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◆第3話『誰かに見られている。けれど、誰にも言えない』




 


 その日、朝のスマホ画面に、ひとつの通知が届いた。


 SNSで急浮上したトレンドタグ――


 #如月美咲結婚説

 #ママAV女優説

 #真実なのか噂なのか


 


 俺――高村悠人は、それを見た瞬間、手にしていた哺乳瓶を落としかけた。


 


 まさか。


 ここまで完璧に隠してきたはずだ。

 関係者にも一切漏れていない。家族も遠方に住んでおり、関係性を断っている。

 何より、美咲自身が“母である自分”を、業界では一切出していない。


 


 だが、その“完璧”が今、少しずつ崩れ始めている。


 



「悠人くん……タグ、見た」


 リビングで双子をあやしながら、美咲が静かに言った。


 目の下には、わずかにクマがある。昨夜の撮影がハードだったせいだ。


「うん……たぶん、誰かが漏らしたわけじゃない。ファンの“推理”だ」


「写真、出てる?」


「出てない。けど――推測が鋭すぎる」


 


 匿名アカウントが上げたツイートには、こう書かれていた。


「如月美咲、実は202X年頃に撮影をセーブしていた時期あり。

産休か?と業界内では噂されていた」

「最近の作品では明らかに“母性演出”が増えている」

「プライベート目撃談あり。ベビーカー押してたとの情報も」

「如月美咲にマネージャー兼付き人の男性が付きっきりで行動=夫では?」


 


 ――どこまで本当なのか。


 正直、その目撃談が事実かどうかも分からない。

 だが、“目”が向き始めた事実は、疑いようがなかった。


 



 数日後、俺のもとに一本の電話が入った。


 「週刊ホープ編集部です。如月美咲さんについて、取材をお願いしたく――」


 


 来た。ついに来た。


 表では“親しいファンメディア”を名乗るその相手は、明らかに“裏”を狙っている。


 交際、妊娠、出産――何か一つでも掴めれば、話題としては十分すぎる。


 


 俺は丁寧に断った。

 その後、美咲の個人連絡先にも非通知の着信が数件。


 


 彼女はただ静かに、母乳を飲みたがる陽翔を抱きながら言った。


「……もう、こうなること、分かってたんだよね。どこかで」


「でも、今はまだ証拠は出てない」


「そう。でも――“真実の片鱗”は匂ってる。誰かが、もう少しだけ踏み込んできたら、たぶん……」


「……隠しきれなくなる」


 


 沈黙が流れる。


 彼女は、ソファの背にもたれて、目を閉じる。


「……ねぇ。もし、明日バレても、あなたは私のそばにいる?」


「当たり前だろ。バレたら、ちゃんと“夫”として名乗る。……俺は、逃げない」


「……ふふ。マネージャーと夫って、こんなに重なるんだね」


 



 夜、撮影現場。


 いつもと変わらぬ笑顔で共演者と話す美咲。


 ――けれどその中に、一人だけ、視線が違う女優がいた。


 架空の女優・八生昇華やお・しょうか

 30代にして知性派女優として業界の“裏”にも強く、言葉にはしないが、察しの早さに定評がある。


 その彼女が、美咲を横目に言った。


「美咲ちゃんって、たまに“守ってるもの”の匂いがするのよね。……なんとなく、だけど」


「へえ? 例えば?」


「例えば――“家族”とか?」


 


 その言葉に、美咲は一瞬だけ、手を止めた。


 だが、すぐに柔らかく笑って返す。


「それ、AV女優として最大級のタブー発言よ?」


「でしょ。でも――あなたなら、背負ってる気がして」


 


 そのやり取りをモニター越しに見ていた俺の背筋が、冷たくなった。


 


 ――そろそろ限界が、近いのかもしれない。


 秘密が、秘密でいられる時間は、永遠じゃない。


 


 



 帰宅後。


 双子の寝顔を見ながら、美咲がぽつりと呟いた。


「悠人くん……この子たちに、いつか伝える日が来るかな。“ママは、演じてた女優だった”って」


「来るかもしれない。でも――それを恥じる必要はない」


 


 彼女は、微笑んだ。


「うん。だったら、“演じきったママ”でいたい。最後まで」


 


 “秘密”と“誇り”のあいだで揺れながら、

 彼女は、まだステージの上に立ち続ける。


 



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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