第18話:それは加護か呪いか
灯火ひとつない暗闇の中で、一人の少女が泣いている。頬を伝い流れ落ちる涙が、虚しく弾け消えていく。
少女が泣く理由。
それは自責、喪失、後悔──
「お兄ちゃん、もう……止まれないんだね」
あるいは慕情。あるいは──
「なら、私は──」
兄と同じルビー色の瞳が、闇の中で力強く輝く。
涙はもう、止まっていた──。
★ ★ ★
「ドレーくん!」
薄暗い通路に、プリメッタの切迫した声が響く。スカートを翻し、帰還するドレイクのもとへ必死に駆け寄る。
「プリ姉、勝ったよ」
平然を装ったその声音。だが、ドレイクがどれほどの痛みを抱え、その心を削り戦ったのかを、プリメッタが察しないはずもなかった。
ドレイクの心中を思い、慰めの言葉を喉まで出しかけたプリメッタだったが、曇りのない眼差しを見て、瞬時にその方針を切り替えた。
今、ドレイクが求めているのは慰めではない。
「うん。強すぎてびっくりしたよぉ! って、それより怪我は大丈夫!?」
「うん。目には入ってないから」
ドレイクの腕は、ボーンミルが放った砂弾によって、見るも無惨に血で染まっていた。破片が突き刺さったままの腕は、防御の激しさを物語るように、痛々しく変色している。
「あ~、こんなになっちゃって。ぐぬぬ……アタイに治癒魔法が使えればッ」
「ふふ。プリ姉でもできない事があるんだね」
「それはアタイに対する挑戦と受け取った! 腕出して腕! やったるわい!」
「じょ、冗談だよ。それに、大したことないから」
ドレイクは苦笑しながら、付着した不浄を払うように自分の身体を軽くはらった。
その動作に伴い、砂片とともに、凝固しかけた血の塊がパラパラと床にこぼれ落ちる。
「……治ってる」
「ね? 大丈夫だから」
「ここはアタイが治療してあげるシチュエーションでしょ! メイド舐めとんのかい!!」
「ご、ごめんなさい」
包帯を振り上げたプリメッタが見つめる先で、あの痛々しい傷は、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗さっぱり消失していた。
プリメッタの驚異的な回復力に勝るとも劣らないドレイクの変質に、彼女は驚きを隠せず首を傾げる。
「まぁ冗談はさておき、一体どうしちゃったの? 今までの身体強化とはレベルが違うよね」
「今なら、プリ姉みたいに石壁を飛び越えられるかも」
かつて無様に顔を打ち付けた石壁の記憶。
照れ笑いを浮かべるドレイクだったが、その瞳に宿る力は、それが単なる冗談ではないことを雄弁に語っていた。
「確かに鍛錬は欠かさなかったけど、コツでも掴んだの?」
「今回は、相手が殺意の塊だったから魔力を練りやすかったってのもあるけど。それよりも……」
「それよりも?」
ドレイクは、すでに傷の塞がった自らの腕に、慈しむように手を重ねた。
「ミレイアが……助けてくれてる気がするんだ」
その一言に、プリメッタは再びドレイクの腕へと視線を落とした。
名状しがたい神秘的な気配。高度な治癒魔法さえ凌駕するほどの、完璧なまでの再生。
ドレイクの言葉の真偽を確かめるように、プリメッタはその腕にそっと自らの手を重ねた。
「頑張れって……応援してくれてる」
「ドレーくん」
それは、祈りにも似た自己暗示だったのかもしれない。だが、自信なさげに紡がれたその言葉を、プリメッタは満面の笑みで肯定した。
「言葉に力が宿るように、想いも人に宿るんだよぉ。加護は神様だけの特権じゃない。きっとミレーちゃんの加護が、ドレーくんに宿ってるんだね!」
プリメッタの人差し指が、ドレイクの胸元に優しく触れる。
プリメッタから溢れ出す温かな魔力と呼応するように、ドレイクの胸の奥がじんわりと、確かな熱を帯び始めた。
「うん。そうだと、いいな」
「きっとそうだよぉ! アタイが言うんだから間違いない!」
「ふふ。プリ姉とミレイアが応援してくれるなら、すごく心強いよ!」
「くっふっふ、安心して戦うといいよぉ。さ! ミルちゃんに鉄輪を外してもらって、ご飯にしよ!」
プリメッタがドレイクの手を引き、控え室へと続く道を弾むような足取りで歩き出す。
ドレイクはその手を、大切に握り返した。
胸に灯った柔らかな温もりと、隣を歩く元気な温もり。
同じ波長を感じながら、ドレイクは再び明日へと踏み出した──。
ア ト 三 ツ




