第八回
①タイトル
岩波訳では通霊に比して~とされていたが、薛宝釵の金釵と比べとする方が適切な気がしたのでそちらを選択した。
②冒頭の李ばあやの描写:翻案
佚文があるはずなのでよく分からないがこの翻案では李ばあやが王夫人と比べて、より宝玉への真情に近い存在として仮定したかったため、冒頭に宝玉に執着する理由としてのエピソードを追加した。それほど齟齬はないと思う。ただこれは第六回の劉ばあさん、第七回の焦大と同じ形をとっているため筆者の技量のなさが浮き彫りになったかたちだ。
③賈母への報告:考察
王熙鳳は秦鐘を家塾に通わせる許可をえるにあたって「情の人」である賈母のもとへ挨拶に向かった。これは翻れば王夫人の軽視に他ならない。
④芝居を見に行くシーン:考察
史太君は芝居が好きだが、王夫人は芝居が嫌いという明示の仕方は王熙鳳の王夫人への軽視を思わせる。
また、二人が帰宅したのち王熙鳳が上座に就くのは王熙鳳の栄国府の権力の奪取を暗示していると思われる。
⑤梨香院に向かう際に、宝玉が父親である賈政を恐れるシーン:脂評1、考察
これは本来メインテーマにあたるものである。あのころの苦悩が思われる。なんともはや。
私は、作者は曹雪芹だとしても、宝玉のモデルは作者そのものではなく、脂評を書いた誰かだと思っている。薛=雪(冷たい)の言葉遊びやあの過剰に抑制の効いた文章を「宝玉」が書けるわけがない。
⑥呉新登らのシーン:脂評2、考察
梨香院に入る前にこういった紆余曲折を描いているのを見るがいい。それとなく宝玉が文字を書く場面を書いている。そうでなければ後の場面(詩作の描写等)があまりにも唐突になってしまうではないか。
表層的な礼による「情」の欺瞞である。第八回ではあきらかに”真情”と”仮情”がテーマになっている。
⑥黛玉が宝玉の梨香院行きを発見するシーン:考察、翻案
ここは話をスムーズにつなげるために必要だったので追加した。雪(xue)は薛(xue)とつながり、宝釵の呼び水となっている。五行的にも金剋木が感ぜられ、黛玉が苦しめられる伏線となっている。
⑦薛のおばさまと宝玉の会話:考察
他が目立つのであまり目につかないが、薛のおばさまも奇妙に映る。かなり長じた宝玉を稚児扱いし、王熙鳳を「鳳ちゃん」と呼ぶ、黛玉への配慮が足りないなど……。そのずれを表現するため、原文は「我的子」で、過剰かと思われたが「おちびちゃん」と訳した。薛蟠のことも宝玉の質問と応答がずれている。
⑧宝釵と宝玉の対話のシーン:脂評3、4考察
神や鬼を描くのは簡単だが、人を描くのは難しい。宝卿を描くことはまさに人物を描く筆致であり、黛玉と一緒に描くのはさらに難しい。今、作者はその一寸の難しさも感じさせず、二人の真実の姿を実に見事に伝えている。これが神の助けでなければ、何であろうか?
宝釵はかなり(過剰に)筆を抑えめに書かれている。黛玉と並列させるとどうしても黛玉の情が表出し、それに伴って宝釵の情が表出することは免れない。そのことを言われているのだと思うが、あまりにも抑制がすぎ、読者がかなり読み込まないと分かりづらい構造になっている。そこの塩梅は翻案では難しいが、できるだけ分かりやすく、だが原作者の意も尊重して書いてゆきたい。
これこそが宝釵の正伝である。前に書かれた黛玉の正伝と併せて読むがいい。まったく違和感のないことに気づくだろう。
いわゆる「金玉の縁」の項であるが、宝釵が身を寄せるなど宝玉への好意が感じられる。ただ分かりづらいので原書よりも分かりやすくなるように工夫した。
⑨拙さを守る:翻訳、考察
原書の註に「聡明さを表さない」とあったが、老荘的な処世の意味合いが強いように思われる。本当に巧みなものは拙く見える風の言かと。急に神視点の文になるのを避けるため、宝玉の内心とした。
⑩鶯児との会話、対句:考察。
あからさまに宝釵は宝玉と二人になりたがっている。お茶を準備させようとするのも、鶯児が対句の来歴を述べようとしたときにとどめたのも、それが「金玉の縁」を暗示しているかつ、それを宝釵が意識していることの表れだろう。
⑪宝玉の大きさについて:脂評7,翻案
また、ふとこの数語を作り出し、幻を真にし、真を幻にする。真実と虚構が入り乱れ、筆と墨の中で自由に遊び回ることは、まさに狡猾の極みと言える。
ここをどうするかはかなり迷った。もともとは地の文だった。あまりにもメタ的になるので作者の意に反して宝釵の内心として処理した。
⑪宝釵が復唱するシーン:脂評8
この心中から漏れた言葉は神理である。
宝釵が宝玉の「宝玉」と自らの首飾りが対句になっていること、すなわち自身と宝玉とが運命で結ばれていることを実感している場面である。
⑫黛玉が来た場面:脂評9
針の穴を通すように緊迫に緊迫が続く。
⑬鶯児が和尚のエピソードを紹介するシーン:脂評10、考察
皆さま、本を閉じて目を閉じ、その神髄を思い描いてみられよ。座す姿、立つ姿を思い、薛宝釵の面差しと口ぶりを想像してみよ――実に妙、実に妙ではないか!
鶯児は明らかに宝玉と宝釵の文字が対になっていること、それが運命の縁となってつながっていることを言いかけた。それを押しとどめた宝釵の羞恥、怒りなどが鶯児への態度となって表れている。
⑭姐姐、そんなに僕が信用できませんか?:翻訳
原文、你怎麼瞧我的了呢?
直訳すればどんなふうに僕を見ているんですか? 僕を何だと思ってるんですか? とどちらにしようか迷ったが、分かりやすい方を採った。
ちなみに字など書いていないというのは宝釵の嘘である。それを喝破して宝玉は上記のように言った。
⑮宝玉が薬を飲もうとするのをたしなめる宝釵:翻訳、考察
原文、又混鬧了,一個藥也是混吃的? 直訳すれば、またふざけて、お薬まで食べちゃうつもりなの?
岩波訳はお薬はやたらに飲むものではありません、となっているが、明らかに原文は後に見える宝玉が女性の紅を食べてしまうことを踏まえた言となっている。
⑯李ばあやがお菓子を下賜する場面。
原文、我叫丫頭去取了斗篷來,說給小么兒們散了罷?
岩波訳では小者に好きにしてよいと伝えておきましょう、となっているが前段にお菓子をいただいた描写があるので「お菓子を分け与えてもよいか」と李ばあやが聞くことにした。李ばあやの「情」の描写の伏線だと思う。蛇足だが史記の滑稽列伝に雪模様の中待つ兵士をおもんばかる描写があり、それに倣ったかとも思う。
⑰李ばあやと薛のおばさまの宝玉がお酒を飲むことに対する態度の違い:考察
李ばあやは「お酒を飲むこと」を叱っているのに対して、薛のおばさまは「宝玉が叱られること」をたしなめている。これは「真情」、「偽情」(私の造語)の対比となっている。
⑱宝玉の李ばあやに対する二人称
原文は「媽媽」となっており、「お母さん」と同音同字である。「ばあや」と岩波訳は訳しており、これでも「翻訳」としては正しいと思う。だが、ここでは李ばあやを母親と同一視しながら「実際の立場役割は母親と違う」というこの微妙なずれを原作者は表現したかったはずである。媽媽という語の両義性を原作者は意識していたはずだが、日本語に訳すると、どうしても「母親」と一義的になってしまうのはやむをえなかった。どちらかを採らなければならなかったが、ここではお乳母さんと見た目上の文字と、その意を両方併記することで苦肉の策とした。
⑲老貨の取り扱い:翻訳
老貨は老人の侮蔑語であり、貨は「奇貨居くべし」の故事があるとおり物の意。前後の文脈を考えて、薛のおばさまは頭も古いばあさん、黛玉は老いぼれと訳した。そのため薛のおばさまのいいぶりを黛玉が真似たような文脈の妙は再現できなかった。
⑳宝くん:翻訳
原文、宝兄弟、宝さんと訳してもよかったが、宝釵と混同しそうだったので宝くんと訳した。お姉さん然としているここの宝釵には悪くない表現だと思う。
㉑薛のおばさまと宝釵の忠告:翻訳、考察
原文、寫字手打颭兒 薛のおばさまの言だが、岩波訳ではお習字を書くときにとなっているが、字を書く方の手が適切かと思わる。小さい子に右手ってどっちと聞かれ、お箸を持つ方の手よと答えるのと同じニュアンスだと思われ、薛のおばさまが宝玉を幼児扱いしていることがうかがえる。実際にはこのときでも十以上の年齢は重ねているはずであり、宝釵の台詞が理知的であったということを差し引いても子ども扱いされた宝玉が良く思わなかったことは想像に難くない。だがいずれにせよ、「酒をどう飲むか」に焦点が当てられていて、どちらも酒を飲むなと言わないことにこれが「真情」でないことがうかがえる。
㉒黛玉と雪雁のやり取り。
雪雁を責めているように見せかけて、宝釵の言うことなら聞いてしまう宝玉をあげつらっている。
㉓黛玉の皮肉に対する宝玉、宝釵の態度:脂評11
どちらも宝玉、宝釵らしいとの記述。
㉔黛玉と薛のおばさまのやり取り
黛玉の台詞はまったくの詭弁である。だが、薛のおばさまも「黛玉を自分がどう思っているか」に話の力点が置かれており、「黛玉が世間からどう思われるか」に力点を置いている黛玉の台詞とはかみ合っていない。
㉕黛玉のせりふのなかでの媽媽:翻訳
黛玉は李ばあやにも嫉妬している節が見受けられる。ここで単純に你を使わず媽媽を使ったのは皮肉の表れだと考えた(母親でもないくせにという皮肉を含む)。そこでかっこ書きで「お母さん」とした次第だ。
㉖顰め娘:翻訳
原文、顰丫頭。岩波訳では顰めさんと訳されていて、これも良訳だと思うが、原文にある小娘感を出したかったので上記とした。
㉗茜雪と李ばあやのやり取り;翻案
前述のとおり、本翻案では茜雪にアガペーを仮定している。刑場へ向かうことを知っているキリストを想定してこの場面を書いた。理の側にいる襲人が黙殺をするのは宝玉に対するやきもちを含んでいる。
㉘一日ここにいたんだから:翻訳、考察
黛玉の台詞だが薛家には一日中いたわけではない。このまま梨香院にいると宿泊するのではないかと危惧したからの言と見た。そのため雪雁に首をかしげさせた次第だ。




