第21話: vs カティナ【中編】
闘技場を白一色に染め上げた閃光。その圧倒的な光芒は瞬く間に収束し、再び空間を深い宵闇へと転じさせた。
視界が戻った後、そこに取り残されていたのは、白磁の肌に脈動する青白い紋様を浮かび上がらせ、夜風すら焦がすほどの熱を帯びた息を吐くカティナの姿だった。
神々しくも荒々しい変貌を遂げたその姿に、貴賓席から見下ろす闘技場の支配者ガリノミアは、目を爛々と輝かせて口端を歪めた。
「ほっほっほ。さすがは王族専用の魔導具。凄まじい力ですな」
嬉々とする公爵を尻目に、隣に座るプリメッタの視線は、カティナの持つ黒鉄の棍へと鋭く注がれていた。
「あの棍、ルミタイトの塊じゃん。うっわぁ〜、いくらするんだろ」
「庶民では、とても手が出せない代物でしょうな」
『ルミタイト』──それは、あらゆる生物や属性に呼応し、万能の力を惜しみなく分け与える奇跡の魔石。
拳程のルミタイトで途方もない財を成すほどの希少鉱石を、惜しげもなく機構の根幹に組み込んだカティナの武器。
それはガリノミアの言う通り、かつてルミタイトの産出で栄華を極めたバロン王国の、その頂点に立つ王族のみが手にすることを許された至高の魔導具であった。
「本来のアーギル紋とは違い、アレはいわば即席紋。ルミタイトの力に頼った一時的な力でしょう。ですが──」
「もし、万能の魔力を攻撃に転用してるのだとしたら……」
聡明な二人の思考は瞬時に一致し、ドレイクに迫る一つの危惧へと達した。
そして──
「はッッ!!」
弾かれたように、カティナが一足飛びにドレイクへと肉薄する。踏み込みの勢いのまま独楽のように回転し、遠心力を乗せて放たれた漆黒の棍。
それは空気を裂くなどという生易しいものではなかった。大気を粉砕し、空間そのものを叩き割らんばかりの暴力的な膂力。そのあまりの負荷に、堅牢な棍が柳のようにしなる錯覚すら周囲にばら撒いた。
受けの構えを取っていたドレイクだったが、迫り来る棍から発せられる強大な力の中に、『懐かしさ』、そして同時に、自身の命を脅かす『脅威』を本能で感じ取り、直撃の寸前で体を反らして後方へと難を逃れた。
鼓膜を破るような破砕音と共に、ドレイクが直前まで立っていた砂地が広範囲にわたってクレーター状に陥没する。
完全に回避したはずだった。だが、余波だけでドレイクの服は引き裂かれ、露出した肌には痛々しい打撲の痣が生じていた。
「くッ……」
さらにドレイクを襲ったのは、急速な疲労感だった。外傷自体は致命傷には程遠い。だが、肉体を強化するために自身に巡らせていた魔力が、掠った傷跡から『ごっそりと消失』していることにドレイクは気づいた。
「ほほぉ。流石のドレイク殿も避けましたか」
「避けて正解だよぉ。あれ、相手の魔力を『相殺』してるね」
的確に事象を射抜いたプリメッタの言葉に、ガリノミアは驚愕に目を丸くした。
「今の攻防でそこまで見抜くとは。経験がおありですかな?」
「ルジーちゃんが同じことしてたからね。千変の魔力を持つA・Sは、相手の魔力を打ち消すこともできるからね」
「治癒魔法の使い手A・S……その力を転ずれば、相手を破壊することもできる、ということですな」
魔力を超高密度に圧縮した身体強化。ボーンミルとの死闘で見せたように、並の攻撃では今のドレイクに傷一つ負わせることはできない。
だが、魔力を強制的に相殺するあの棍の前にあっては、自らを護る堅牢な魔力の鎧は紙くずと同義となる。
すなわち、カティナの棍による一撃は、相手の防御力を完全に無視して肉体を直接破壊する『必殺の武器』へと昇華されていた。
「はぁッッ!!」
突き、叩き、薙ぎ払う。
一撃でも触れられれば致命傷になりかねない暴風のような連撃を、ドレイクはかわし続けていた。だが、ルミタイトの力で限界を超えたカティナの手数は苛烈を極め、回避しきれない余波が徐々に少年の体に傷を増やし、やがて赤い血が滲み始める。
死の舞踏の中で、ドレイクは最初の一撃で感じた『懐かしさ』という感情の正体を、確信へと変えつつあった。
A・Sとして、自分の傷を幾度となく癒してくれた、最愛の妹。
ミレイアが放つ治癒の光と、同じ波長を持つその魔力に焦がれるように──自らの頭蓋を砕かんと振り下ろされた棍に対して、ドレイクは無意識のうちに手を伸ばしてしまった。
(当たる!?)
防御すら放棄したドレイクの突然の奇行。カティナは驚愕しながらも、自らの必殺の一撃が直撃する結末を確信した。
掠るだけで肉を抉り魔力を奪う一撃。まともに触れれば、その五体は容易く弾け飛ぶ。
心優しき少年が無惨な肉塊と化す光景が脳裏を過ぎり、カティナの胸の奥に例えようのない鋭い痛みが走った。
だがそれでも──国を背負う王女として、復興の本懐を遂げるために、彼女は決してその腕の力を緩めることはなかった。
カティナの決意に呼応するように、肌のアーギル紋が一際眩く発光し、烈火のごとき超重量の一撃が、無防備に伸ばされたドレイクの右手へと無慈悲に振り下ろされた。
闘技場全土を揺るがす壮絶な衝突音。爆発的な攻撃の余波が衝撃波となって駆け巡り、分厚い砂塵の壁を巻き起こす。
だが、その土煙の中心には、あろうことか振り下ろされた黒鉄の棍を、事もなげに『手のひら』で受け止めているドレイクの姿があった。
「なッ──!?」
防御を無視するはずの必殺の一撃が、微動だにせず受け止められたという異常。だが、カティナが真に驚愕し、絶句したのは別の事実に対してだった。
先ほどの攻防でドレイクの全身に無数に刻まれていたはずの傷が、跡形もなく完全に消え去っていたのだ。
それはまるで、A・Sの高位治癒魔法を、直接その身に浴びたかのように──。
「み、見ましたかプリメッタ嬢!? 傷が無くなっていますぞ!」
常軌を逸した光景に驚愕したのは、闘技場を俯瞰していたガリノミアも同様だった。公爵としての威厳も忘れ、彼は椅子から勢いよく立ち上がり、目を丸くして前のめりに身を乗り出した。
「魔力を吸収した!? いや、A・Sでもないドレイク殿にそんな芸当ができるはずが……。プリメッタ嬢! 何が起きたか分かりますか!?」
「別にフツーじゃない? あれくらいの傷、アタイもすぐ治っちゃうよぉ」
「わたくしがおかしいのですかね?」
魔力の相殺・破壊から『治癒への転化』という異常事態に混乱の極みにある自分とは対照的に、どこまでもマイペースで冷ややかなプリメッタの反応。
ガリノミアは何が正解か分からなくなり、両手で頭を抱えながらドスリと椅子に座り込んだ。
そして、当事者であるカティナもまた、目の前で起きた現象を一切理解できず、深い狼狽と共に数歩後ずさった。
「な、なんで……?」
殺意を込め、相手を破壊するために放った攻撃が、あろうことか相手の肉体を癒やし、完全に回復させてしまった。そのあまりに理不尽な事実が、カティナの冷静な思考を脱出不可能な迷宮へと誘い込む。
だが、迷宮を彷徨う猶予などない。
混乱する雑念を強引に振り払うように、カティナの全身のアーギル紋が再び力強く脈動し、輝き始めた。
直後、彼女の手にする黒鉄の棍の表面に幾筋もの切れ目が走る。鈍い金属音と共に棍は瞬時に解体され、計九つの独立したパーツへと形を変え、カティナの周囲に展開された。
「戦士として、奥の手の一つや二つは用意しておくものってね!!」
迷いを断ち切った裂帛の気合に呼応し、分かたれた九つの凶器がうなりを上げ、宵闇の空間に青白い軌跡を描き始める。
奴隷戦士と亡国の王女。
二人の死闘は、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた──。




