第23話:自覚の予兆
「かくして極悪公爵の目論見は、少年の揺るぎなき決意と、スーパー美少女メイドの献身的なサポートによって見事に打ち砕かれたのであった──と」
満面の笑みを浮かべて手帳にペンを走らせるプリメッタ。その横では、極悪公爵ことガリノミアが、青ざめた顔でワナワナと身体を震わせていた。
「あの、その極悪公爵というのは……?」
「おめーだよ! おめー!」
「な、何故わたくしが!?」
「カティナ様を礎に〜、とか言ってたじゃん。録音もしてるよぉ」
「それはプリメッタ嬢が『クッキーあげるから、遊びで悪役を演じてくれ』と申されたからで──」
「たかがクッキーで、己を売った浅はかさを恨むんだね」
「捏造ではありませんか! お、お願いですから記事にはしないで下さい!」
「くっふっふ。これで、ドレーくんの借金の件はチャラにしてあげるよぉ」
してやったりとばかりに、プリメッタは満足げに手帳をパタンと閉じる。弁明しようと縋り付いてくる公爵の手をあっさりと払いのけ、大事なネタ帳を胸元へと隠してしまった。
「わたくしの、公爵としての威厳が……」
「何言ってんのさ〜。結構ノリノリだったくせに」
「いや、まぁ……ほっほっほ。たまには、ああいったのも楽しいものですな」
小柄な少女に肘で小突かれ、帝国の最高権力者であるガリノミアは、照れくさそうに頭を掻いた。
なんだかんだと言いつつも、すっかりプリメッタに毒され始めている公爵は、眼下の闘技場に立つ二人の姿を見下ろし、心底からの安堵の溜息を漏らした。
「いやはや。無事に終わってホッとしましたよ」
「ま、ドレーくんが女の人を殺すはずないしね。もし殺してたら、ヤバかったんじゃない?」
「仰る通りです。カティナ様の存在が、バロンの戦士を抑えているのですからな。もしカティナ様を失えば、バロン王国を筆頭に属国が大反乱を起こしますよ」
「アーギルの戦士が一斉蜂起かぁ。それはそれで、いい記事になりそうだね」
「勘弁してください……」
無邪気なプリメッタの冗談に、ガリノミアは最悪の未来予想図を脳裏に過ぎらせ、額に滲んだ冷や汗をハンカチで拭った。
一騎当千と謳われるアーギルの戦士たちが、王女の死を旗印に一斉蜂起すれば、それを起爆剤として帝国全土を巻き込む大反乱が起きるのは明白だ。さらにそれに乗じて、周辺諸国からの武力介入も確実に生じる。
ただでさえ、皇帝クラウリーの狂行によって情勢が不安定なのだ。これ以上の火種を抱え込みたくないというのが、公爵としての偽らざる本音であった。
「しかし、『礎』としての役目は果たしてもらいました。残る二人がカティナ様の敗北を知れば、想定以上の力を発揮するかもしれません」
「お姫様に、手紙でも書いてもらったら?」
「ほっほっほ! それは良い考えですね」
王女直々の『想い』を託されれば、親衛隊である二人の闘争心に、否応なく火がつくはずだ。
プリメッタの抜け目ない提案に、ガリノミアはポンと手を打ち鳴らして喜色を露わにした。
「バロン王国の王女が心から帰順したと知れ渡れば、自ずとアーギルの戦士たちもドレイク殿に従う事となりましょう。これは敵を減らすだけでなく、味方をつくる戦いでもあるのです」
闘技場の中央では、ドレイクとカティナが互いの健闘を称え合っている。朗らかな笑顔を見せるカティナの様子に、ガリノミアは自らの思惑が完璧に実を結んだことを確信していた。
「しかしそれも、この後の試合が無事に済めばの話ですが」
「残り二戦。あの『無紋のバルドリク』と、その弟子だっけ?」
「えぇ。『グレイガン・ドラクス』──バルドリク殿に師事する、若きアーギルの戦士です。歳は18、紋がまだ馴染んでおらず、実戦経験もありません」
「ふーん。どっちにしろ、ドレーくんの敵じゃなさそうだね」
「そうですな。しかし、グレイ殿の闘争心には目を瞠るものがあります。意外と食い下がるやもしれませんぞ」
「アタイ的にも、塩試合じゃなくて刺激的な展開が欲しいからね! まぁ盛り上がりにかけたら、またガリ公に悪役を演じてもらうよぉ」
「それはちょっと……」
ドレイクの実力を間近で見てきたプリメッタにとって、たとえ相手がA級の異名持ちであろうと、さしたる脅威にはならないと踏んでいた。
ましてや、まだ実戦経験もない弟子が次の相手だと言うのなら、なおさらのことだ。
問題があるとすれば、それは戦力差ではなく、ドレイク自身の『心』の問題。
だが、これまでの二戦で少年が見せた覚悟は、どんな盤面にあっても決して自分を見失わない『強さ』と『優しさ』を兼ね備えていた。
なんの問題もない。
第一に少年の無事を祈る心優しき少女は、軽口を叩けるほどに、この先の展開を楽観視していた。
「あれ? お姫様が呼んでるよぉ」
「おや?」
闘技場での語らいを終えたのか、カティナが最上段の貴賓席へ向かって大きく手を振り、楽しげな声を張り上げてきた。
「レイス公! 彼と少し話がしたいんだけど、構わないかしら!?」
カティナの真意までは測りかねたものの、互いに納得のいく形で死闘を終えた今、彼女がドレイクを害することはないだろう。
そう判断したガリノミアは、寛大に『どうぞ』と手のひらを差し出して許可を与えた。
最高権力者からの了承を得たカティナは、一瞬だけ含みのある笑みを浮かべると、ギュッとドレイクの手を握りしめた。
「さ、行きましょうか」
「え? どこへですか?」
「こんなとこじゃ落ち着いて話もできないし、私の部屋へ行きましょ。レイス公から、特別に部屋を貸してもらってるのよ」
「あ、そうなんですね。良かったです」
あの劣悪な環境の地下牢ではなくて良かった。そんな純朴な思いから心底ホッとしたように微笑む少年を見て、カティナはほんの少しだけ頬を朱に染めた。
そして、先ほどまでの快活な戦士としての顔とは違う、大人の女性としての妖艶な笑みを浮かべる。
「行きましょ。一緒に朝日を拝んでくれるんでしょ?」
「……?」
言葉の意味が分からず、きょとんと首を傾げるドレイク。カティナはそんな少年の手を引き、足早に歩き出した。
二人の姿は、あっという間に闘技場の薄暗い入場口の奥へと吸い込まれ、消えていく。
「いやぁ、わだかまりも無いようで安心しました。これで、帝国とバロン王国の軋轢も解消ですな」
「……」
国家の展望が明るくなったことに満足げなガリノミア。だがその横で、プリメッタは二人が姿を消した暗い入場口を、じっと見つめ続けていた。
今までに感じたことのない、チクチクと胸の奥を刺すような不思議な痛み。
その正体のわからぬ感情に戸惑いながらも、プリメッタは予想外の角度から発生した『問題』に、不機嫌そうに眉を顰めるのであった──。




