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神の傭兵 ~ Twin ✕ Oblivion ~  作者: コーポ6℃
第四章:死闘オルドフェルム
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第17話:vs ボーンミル

 冷え切った石壁に囲まれた控え室──出番を待つドレイクの背中は、静止画のように微動だにしない。

 その傍らで、補佐官のミルタンは表情に影を落としていた。


 

「ドレイク様、本当によろしいのですか?」


 ミルタンの視線が、ドレイクの傍らに置かれた『それ』に向けられる。

 無数の刃こぼれを刻んだ古びた剣。もはや鋭利な殺意は失われ、鉄の棒に近い成れの果て。怪物ボーンミルを相手にするには、あまりに心もとない代物だった。


 だが、振り返ったドレイクの口元には、陽だまりのような静かな微笑が湛えられていた。


 

「はい。これでいいんです」

「しかし、相手のボーンミルは大国エリュイの戦士をも殺害した強者です。体格はドレイク様の倍以上、更にエリュイ人には守護神の加護が──」


 ミルタンの言葉には、情報の裏打ちがある。相手はただの巨漢ではない。神の恩寵を歪んだ形で振るう怪物なのだ。


 その脅威を説こうとしたミルタンを制するように、ドレイクは静かに腰を上げた。


 

「相手は殺人鬼……それだけ分かれば充分です」

「申し訳ありません。補佐官として、ドレイク様には万全の状態で戦って頂きたく、せめて武器だけでもと……」

 

「ありがとうございます。でもミルタンさん、ぼくは今の状態で万全ですよ」


 四肢を拘束する重々しい鉄輪、そして斬ることの叶わぬ剣。

 それでも万全と言い切るドレイクの瞳を見て、ミルタンは喉元まで出かかった異論を唾液と共に飲み込んだ。


 ドレイクは掲げた愛剣を慈しむように見つめる。その表情は、これから死地へ向かう戦士のそれではなく、旧友と最後の言葉を交わす少年のようだった。



「人を殺してしまったぼくには、もうこの剣を握る資格はないのかもしれない。でも、最後にお礼を言っておきたくて……」

「最後にお礼……?」


 その独白に混じった奇妙な響きに、ミルタンは胸騒ぎを覚える。


 

「じゃあ、行ってきます──」



 ★   ★   ★

 


 ──地を揺るがす轟音。


 開始を告げる銅鑼の音の代わりに、その暴力的な衝撃が闘技場に響き渡った。


 ボーンミルの筋骨隆々とした巨腕が、異常な角度でしなる。黒光りする棍棒が爆砕音と共に地面を穿つたび、爆風に煽られた砂塊が弾丸と化してドレイクに襲いかかる。



「あーッ! きたなーい!!」



 観客席からプリメッタが身を乗り出し抗議する。だが、そんな少女の叫びなど、ボーンミルの耳には届かない。

 彼の意識にあるのは、眼前の獲物をどう磨り潰し、どう喰らうかという欲望のみ。


 棍棒を振るう腕が打撃のたびに伸びていく。関節の概念を無視し、鞭のように空気を切り裂く異様な音が闘技場に充満した。



「なにあれッ……腕が!」

「あれこそがエリュイ人が持つ異能の力。『豊穣の女神ルクシュリア』に与えられし加護──【獣の権能(べスティア)】です」


「あれのどこが獣なんだよぉ!」

「確かに。あれでは、まるで蟲ですな」


 筋肉が液体のように流動し伸縮する。その様は、獣というよりは脱皮を繰り返す蟲に近い。


 砂塵の弾幕に、ドレイクの姿は完全に呑み込まれた。後方の堅牢な壁すらも、ヤスリで削られるようにその形を失っていく。


 

「──ッ──ッッ!!」


 砂塵の向こう側から、鉄錆に似た血の香りが漂う。


 ボーンミルの理性が吹き飛んだ。猿轡を噛みちぎり、口端から欲望の唾液を撒き散らしながら、獲物にトドメを刺すべく砂のカーテンへと突撃する。


 生死などどうでもいい。その若い肉体が、無惨に潰れた残骸へと変わる瞬間を、彼は渇望していた。


 視界を遮る砂塵の奥に、影が見える。


 ボーンミルは棍棒を天高く掲げ、全身の異能をその一撃に凝縮した。


 


 だが──振り下ろした瞬間、世界が変質した。


 荒れ狂う砂粒の一つ一つが空中で静止する。全力で振り下ろしているはずの棍棒が、まるで深海を進むかのように緩慢に、重く、止まって見える。



 その無音の中で……少年の声だけが、あまりにも優しく響いた。



「──今まで、ありがとう」



 剣閃が奔る。

 砂塵を真っ二つに割り、砂塵の中心から何かが放り出される。


 それは、絶命する暇さえ与えられなかった、ボーンミルの身体だった。


 

「斬った!?」


 ガリノミアが驚愕のあまり立ち上がるが、すぐさま異常に気付く。ガリノミアが目にしたのは『斬撃』による切断面ではなかった。


 ボーンミルの強靭な肉体は、刃で分断されたのではない。圧倒的な膂力によって、無理やり吹き飛ばされたのだ。



 砂塵がゆっくりと晴れていく。そこに立っていたドレイクの手に、『剣』は握られていなかった。


 肉体と刃が衝突した瞬間、強固な骨肉を粉砕すると同時に、剣そのものもまた、主の力に耐えきれず霧散したのだ。


 ドレイクの手には、かつての相棒の遺骸──折れた『柄』だけが、虚しく残されていた。


 

「あ、あれが……攻めに転じたドレイク殿の力……」


 ガリノミアの指先が、抑えようのない昂揚に震える。


 

「わたくしは彼と共に、試練を乗り越え頂点を目指すのだと思っていたッ。しかし違う! 彼は既に上り詰めているのです! ロヴァニア帝国の頂点ッ……武の頂きに!!」


 全身を駆け抜ける戦慄。ガリノミアの狂喜は、帝国の権力者としての損得勘定を焼き尽くし、ただ一人の武人として、絶対的な【王】の誕生に酔いしれていた。



 一方、勝利の余韻を味わうこともなく、ドレイクは静かに踵を返す。

 その寂しげな背中を追いかけるように、プリメッタは誰よりも早く、客席を飛び出していった。

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