嘘ではない沈黙”を続けている。
如月美咲。現役AV女優。30歳。
週に2回の撮影に出演しながら、家では双子の母。
夫はマネージャーである俺。だがその事実は――業界でも、世間でも、まだ誰にも知られていない。
◆
「――でさ、美咲ちゃん。やっぱ私たちの中でもちょっと異色よね。色気が“熟れすぎてない”のに“母性”があるというか」
今日の撮影現場、休憩中。
小島みなみが軽口を叩きながら、飲み物を渡してくれる。
「え、何それ。ちょっとディスってない?」
そう返したのは水卜さくら。
女子更衣室の雰囲気は、女子高の休み時間みたいににぎやかで、どこか“業界の外”を感じさせる空間だった。
「いやいや、褒め言葉。だって、あの“母性感”出せる子、今あんまいないって」
「ま、たしかに。“人妻もの”来そうだよね〜。ね、美咲ちゃん?」
(――笑って)
美咲は自分の心にそう言い聞かせ、ふわりと微笑む。
「そう見えちゃう? いやだな、独身なのに」
「うっわ、さらっと“独身”って強調! 美咲ちゃんって、やっぱ謎が多い〜!」
ごまかせている。
今のところは――。
◆
撮影。
テーマは《年上の幼なじみと、二泊三日旅館で二人きり》。
相手役は架空男優・高嶺秋人。
年下の無邪気さと野性味を備えた、今注目株の若手男優だ。
「如月さん、今日よろしくお願いします。……あの、光栄です」
「こちらこそ。思いっきり演じましょう?」
美咲は、淡く笑った。
そのときだけは、“母”でも“妻”でもない、“如月美咲”という架空の人格になれる。
本番。
浴衣を脱がされ、浴衣のままベッドに横たわり――そして唇が触れ合う。
「んっ……くぅ……ん、ふっ……ぁん……」
秋人の指先が肩から胸元にかけて滑り、ゆっくりと衣をめくる。
それを見つめるカメラ。
俺は、モニター室で、そのすべてを記録していた。
彼女が別の男と交わる様を。
子どもたちの“ママ”が、女優として快感を表現する姿を。
でもそれは、仕事だ。
彼女が自分の手で選んだ人生の一部。
だから俺は、見守ることを“愛”と決めた。
◆
その夜。帰宅。
家に戻ると、美咲は双子を寝かしつけ終えたばかりだった。
「……今日、どうだった?」
「よかったよ。秋人くん、すごく丁寧だったし」
「……バレそうな瞬間は?」
「……ない。たぶんね。でも、“疑ってる目”はある。……演技中に、わざと耳元で“旦那とかいるんですか?”って囁かれたの」
「……何それ」
「でも、私、ちゃんと演じたよ。“いない”って言って、笑った」
美咲は、風呂あがりにソファに座り、アイスを食べながらつぶやく。
「この生活って、変だよね。子ども産んで、家事して、育児して……でも、撮影では他の男とベッドに入ってる」
「それでも、お前は演じきってる」
「ふふ……そうかな。でも、たまに思うの。いつまで“隠して”いられるんだろうって」
俺は、黙ったまま隣に座り、彼女の手を握った。
「……でも、私はもう、辞めないよ。
“バレるかもしれない”からって、私が選んだものを投げ出したら――きっと、後悔する」
「うん。分かってる。だから俺は、支える。……嘘が嘘じゃなくなるまで」
“ママAV女優”――それが公になったとき、どれほどの反発を受けるかは分からない。
でもそのときこそ、真に問われるのだ。
“女優としての価値”と、“人としての覚悟”が。
俺たちは、まだ隠し通す。
それが彼女の武器であるうちは。
だけどきっと、その日は遠くない。
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