第26話:言葉は虹色
「な、なに!? メイド!?」
「あ……!」
堅牢な扉が木っ端微塵に砕け散る。あまりに荒々しい乱入者の姿を目にし、ベッド上の二人は一瞬、思考をフリーズさせた。
カティナが、はだけかけたバスローブの胸元を慌ててかき集めながら立ち上がる。その瞳には、激しい怒りと羞恥が色濃く滲んでいた。
「ちょっと! いきなりなんなのよ、あなた!!」
「アタイがプリメッタだよぉ! ドレーくんに何しとんじゃい!!」
ドレイクの口から散々聞かされた『プリ姉』の正体がこの少女だったのかと、カティナは値踏みするように目を細める。
己の誘惑を無自覚に阻んでいた存在への嫉妬を隠し、カティナは勝ち誇ったような冷笑を浮かべて見下した。
「あなたが『プリ姉』……なによ、まだ子供じゃない。メイド風情が無礼よ! 控えなさい!」
「アタイはこれでも17じゃい! っていうか、奴隷がいつまで王族気取ってんのさ! 弁えろ、おばさん!!」
「お、おばさんですって! 私はまだ19よ! あなたこそ、どういう立場で口を利いてるわけ!?」
「あ、アタイは……」
カティナからの鋭い追及に、プリメッタは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
自分は一体、どういう権利があってここに乱入し、これほどまでに頭に血を昇らせているのか。
ドレイクがカティナに連れ出された瞬間から、胸の奥をチクチクと不快に突き刺していた正体不明の痛み。それが制御不能な炎となり、体を突き動かしていた。
ドレイクが助けを求めたわけでもなく、彼がカティナを明確に拒絶したわけでもない。
それなのに、大切な居場所や存在理由を丸ごと奪われるかのような焦燥感を感じる。
己の内に芽生えた感情を正しく認識しきれていないプリメッタは、湧き上がる強い衝動を大義名分にすり替え、胸を張って高らかに叫んだ。
「アタイは! この子の保護者だよぉ!!」
「ふーん、保護者ねぇ。あなたみたいに親気取りで過保護な女がいるから、ドレイクが優柔不断で鈍感になるんじゃないの!」
「ドレーくんは優しくて慎重なだけ! 悩んで苦しんで、人を傷つけない方法を必死に探してるの! あんたに、ドレーくんの何が分かるっていうのさ!!」
「く……私は、十分に傷付けられたわよ!」
「ドレーくんの優しさを利用して関係を迫るあんたに、被害者ヅラする資格なんてない!」
叫ぶと同時に、プリメッタの姿が視界から掻き消えた。一流の戦士であるカティナが、その動線を目で追うことすら叶わない。
気付けばすでに背後に回り込まれており、背中にあり得ないほどの力がのしかかる。
カティナは両足に魔力を込めて踏ん張ろうとする。しかし、背後から加えられる推力は、人間の筋力という概念を軽々と凌駕していた。
「ぐぐぐ、ちびっ子のクセにッ……なんなの、このパワーは……!?」
「誰がちびっ子じゃい! 脱いだらスゴいわい!!」
必死の抵抗も虚しく、カティナの身体は摩擦を失ったかのように床を滑り、あっという間に部屋の外へと押し出されてしまった。
そしてそこに待つ、一人の老執事の名をプリメッタが叫ぶ。
「ミルちゃん!」
「カティナ様。扉が壊れてしまったので、別室へご案内します。さぁ、こちらへ」
「壊したのはこの子でしょ! って、ちょっと ! ミルタンさん!?」
流れるような動作でカティナの肩を掴み、二人は廊下の奥へと消えていった。
騒劇の痕跡を残す豪奢な室内に、ようやく穏やかな静寂が戻ってくる。
邪魔者を排除したプリメッタは、先ほどまでの荒々しい気迫を急速に収めると、心配そうな眼差しで慌ててドレイクのもとへ駆け寄った。
「ドレーくん! 大丈夫? 変なことされなかった?」
「全然大丈夫だよ。結婚しようって言われただけだし」
「結婚!? 後がない女はこれだから! あー怖い怖い、戸締りしとこ!」
「ぼくらも出られなくなっちゃうよ」
どこから取り出したのか、出入口を木板で完全封鎖しようとするプリメッタ。
そんな彼女の防衛行動を苦笑交じりに宥めながらも、ドレイクの手元はどこか力なく、握りしめたトランプへと沈んだ視線を落としていた。
「どうしたの? やっぱり何かされたの?」
「ううん……大したことじゃないんだ。ただ、ババ抜きが子供の遊びって言われて、やっぱりぼくって子供なのかなぁ〜、って」
「子供でしょ」
即座に飛んできたツッコミに、ドレイクは目を丸くし、そしてすぐに苦笑いを浮かべた。
だが、ドレイクが落ち込んでいた本当の理由は、単に子供扱いされたことへの不満ではない。
暗く過酷だった奴隷生活の中で、プリメッタと二人で笑い合いながら遊んだあの夜。
人間らしい温もりと『誰かと遊ぶ楽しさ』を初めて知った宝物のような時間が、カティナにとっては『子供の遊び』と切り捨てられてしまったこと。それが、少年の無垢な心に傷を残していたのだ。
少年の繊細な葛藤を、プリメッタは寸分違わず察していた。彼女の瞳から険しさが完全に消え、包み込むような深い慈愛が宿る。
「ねぇ、『言葉には力が宿る』って言ったの、覚えてる?」
「うん、もちろんだよ」
「良い意味、悪い意味。言った人の境遇や感情、受け取り手も然り。言葉は、場合によって沢山の色に変化するの」
「沢山の、色に……」
「あのお姫様も、頭からババ抜きを否定した訳じゃない。また別の機会に誘えば、きっと楽しく遊んでくれるはずだよぉ」
「うん……ぼくが、ダメなタイミングで言っちゃったんだね」
「くふふ。少年よ、学ぶがよい!」
少年の素直さに破顔し、プリメッタはトランプを手にした。
手品のような鮮やかな指使いでカードをシャッフルし、遊戯台の上へと軽やかに移動する。
「同じ言葉でも色んな意味がある。そう──『言葉は虹色』! 嬉しいことも辛いことも、全部知って初めて、誰かに楽しさを伝えられるんだから! そのためには〜……」
表層の美しい言葉や綺麗事だけを切り取っても、本当の信頼や絆は生まれない。相手の愚かさも、痛みも、隠したい本音もすべて受け止めた上で言葉を紡ぐこと。
それこそが、ジャーナリストとしての彼女の美学。世界中を親友にしたいと願う、彼女の信念だった。
「さぁ、手札をとりたまへ! このプリメッタ様が、再びドレーくんに敗北感を植え付けてやるよぉ!」
「わぁ! やったあ!」
先程までの表情はどこへいったのか、満面の笑顔でカードを手に取るドレイク。
言葉の持つ色。それは人との関わりの中で幾重にも変化し、世界を鮮やかに塗り替えていく感情の光。
もし、これから始まる二人だけの愛おしい『ババ抜き』に色を付けるとするのならば──
「ぼくも成長したってことを、プリ姉に教えてあげるよ!」
「言うねぇ〜。ま、結果は分かってるけど!(ジョーカーに印いれたしね)」
それはきっと、誰もが羨む──美しい虹色なのだろう。
ア ト 二 ツ




