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神の傭兵 ~ Twin ✕ Oblivion ~  作者: コーポ6℃
第四章:死闘オルドフェルム
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第20話:vs カティナ【前編】

 闇と静寂に包まれた闘技場で、二人の戦士が対峙していた。


 亡国の姫君であるカティナは、ドレイクの姿を値踏みするように視線を這わせる。やがて、その白磁のように整った顔立ちに、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。


 

「初めまして。私がバロン王国第一王女、カティナ・シエル・バロンよ。『元』だけどね」


 自嘲気味におどけてみせたその笑顔からは、カティナという女性が本来持つ快活さと、人を惹きつける人柄が自然と滲み出ていた。


 これから死線に立つ者とは到底思えない、屈託のない振る舞い。だが、ドレイクは表情を崩すことなく、彼女の蒼い瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


 

「ドレイクです」

「ふふ。色々と聞いてるわよ、あなたの事は。妹の為に六年も奴隷戦士であり続けた。怪物ボーンミルを一撃で倒して退けた。そして皇帝を目指している、ってこともね」


 今回の戦いにおいて、能力以外の個人的な背景は、事前に情報として与えられていた。


 そしてそれは、ドレイクも同様だった。


 カティナが、民や兵士に寄り添う姫であること。滅び去ったバロン王国の復興という悲願の為に、この死地に臨んでいること。


 それは『ただ勝てばいい』という奴隷戦士の生存競争からは外れた、重くも苦しい宿業だった。



「ぼくも、あなたのことは聞いています」

「そう。なら身の上話をする必要はなさそうね。でも、これだけは言わせて欲しいの」


 カティナはふっと視線を落とし、その横顔に儚い憂いを宿らせた。

 だが、次の瞬間には長大な棍を力強く握り直し、凛烈たる決意を込めた笑顔をドレイクへと向ける。



「私は、民の為に全面降伏を選んだ父王の選択は正しかったと思う。でも、その選択が戦士の誇りを奪ったのも事実。私は民だけでなく、戦士にも寄り添ってあげたい。だからこそ──」


 夜風を断ち切る高音が、静寂の闘技場に鳴り響いた。


 手首の捻りだけで自在に操られた黒鉄の棍が、滞留していた重苦しい空気を一散させる。腰を落として構えをとったカティナの全身からは、王女の可憐さが消え失せ、一人の戦士としての威厳が放たれていた。



「感謝しているわ! 戦いの場を与えてくれた、あなた達に!」


 その声高な宣言が、開戦を告げる合図となった。


 滑らかな足さばきで間合いが詰められ、必殺の突きが放たれる。黒鉄で構成された棍の色彩は夜の闇に同化し、その軌跡の視認を極めて困難にさせていた。


 速度、タイミング、どれをとっても申し分のない攻撃。不可視の一撃が、ドレイクの喉元へと穿たれる。


 ──だが、棍の先端はドレイクによって横合いから掴み取られていた。

 一瞬の出来事に、カティナの瞳が驚愕に見開かれる。



「……ッ……あなた、武器はどうしたの?」


 岩盤に縫い付けられたかのように、掴まれた棍は微動だにしない。棍を通して伝わってくる尋常ならざる腕力に、カティナは冷や汗を流しながら問いただす。

 しかしドレイクは、静かな眼差しを一切揺らすことなく応えた。



「ぼくにはもう、武器は必要ありません」


 ドレイクは武器を所持していない。身につけているのは、四肢を戒めるように嵌められた、三つの重厚な鉄輪があるのみ。


 『武器は必要ない』という言葉の真意。それが決して慢心や虚勢などではないことが、棍から伝わる力が物語っていた。



「……そう。舐めてるってワケじゃないのね。でも──」


 直後、黒鉄で形作られた棍の表面に、青白い紋様が浮かび上がった。

 異常な魔力を感知したドレイクは、即座に手を離し、後方へと距離を取る。


 拘束から解放された棍を、カティナは舞踏の如き流麗さで旋回させ、激しい風を巻き起こした。浮かび上がった燐光が空中に幾重もの軌跡を描き出し、闇夜に美しくも剣呑な幻想画を描き出す。


 再び地に突き立てられた棍には、バロン王国の象徴である『アーギル紋』が、その威光を見せつけるように青白い光を放っていた。


 光に照らし出されたカティナは、口元に笑みを携えながらも、射抜くような鋭利な視線をドレイクに向けていた。



「攻撃してこないのは何故? あなたなら、とっくに私を仕留められたんじゃない? ボーンミルにそうしたようにね」

「……」

「私が女だから? 女を相手にした経験はないのかしら?」


 クスリと余裕の笑みを漏らすカティナだったが、その観察眼は冷徹だった。無言を貫くドレイクの肩が、言葉を受けてごく微かに揺れた瞬間を見逃さなかった。



「私は一人の戦士として、この場に臨んでいる。あなたがしている事は、戦士を侮辱する恥ずべき行為よ」


 武人としての矜恃を突く痛烈な糾弾に、遂にドレイクは堪えかねたように目を伏せた。


 わずかな対峙の時間で、少年の内にある甘さや本質を的確に理解し、その弱点へ容赦なく楔を打ち込む。


 人を導く王族としての洞察力と、泥に塗れて生き抜く戦士としての強かさ。カティナという女性が持つ強さが、この盤面を支配しつつあるように見えた。


 だが──



「……違う」

「……え?」


「ここはロヴァニア帝国。全ての決定権は強者にある。あなたの言い分は、弱者が自尊心を守る為の戯言に過ぎない」

「なっ……」

 

「恥じるべきは、ぼくじゃない。力を使うに値しない、あなたこそが恥じるべきなんだ!」


 想定外の反論。傲岸不遜とも取れる冷徹な突っぱねを受け、カティナの頬に夜目にもはっきりと分かるほどの熱が差した。


 一方、そのやり取りを上方の貴賓席から見下ろしていたプリメッタは、満足気に腕を組み、ふんぞり返っていた。



「無駄無駄ぁ! ドレーくんを揺さぶろうたって、そうは問屋が卸さないってね!」

「カティナ様が揺さぶりをかけ、それをドレイク殿が跳ね除けた……という事ですかな。 既に対策を?」


 常人離れした聴覚を持つプリメッタとは違い、闘技場の会話を正確に拾いきれないガリノミアは、ただ二人の空気感から状況を推測し、首を傾げながら問いかける。


 その言葉に対し、プリメッタはさらに上機嫌になり、得意げに鼻を高くしてみせた。



「くっふっふ。そういうこと! あらゆるパターンを想定して、ドレーくんにはレクチャー済みだよぉ!」

「カティナ様も、随分と面を食らったようですな」


 闘技場では、カティナの顔から余裕の笑みが消え、肩が小刻みに震えている。


 そんな彼女を追撃するように、ドレイクの口から更なる言葉が放たれる。



「だが、落胆することはない。余の前では、全てが等しく弱者。故に──」

「……ん?」


 突如として、芝居がかった口調になった少年に、カティナは目を丸くして小首を傾げた。



「故に……えーと、なんだっけ……か、カティナさんも気にしなくていいと思いますよ!」

「こらー! それは『戦闘語録・皇帝編』のセリフでしょ! しかも素に戻ってるっつーの!!」

「ご、ごめんなさい! フォローも入れておこうと思って!」


 貴賓席から響き渡る少女の叱責と、それにたじろぎ平謝りする少年。


 言葉を借りて冷徹な強者を演じ切ろうとしたものの、持ち前の優しさ故に結局は破綻してしまった。

 そのあまりに純朴な姿を呆然と見つめていた亡国の姫の胸奥から、やがて抑えきれぬ笑いが込み上げてきた。



「ふふ、やっぱり無理してるじゃない。自分を偽るのも楽じゃないわよね。でも……」


 偽りの仮面が外れ、改めてドレイクという少年の本質を垣間見たカティナ。彼女は自らの中にあった迷いを完全に振り払うように、青い紋様が脈動する棍を再び低く構え直した。


 その高密度の気配を感じ取り、ドレイクもまた表情を引き締め、深く腰を落として迎撃の姿勢をとる。



「あなた以外は全てが弱者……その言葉は、あながち間違いじゃないのかも。でもね、弱者には弱者なりの矜恃ってものがあるのよ」


 カティナの宣言とともに、黒鉄の棍から溢れ出す濃密な魔力が、彼女の腕を通じ、五体へと流れ込んでいく。



「見せてあげるわ。バロン王国の秘術──『魔術紋アーギル』の力をね!」


 王族であるカティナの肌に、アーギル紋は刻まれていない。

 だが今、魔導具である棍から流れ込む魔力によって、肌に暗色の紋様が血管のように刻まれていく。



「──解き放て(ソルウェ)!!」


 次の瞬間、全身を駆け巡った紋様が棍と一体化し、光となって闘技場に解き放たれる。


 暗鬱な闘技場の夜闇を、一瞬にして白一色に塗り潰していった──。

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