第22話:vs カティナ【後編】
九つのパーツへと分かたれた黒鉄の棍が、カティナの身を護る領域として周囲に展開される。
その内の一つを彼女が握りしめると、宙に浮く他のパーツが水を得た魚のように青白い輝きを増し、猛烈な速度で自転を始めた。
カティナがそれを右に振るえば、追従するように幾つかのパーツが右へ旋回する。左へ返せば、残りのパーツが瞬時に軌道を変える。
手元の芯をバトンのように回すと、全ての凶器が嵐のごとき軌跡を描き出し、近づく者すべてを粉砕する防御壁を形成した。
「ほほぉ。実に器用ですなぁ」
「ほんと。流石に使いこなしてるって感じだね」
あまりに高度な王女の魔力練度に、さしものガリノミアとプリメッタも感嘆の目を瞠った。
万能の魔石ルミタイトを機構に組み込んでいるとはいえ、複数の魔導具を空中で同時に、しかも別々の軌道で操るなど、並の戦士では決して成し得ない技である。
今のカティナに迂闊に踏み込めば、四方八方から飛来するパーツによって、瞬く間に五体を削り取られることになるだろう。
だが──
「確かにすごいけどさぁ、ドレーくんが近づかなかったら意味ないよね?」
プリメッタの指摘は至極当然であった。いかに強固な防御壁を築こうとも、攻撃を仕掛けてこない相手に対しては無用の長物に等しい。
だがガリノミアは、その絶対防御の奥に潜む別の可能性を見出し、薄く笑って顎をさすった。
「いえ。あれは恐らく、時間稼ぎでしょうな」
「時間稼ぎ?」
「ルミタイトの魔力は有限です。恐らく、残された魔力を全て使い、最後の一手に賭けようとしているのでしょう」
ガリノミアの考察を裏付けるように、浮遊するパーツの回転速度は徐々に増し、そこから溢れる魔力の輝きが目に見えて強大になっていく。
相手を近づけさせないのは、最大火力を練り上げるための『溜め』の技法。
闇夜を乱れ飛ぶ光虫のように、不規則で流麗な輝き。ドレイクはその軌跡を静かに目で追いながら、大気を震わす魔力の流れを直接肌で感じ取っていた。
(……すごい。こういう使い方もできるんだ)
ドレイクは、この死闘の最中にあっても、極めて冷静に魔力の扱い方を学んでいた。己の肉体だけでは成し得ない、魔力操作によって実現される未知の戦闘法。
その視線の先に見据えているのは、必ず対峙することになるであろう、玉璽保持者との死闘。その戦いを生き抜くために、少年は貪欲に自らの引き出しを増やそうとしていた。
そして同時に、ドレイクはカティナの思惑を正確に読み取っていた。これから放たれるであろう彼女の『奥の手』を正面から受け止めるため、ドレイクはあえて大きく後退し、十分な距離を取る。
膨張し続ける青白い魔力と比例するように、カティナから放たれる殺意が極限まで高まっていく。
必殺の一撃を見舞わんとするその波動に呼応するように、ドレイクの左手に嵌められた鉄輪から、バチバチと赤黒い魔力が噴出し始めた。
「解き放て!」
カティナが二度目となる『解放』の言霊を叫ぶと、九つのパーツの輝きは一層の爆発を見せ、太陽の如き熱光を纏いながら彼女の手元へと急激に収束していく。
再び一つの棍へと結合したものの、その内部で荒れ狂う魔力の回転は止まらない。各パーツの接合部からは、凄まじい摩擦と圧力の上昇によって、ビキビキと悲鳴のような軋み音が響き渡る。
そして、限界を超えて高まり続け、臨界寸前となった暴走魔力をねじ伏せていたカティナが、その眩い切っ先をドレイクへと真っ直ぐに向けた。
「──グレイプニルッ!!」
王女の裂帛の叫びと共に、棍の先端から超圧縮された魔力の奔流が解放される。
だが、その絶大な反動に耐えきれず、王家の魔導具は自壊を引き起こし、パラパラと形を崩して崩壊を始めた。
己の役目を終え、主へ別れを告げるような砕け散る音を残し、解放された光の砲撃が、夜の闘技場を切り裂いてドレイクへと迫り来る。
カティナが全てを懸けた必殺技がもたらした、極上にして純粋な殺意。その殺意が種火となり、ドレイクの左手の鉄輪から、一本の禍々しい『骨鎖』が顕現した。
青白い魔力砲と、赤黒い骨鎖が、正面から激突する。
閃光と鼓膜を破るような衝突音が闘技場全土を包み込み、あまりの眩さに、観戦していたガリノミアとプリメッタは思わず目を庇って視界を奪われた。
ただ放った当人であるカティナだけが、目を焼く光の中で、真っ直ぐに少年の姿を見据え続けていた。
「……ふふ」
光が収束した直後。奥の手をまともに受けたというのに、無傷のまま平然とその場に佇む少年の姿を見て、カティナの唇から諦観と賞賛が入り交じった乾いた笑みがこぼれ落ちた。
ドレイクの左手に赤黒い魔力の余韻がわずかに漂うのみで、迎撃に用いた骨鎖はすでに跡形もなく霧散している。
その様は、カティナからしてみれば、少年が絶大な魔力砲を『素手』で消し去ったようにしか見えなかった。
「……」
笑みを浮かべたまま、手の中で自壊した棍へそっと目を落とすカティナ。
相棒へ謝罪するかのように一度静かに目を閉じ、一拍置いてから、再び凛とした視線をドレイクへと向けた。
「万策尽きたわ。でも、私は諦めるつもりはない。さぁ、どうするの? 私を殺さないと終わらないわよ」
無防備な身を晒すように両手を広げ、カティナは真っ直ぐにドレイクを問い詰める。
ドレイクが自分に止めを刺す気がないことは分かっている。そして、自分から降参する意思がないことも告げた。
ならばもう、カティナにできるのは、心優しき少年がこの膠着に耐えきれず、自ら降参を宣言するのを待つことだけだった。
「ぼくは……あなたを攻撃したくありません」
「そう。じゃあ、一緒に朝日でも拝む?」
「そうします」
諦め混じりにおどけた笑みを浮かべ、軽く肩を竦めたカティナの冗談に対し、ドレイクは真顔で素直に頷いてみせた。
全く想定していなかった真っ直ぐな反応に、カティナは虚を突かれたように目を丸くする。
「それで無事に終われるなら、ぼくはそうします。あなたが降参してくれるまで、何時間でも、何日でも──ぼくは待つつもりです」
決して負けるつもりはない。だが、決して殺すつもりもない。
相手の意思を尊重しつつも、自分の意志も絶対に曲げない。そんな強固で、ある種の『傲慢な優しさ』に触れたカティナは、少年の内に秘められた決意が、己の決意に引けを取らないことを痛感した。
「ふふ。それが、『あなたの言葉』なのね」
借り物のセリフでも、誰かに言わされた建前でもない。悩み、苦しみ、考え抜いた末に少年自身が紡ぎ出した、不器用で真っ直ぐな言葉。
その純粋な想いを無碍に踏みにじることなど、戦士の誇りを尊ぶカティナにできるはずもなかった。
「流石に、これ以上は見苦しすぎるわね。レイス公! こうさーん! 降参しまーす!」
花が咲き誇るような晴れやかな笑顔を浮かべ、カティナは棍の残骸を無造作に放り投げ、高々と両手を挙げた。
王家の魔導具がドサリと乾いた砂地に沈むと同時に、貴賓席から見下ろしていたガリノミアが、試合の終了を宣言するように静かに手をかざす。
互いに退くことのできない戦いだった。それでも、命が欠けることなく、両者が五体満足のまま戦いは決着を迎えた。
この結末の要因……それは、ひとえに少年が己の我を貫き通したからに他ならない。
そして、その一部始終を最上段で見届けていた編纂者は──
「それでいいんだよぉ。ドレーくん!」
──満面の笑みを咲かせ、満足げに手帳へ筆を走らせるのであった。




