◆第3話『誰かに見られている。けれど、誰にも言えない』
その日、朝のスマホ画面に、ひとつの通知が届いた。
SNSで急浮上したトレンドタグ――
#如月美咲結婚説
#ママAV女優説
#真実なのか噂なのか
俺――高村悠人は、それを見た瞬間、手にしていた哺乳瓶を落としかけた。
まさか。
ここまで完璧に隠してきたはずだ。
関係者にも一切漏れていない。家族も遠方に住んでおり、関係性を断っている。
何より、美咲自身が“母である自分”を、業界では一切出していない。
だが、その“完璧”が今、少しずつ崩れ始めている。
◆
「悠人くん……タグ、見た」
リビングで双子をあやしながら、美咲が静かに言った。
目の下には、わずかにクマがある。昨夜の撮影がハードだったせいだ。
「うん……たぶん、誰かが漏らしたわけじゃない。ファンの“推理”だ」
「写真、出てる?」
「出てない。けど――推測が鋭すぎる」
匿名アカウントが上げたツイートには、こう書かれていた。
「如月美咲、実は202X年頃に撮影をセーブしていた時期あり。
産休か?と業界内では噂されていた」
「最近の作品では明らかに“母性演出”が増えている」
「プライベート目撃談あり。ベビーカー押してたとの情報も」
「如月美咲にマネージャー兼付き人の男性が付きっきりで行動=夫では?」
――どこまで本当なのか。
正直、その目撃談が事実かどうかも分からない。
だが、“目”が向き始めた事実は、疑いようがなかった。
◆
数日後、俺のもとに一本の電話が入った。
「週刊ホープ編集部です。如月美咲さんについて、取材をお願いしたく――」
来た。ついに来た。
表では“親しいファンメディア”を名乗るその相手は、明らかに“裏”を狙っている。
交際、妊娠、出産――何か一つでも掴めれば、話題としては十分すぎる。
俺は丁寧に断った。
その後、美咲の個人連絡先にも非通知の着信が数件。
彼女はただ静かに、母乳を飲みたがる陽翔を抱きながら言った。
「……もう、こうなること、分かってたんだよね。どこかで」
「でも、今はまだ証拠は出てない」
「そう。でも――“真実の片鱗”は匂ってる。誰かが、もう少しだけ踏み込んできたら、たぶん……」
「……隠しきれなくなる」
沈黙が流れる。
彼女は、ソファの背にもたれて、目を閉じる。
「……ねぇ。もし、明日バレても、あなたは私のそばにいる?」
「当たり前だろ。バレたら、ちゃんと“夫”として名乗る。……俺は、逃げない」
「……ふふ。マネージャーと夫って、こんなに重なるんだね」
◆
夜、撮影現場。
いつもと変わらぬ笑顔で共演者と話す美咲。
――けれどその中に、一人だけ、視線が違う女優がいた。
架空の女優・八生昇華。
30代にして知性派女優として業界の“裏”にも強く、言葉にはしないが、察しの早さに定評がある。
その彼女が、美咲を横目に言った。
「美咲ちゃんって、たまに“守ってるもの”の匂いがするのよね。……なんとなく、だけど」
「へえ? 例えば?」
「例えば――“家族”とか?」
その言葉に、美咲は一瞬だけ、手を止めた。
だが、すぐに柔らかく笑って返す。
「それ、AV女優として最大級のタブー発言よ?」
「でしょ。でも――あなたなら、背負ってる気がして」
そのやり取りをモニター越しに見ていた俺の背筋が、冷たくなった。
――そろそろ限界が、近いのかもしれない。
秘密が、秘密でいられる時間は、永遠じゃない。
◆
帰宅後。
双子の寝顔を見ながら、美咲がぽつりと呟いた。
「悠人くん……この子たちに、いつか伝える日が来るかな。“ママは、演じてた女優だった”って」
「来るかもしれない。でも――それを恥じる必要はない」
彼女は、微笑んだ。
「うん。だったら、“演じきったママ”でいたい。最後まで」
“秘密”と“誇り”のあいだで揺れながら、
彼女は、まだステージの上に立ち続ける。
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