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◆第4話『“本当のこと”なんて、誰にも見せない』




 


 情報は、いつだって滲み出す。


 匂い、空気、沈黙の端々から、誰かが“何か”を察していく。

 でも――それが真実に変わるまでには、決定的な証拠が必要だ。


 だから俺たちは、今日も“嘘ではない沈黙”を続けている。


 


 如月美咲。現役AV女優。30歳。


 週に2回の撮影に出演しながら、家では双子の母。

 夫はマネージャーである俺。だがその事実は――業界でも、世間でも、まだ誰にも知られていない。


 



 「――でさ、美咲ちゃん。やっぱ私たちの中でもちょっと異色よね。色気が“熟れすぎてない”のに“母性”があるというか」


 今日の撮影現場、休憩中。

 小島みなみが軽口を叩きながら、飲み物を渡してくれる。


 


「え、何それ。ちょっとディスってない?」


 そう返したのは水卜さくら。

 女子更衣室の雰囲気は、女子高の休み時間みたいににぎやかで、どこか“業界の外”を感じさせる空間だった。


 


「いやいや、褒め言葉。だって、あの“母性感”出せる子、今あんまいないって」


「ま、たしかに。“人妻もの”来そうだよね〜。ね、美咲ちゃん?」


 


(――笑って)


 美咲は自分の心にそう言い聞かせ、ふわりと微笑む。


「そう見えちゃう? いやだな、独身なのに」


「うっわ、さらっと“独身”って強調! 美咲ちゃんって、やっぱ謎が多い〜!」


 


 ごまかせている。


 今のところは――。


 



 撮影。

 テーマは《年上の幼なじみと、二泊三日旅館で二人きり》。


 相手役は架空男優・高嶺秋人たかみね・あきと

 年下の無邪気さと野性味を備えた、今注目株の若手男優だ。


 


「如月さん、今日よろしくお願いします。……あの、光栄です」


「こちらこそ。思いっきり演じましょう?」


 


 美咲は、淡く笑った。


 そのときだけは、“母”でも“妻”でもない、“如月美咲”という架空の人格になれる。


 


 本番。

 浴衣を脱がされ、浴衣のままベッドに横たわり――そして唇が触れ合う。


「んっ……くぅ……ん、ふっ……ぁん……」


 秋人の指先が肩から胸元にかけて滑り、ゆっくりと衣をめくる。


 それを見つめるカメラ。


 


 俺は、モニター室で、そのすべてを記録していた。


 彼女が別の男と交わる様を。

 子どもたちの“ママ”が、女優として快感を表現する姿を。


 


 でもそれは、仕事だ。


 彼女が自分の手で選んだ人生の一部。

 だから俺は、見守ることを“愛”と決めた。


 



 その夜。帰宅。


 家に戻ると、美咲は双子を寝かしつけ終えたばかりだった。


「……今日、どうだった?」


「よかったよ。秋人くん、すごく丁寧だったし」


「……バレそうな瞬間は?」


「……ない。たぶんね。でも、“疑ってる目”はある。……演技中に、わざと耳元で“旦那とかいるんですか?”って囁かれたの」


「……何それ」


「でも、私、ちゃんと演じたよ。“いない”って言って、笑った」


 


 美咲は、風呂あがりにソファに座り、アイスを食べながらつぶやく。


「この生活って、変だよね。子ども産んで、家事して、育児して……でも、撮影では他の男とベッドに入ってる」


「それでも、お前は演じきってる」


「ふふ……そうかな。でも、たまに思うの。いつまで“隠して”いられるんだろうって」


 


 俺は、黙ったまま隣に座り、彼女の手を握った。


 


「……でも、私はもう、辞めないよ。

 “バレるかもしれない”からって、私が選んだものを投げ出したら――きっと、後悔する」


「うん。分かってる。だから俺は、支える。……嘘が嘘じゃなくなるまで」


 


 “ママAV女優”――それが公になったとき、どれほどの反発を受けるかは分からない。

 でもそのときこそ、真に問われるのだ。


 “女優としての価値”と、“人としての覚悟”が。


 


 俺たちは、まだ隠し通す。

 それが彼女の武器であるうちは。


 


 だけどきっと、その日は遠くない。


 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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