◆第1話『誰かと重ねる身体と、誰にも渡さない心と』
続編…
午前5時、リビング。
ミルクの準備を終えた俺――高村悠人は、双子の片割れ、泣き出した娘を抱き上げる。
名前は「結菜」。
細く泣き出し、すぐピタッと止まるのがこの子の癖。
隣のベビーベッドでまだ眠っているのは、息子の「陽翔」。
そして、ソファでは毛布を肩までかぶったまま眠る――彼女、如月美咲。
つい数時間前まで、別の男と絡むAV撮影を終えたばかりだ。
「……ふぁ、悠人くん……ごめん、起きる……」
「いや、寝てていい。今日の撮影、ハードだっただろ?」
「うん……けど、母乳の時間……」
そう言って、ゆっくりと起き上がる美咲の髪は、まだどこかに“昨夜の女優”を引きずっていた。
艶っぽい、湿度の残る色気。
でも、その胸元で赤ん坊に頬ずりされるときには、まるで別人のように優しい表情を浮かべていた。
――このギャップを、俺はもう何度も見てきた。
でも、未だに慣れることはない。
◆
週2回、彼女はAV撮影に出る。
子どもたちは、ベビーシッターと、俺が交代で見ている。
その間、彼女はスタジオに立ち、衣装を着て、カメラの前で“清楚なエロス”を演じている。
そして今日もまた、撮影がある。
タイトルは《母性の奥で、私を見つけて――如月美咲、27歳、母、再び》。
相手役は――またも橘凌真だった。
「今日、行くの? 現場」
「ああ、もちろん。マネージャーだからな」
心の中では、行きたくない。
彼女が別の男と絡むのを見て、嫉妬しない自信なんてない。
だけど、マネージャーとしては目を逸らせない。
コンディションの確認、現場管理、本人の安全。
何より、彼女自身が“俺に見ていてほしい”と望んでいる。
「……分かってるよ。でも、やっぱり……複雑だよね」
彼女は、自分で“複雑さ”を分かった上で、なお選び続けている。
子どもを産んでも、辞めない。
ママになっても、AV女優であり続ける。
――だから俺は、覚悟を決めて、今日も現場へ向かった。
◆
撮影スタジオ。
ソファと寝室が繋がったセット。
母性をテーマにした、生活感あるラブシーンが要求される。
美咲はネグリジェ風の衣装に身を包み、薄くメイクを施していた。
脚を組んだとき、脚線があらわになる。
撮影前、橘凌真がこちらへ近づく。
「今日も見てるのか、旦那さん」
「ああ」
「正直、やりにくい。でも、美咲があんたの前で“完璧な演技”するの、俺は嫌いじゃない」
そう言って笑い、カメラチェックに向かう彼の背中を見て、俺は心の奥を押し殺した。
◆
撮影、本番。
カメラが回る。
ベッドルームのシーン。
美咲が薄く目を潤ませ、凌真に甘えかかる。
「ねえ……今夜も、抱いてくれる?」
「お前がそう言うなら、何度だって」
そして唇が重なる。
舌と舌が絡む湿った音が、マイクに拾われる。
「んっ……ちゅ、んぅっ……くちゅ……ふ、ふぁ……」
凌真が胸元へ手を伸ばし、ネグリジェを滑らせる。
肌が露わになり、指がゆっくりと内腿を撫で上げていく。
彼女は声を漏らす。
「はっ……ん、ダメ……でも、気持ちいい……くる……の、奥まで……」
ベッドに押し倒され、重なり合う身体。
動く腰。擦れる肌。
そしてふたたび、唇を深く重ねる。
彼女は息を切らしながらも、どこかでカメラの位置を意識している。
それが、プロだ。
そしてそれでも、俺の“妻”だ。
――俺は、見守るしかない。
苦しさを飲み込みながら。
◆
撮影後。
帰宅。深夜0時。
子どもたちは寝ていた。
静かな部屋の中で、彼女はシャワーを終えて、バスローブ姿でソファに座っていた。
「……悠人くん」
「……ん?」
「ねぇ、お願い。今夜は、マネージャーじゃなくて、“夫”でいて」
その言葉に、俺はもう何も言えなかった。
彼女の身体に触れる。
他の男に抱かれたあとでも、
いや、だからこそ、確かめたくなる。
この身体が、俺のものであることを。
心が、どこにも行っていないことを。
俺は、彼女を抱いた。
ゆっくり、丁寧に。
愛おしむように、何度も唇を重ねながら。
彼女は、静かに涙を流した。
「ごめんね……わたし、やっぱり、おかしいよね」
「おかしくなんてない。お前は、お前だ。……そして、俺の妻だ」
それだけは、絶対に、変わらない。
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