第17話
ナナには名前がない。
ナナという一見名前に見えるものも彼女が「名無し」であるところからアイがつけたものらしい。
記憶喪失、ネグレクト。すぐに思いついたのはこの2つだったが、前者は本人が否定し、後者は彼女の見た目から年齢を考えて、今の今まで命名されないのはおかしいだろう。
となると自分の名前を捨てた?
例えば自ら大切な親族を手にかけそのショックで自分の名前を捨てる。ありえない話ではないが彼女は「初めから」名前がないと言っていた。となるとこれもなし。
だめだ、やはりどれも想像の域を出ない。
「……あれ?」
ナナの家から我が家に帰る途中で、おかしなことに気づいた。
いつもの銀髪幼女詐欺師が来ない。
「おーい、アイ。いないのか?」
呼んでも返事がない。急ぎの用でも出来たか?
「赤場栗栖だな」
アイの代わりに返事が返ってきたと思ったら、2mをゆうに超える大男が目の前に立ち塞がってきた。
「誰だお前」
「俺を殺してくれ」
「はあ?」
出会い頭にいったい何なんだ。
「あの人から聞いた。お前はパンデミックに、phase5を3人殺した英雄だって」
「……なんの話だ」
「とぼけなくていい。俺はphase3なんだ。植物の身体になることが能力で中途半端なことじゃ死ねない。頼む。こんな身体俺じゃない、もう死にたいんだ。殺してくれ、計画の日まで待てない」
高phaseの克服者による自殺。アイが特定の人物が克服者を唆していると言っていたが「あの人」というのがそうなのか?
それに「計画の日」というのも気になる。
「お前はもう人間だよ。殺したら犯罪だ。だが、"あの人"ってのは教えて欲しいな」
「じゃあ、俺がお前を攻撃すれば正当防衛になるよな?」
「なんでそうなる」
「殺してくれるよな!」
大男は腕をムチのように伸ばし、勢いよく地面に叩きつけた!
アスファルトがゼリーみたいに抉れる。
射程も広いし流石phase3なだけある……ッ!
「一応聞くが、phase3なんだからそこそこの不死性は期待していいんだよな?」
「ああ、腕の1本や2本千切れても問題ない。頭を狙え」
「はあ……良かったよ」
「まだまだいくぞ!」
俺は懐から携帯電話を取り出す。
「なんだ? 警察でも呼ぶ気か?」
「違うよ。もしもし、救急車ですか? 植物系の克服者が重体で倒れてます。場所は──」
「何を言って……あ……れ?」
大男はその場から崩れ落ちる様に倒れ込み、身動きが取れなくなる。
ようやく、自分の両脚と両腕が吹き飛んでいることに気がついたようだ。
手足の再生も見て取れない。この手のタイプは何度も戦ってきたが、大体、太陽光を浴びないと元に戻らないタイプだ。今は夜で太陽は落ちているからしばらく再生することはないだろう。
「なんで……ずっとお前のこと見てたのに……」
「あの人から聞いてないか? 人間の必死な"技術"だよ。さあ、救急車が来る前にあの人とやらについて教えてもらうぞ……って」
大男は白目を剥いて気絶した。
しまった。ゾンビには痛覚がないから平気だが、人間に戻った今はショックで気絶してしまうらしい。アイたち警察が未だに情報が掴めないのもこれが原因か。
しかしまあ、phase3な上に再生力の高い植物系の克服者なら明日の夕方には五体満足で目を覚ますだろう。その後はアイたち警察の仕事だ。俺の出る幕じゃない。
「そういえばアイのやつ。結局来なかったな」
流石に連日俺だけの為に時間を割くことは難しかったか。警察のマスコット様は忙しいらしい。
そうこうしているうちに救急車の音が遠くから聞こえてきた。こういう時って付き添いしたり事情聴取とか受けることになるのだろうか?
悪いが俺は自分を襲った奴の事情聴取を受けるほどお人好しじゃないし、警察と話すのも面倒くさい。
救急車が来るのは確認できたし、このまま足早に帰宅することにした。




